42,解釈違い。
シーラは男の絶叫を聞きつけて、駆けつけた。
彼らはまだ店内にいた。
複数の下僕が呆然としている。
その中で、一人の下僕だけはナイフの柄を握っていた。刃は血に染まっている。そのナイフで刺したらしき、傲慢そうな若い男が、絶叫しているわけだ。
アリシアは退屈そうに眺めていたが、シーラに気付くと説明してきた。
「こちらのログロ侯爵が、いま下僕のかたに刺されたのです。ですが自己防衛に私は思います。ログロ侯爵は、実験のために、こちらの下僕を店の外で殺そうとしていたので」
「あー。よく分からないが、まぁ確かに、下僕だからといって大人しく殺されなきゃならないという法律はないよね。たぶん」
ログロ侯爵は、背中に手をやった。そこを刺されたようで、出血が激しい。
「よ、よくも、僕を刺した、なぁぁ!!」
だがここで、ログロ侯爵は何かを思い出し、安堵した様子だった。
安堵?とシーラは疑問に思う。
「いや、まて、そうだ。何も僕は恐れることはないではないか!! 僕は不死身なんだ! 死を超越した存在!!たとえ死んでも、『装備者が死んだら自己蘇生する』効果で、蘇る! そうだろ、女?!」
シーラは一瞬、この侯爵は軽傷なのでは、と思った。重傷ならば、こんなにペチャクチャ喋れるはずがない。
ただ──死ぬ直前、人間は変に元気になることもある。結局、ログロ侯爵は後者だった。
いきなり力が抜けたようで、ばたりと倒れる。
そんなログロ侯爵を見下ろし、アリシアは淡々と言った。
「ええ。あなたは死んで、そしてアンデッドとして蘇ります」
その言葉の意味を、ログロ侯爵はすぐには理解できなかったようだ。瀕死だからか。あるいは、いま聞いた内容が、あまりにありえない(当人にとっては)ことだったからか。
「な、な、なんだ、と……お前……僕を……だました……のか」
「いいえ。『装備者が死んだら自己蘇生する』という効果に偽りはありません。しかし蘇生といっても、何も肉体が再生するとも、自我をたもてるとも、アンデッドにはならない、とも言っていません。あなたが『アンデッドになるのか?』と問えば『はい』と答えました。そもそも、私は繰り返しましたよ。『不死身になる』とは違うと」
シーラはログロ侯爵を見下ろし、それからアリシアを見た。
アリシアも、偉そうな貴族はあまり好きではないようだ。どこまで意識的かは知らないが。通常の冒険者の依頼者だったら、ちゃんと『アンデッドになる』事実を、聞かれずとも教えただろうに。
とはいえシーラも、この侯爵閣下がどうなろうと知ったことでもなかった。
総じて言えば、『ばかばかしい』の一語に尽きる。
ただアンデッドになったら、アリシアを襲う前に処分しなければならない。
そこで短剣を右手に持ち、準備する。
これという意外性もなく──ログロ侯爵は絶望のまま息絶え、アンデッドと化した。
「ところでアリシア、念のため聞くけど、このアンデッドは感染はしないんだろうね?」
「ええ。空気感染はしません。ですが噛まれたら感染しますので、皆さん、お気をつけてください」
「やれやれ」
生前が侯爵でも、アンデッドになってしまえば、身分などは意味がなくなる。アンデッドの首を切り落として、排除完了。
「しかし、人をアンデッドにするとは、かなりのデバフだね」
「デバフとはいいますが、私はよほどのことがない限り、錬成スキルの効果を望まぬかたに付与いたしませんので。それにアンデッドになるためには死ななければならないので、当人にとっては、どっちも大差ないのでは?」
とはいえパーティ仲間が死んだとたんアンデッド化したら、それはパーティ全体へ混乱を作ることになるだろうが。
ログロ侯爵の下僕たちに、主人だったものの死体を片付けさせる。
アリシアはログロ侯爵から10億ドラクマの取引をもちかけられたが、断った話をした。
シーラは、(もったいないことをするなぁ~)とは思った。
だが、考えてみれば、それでこそにアリシアらしいとも思う。ゲームに徹するのが、アリシア・シェパードという人間なのだろう。
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