41,不死身の定義。
「お断りします」
「な、なんだって?!」
ログロ侯爵はまさか断られるとは思っていなかったようだ。
実際のところ、この『装備者が死んだとき自己蘇生する』効果は、別名『アンデッドになる』効果なので、不人気だろう。
このログロ侯爵を継いだルークという変わり者(当人はこれを『不死身』の効果と都合よく誤解しているが)くらいかもしれない。
しかし、だからといって『効果付与』を誰か一人に独占させるつもりはない。
たとえば、誰もが手の届かないような売値で、結果的に世界で一人だけしか購入しなかった──ということならば、かまわない。
だがお客から大金を受け取って、ある効果を(それがどんなに不要感にあふれた効果だとしても)独占させることを許したりはしない。
それがアリシアのやりかただ。
「10億ドラクマでは足りないというのか?」
「いえ足りる足りないの話ではありません」
そもそも10億を受け取れば、借金も完済だ。だが、それも逆に拒否した原因である。
このやりかたでの達成は、ゲームのルールに反する。
とはいえアリシアも譲歩はある。
「ではこうしましょう。『装備者が死んだとき自己蘇生する』の売値を10倍にします。1500万ドラクマとなれば、そうそう購入できる冒険者もいないでしょう。それに『死を超越したい』という相談を受けない限りは、私はこの効果を教えたりはしません。そして、『死を超越したい』と相談してきたのは、あなたが初めてです、ログロ侯爵」
そのような大それたこと、というより人間として傲慢すぎることを考える者は稀、ということだが。
ルークは何やらこれも誤解したようで、誇らしげ。
というよりドヤ顔。
おそらく『死を超越したい』という発想に至った自分は特別、と思ったようだ。
アリシアはいちいち訂正したりはしなかったが。
「いいだろう」
ルークは、部屋の外で待機していた下僕を何人か呼び、彼らに持たせていた複数の鞄から1万ドラクマ硬貨を1500枚取り出せた。
「さぁ支払いは済んだぞ」
「はい。では、さっそくですが、あなたの剣に『装備者が死んだとき自己蘇生する』の効果を付与いたしましょう」
ルークの剣に『装備者が死んだとき自己蘇生する』を付与する。
ルークははじめこそ、これでおれは無敵だ、という顔をしていた。だがいきなり不安になったらしい。
「……おい。本当に、これで死を超越したのか?」
「定義によりますが」
「……実験しよう。おい、ここの店番の若造を呼べ」
「チェット君のことですか? どうされるのです?」
「そのチェットという小僧の装備品に、『装備者が死んだとき自己蘇生する』の効果を付与するんだ。あぁ、もちろんその分も支払う。さらに1500万ドラクマだな」
下僕に命じて、さらに1500枚の1万ドラクマを机に出させる。
「お客様。実験のため、私の従業員を殺すことは許しませんよ」
「……生意気な女だ。いいだろう。なら、お前だ」
『お前』とはさすがにアリシアのことではなく、下僕の一人だった。
下僕の男はいきなり指さされ、ひっと短い悲鳴を上げる。
下僕なので武器は所持していなかったが、荷ほどきなどに使う小さなナイフを持っていた。
ルークはそのナイフを装備武器と言い張り、アリシアに『装備者が死んだとき自己蘇生する』の付与を要求してくる。
アリシアは溜息をついてから、その下僕のナイフに『装備者が死んだとき自己蘇生する』の効果を付与した。
これのためにアンデッドの素材をだいぶ使用することになったが──とくに今後も使い道はなさそうだったので、そこは問題ではない。
ルークが剣を鞘から抜く。
「よーし」
下僕が叫ぶ。
「ま、まってください! まさか旦那様、この私を殺すので???」
「案ずるな、あー、名前は忘れたが、わが忠実なる下僕よ。お前には『不死身』の効果が付与されている。だから死んでもすぐに蘇る。そうだろう、女?」
アリシアは繰り返した。
「『不死身』の定義によりますが─────ご自身の下僕を殺すのは結構ですが、ここではやめてください。血が飛び散りますので。掃除が大変です」
「いちいちうるさい女だな。いいだろう、おい外に行くぞ。そいつを逃がすな」
と、ほかの下僕が、憐れな下僕のまわりを囲む。
憐れな下僕は肩を落として、店の外へ出ていこうとする。
アリシアもついていきながら、その下僕に近づき、耳元で囁いた。
「『不死身』というのは、あなたの旦那様の誤解です。実際は、これは死んだ者をアンデッド化するにすぎません。あなたはこれから、あなたの旦那様に殺され、アンデッドになります。アンデッドは当然、自我は失われていますし、まず冒険者に討伐されるでしょう」
「ひぃぃぃぃ!!」
「私なら、そのナイフの使いどころを考えますね。いつ使いますか? アンデッドになってからは使えませんよ? それとも──?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
下僕の男が喚きながら、ルークにぶつかった。不意打ちのあまり、ルークは回避できなかった。
「お、お前、何を──!」
そしてルークは気づいた。
下僕はただぶつかってきたのではない。ルークの背中に、深々とナイフを刺していたのだ。
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