44,女騎士。
エブリはさすがにビビる。
「死ぬかもしれないんですか?」
「そうですね。それと、秘密契約書に署名もいただきます。これから行う、人体改造手術──的な人体への直接効果付与を行うことへの」
「……………あの、心の準備してもいいですか? 後日ということでも?」
「断るにしても、『人体への効果付与が可能( かもしれない)ことを口外しない』という書類には署名いただきます。おおやけにされると、困りますので」
「えーと。だけど、あたしには話してくれたんですね?」
「はい。知的好奇心がうずきまして」
エブリの顔が青ざめる。
「そ、それはつまり、あたしで人体実験しようというんですか…………?」
「人体実験ですか? そうですね。あなたが望むならば、私はそれをいたします。特別なことです。人体への効果付与は、たとえ成功したとしても、これから先、売り物にするつもりはありませんので。それは冒険者のバランスを崩します。あなたのように、天然の適性を無視して好きにジョブチェンジすることが横行しては、何か混乱もおきましょう」
エブリはごくりと唾を飲み込んだ。
「つ、つまり、あたしはいま唯一のチャンスを前にしている、ということですよね? 人体への効果付与は、二度とと行われないかもしれないんですものね。いえ、厳密には『店長さんの知的好奇心を満足させるための人体実験がわりに人体へ効果付与される最初で最後の一人』以外は」
「そうですね」
「その『最初で最後の一人』に、あたしがなれるかどうかという瀬戸際なんですよね?」
「そういう見方もできます」
「あたしのことを話してもいいですか?」
アリシアが断る前に、女騎士は話し出す。
「あたし、両親は二人とも回復系統のジョブでして。母親が〈ヒーラー〉で、父親が〈セイント〉だったんです」
「なるほど」
いよいよ人生相談の様相を見せてきた、とアリシアは素朴に思った。
「だからあたしも、幼いときから、自分も冒険者の回復系統ジョブになって、傷ついた仲間を癒したい、とそう強く願っていたんです。というか、もうそうなるものと確信していまして。ほら。こういう素質って、遺伝するものじゃないですか」
アリシアは、母だけが錬成スキルを使えたことを、それを自身が遺伝したことを思った。
「ええ、そうですね」
「だけど、私のジョブ適性は、〈ブラックナイト〉などの騎士系統だったんです。あの、両親はどんなジョブだって立派に勤めを果たせ、と言ってくれたんですけど。なんだか、もしかしてガッカリしたのかなと。というか、私は自分にガッカリしてしまった、といいますか。もちろん〈ブラックナイト〉だって立派なジョブなんですよ。だけども、あたしは………」
アリシアは淡々と尋ねる。
「養子だったのですね?」
「……………………………………………へ?」と、口をぽかんと開けるエブリ。
「いえ、ご両親は回復系統ジョブなのに、エブリさんが騎士系統ジョブだったというのは、もしや遺伝がされていない。つまり、別のご両親のかたがいて、エブリさんは養子だったのかなと。そういう話になるのかなと思いまして」
「そ、そういう話じゃなかったんですけども……あの……あたし、養子なんですか?」
「知りません」
「………こんど実家に帰ったら、聞いてみます」
「それがよいですね」
微妙な空気になったが、アリシアはとくに気にはしない。
『これを尋ねたら気まずい空気になりそうだ』と、客観的には分かることでも、とくに気にせずに尋ねてしまうのがアリシアの性格だった。
そして少なくとも、アリシア自身は気まずくなることはない。
「さて、エブリさん。自分自身であることが大事です。自分を否定してはいけませんよ。自分の適性ジョブが騎士系統ならば、それを受け入れることも大切です」
エブリは深くうなずく。
「そうですね。自分を受け入れることが大事ですよね。あたしの適性が〈ブラックナイト〉ならば、それをまっとうする冒険者人生でもいいですよね」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「または、自分の『変化したい』という気持ちに正直になり、人体への効果付与を受け、回復系統にジョブチェンジできるか試してみる──というのもありかと」
「それでお願いします!」
と、勢い込んで言うエブリ。
ひとまず人体への特殊効果付与を行うのは次回として、今回は秘密契約書の署名だけしてもらう。
回復系統ジョブになれそうだと希望を感じたエブリは、足取り軽く店を出た。
アリシアは一考する。
(エブリさんは、とても良い冒険者ですね。ですので、人体への特殊効果付与は成功させたいものです)
というのも不成功におわれば、おそらくエブリは異形の化け物あたりになると思われるので。
「成功確率は現段階では55パーセント。実際に行うときまでに、80パーセントほどには上げておきたいものです」
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