40,自己蘇生。
ログロ侯爵は、『死なない』特殊効果を要望してきた。金にいとめはつけないという。
死を超越することほど、悲劇的なことはないだろう。と、アリシアはつねづね思っている。
人間、いつかは死ねるという安らぎがあるからこそ、それなりに頑張れるというのに。とはいえ冒険者にとっては、『死なない』効果が、チートの中のチートとなりえるのは分かる。
可能性はある。一時的に死なないというのであれば。
つまり、アリシアは感染能力のないアンデッドを作ることなら、すでに可能となっていた。
アンデッド素材を使用すれば、生きている人間をアンデッド化することができる。ログロ侯爵が欲しているのは、そういうことだろうか。
アンデッドは思考形態をもたない。自我を失われた状態。
アリシアは、それを必ずしも不幸なことだとは思っていない。
それが一点。
もう一点は、ログロ侯爵が『死なない』ことに対して、追加で要望を出さなかったこと。この二点が、アリシアにこう答えさせた。
「死んで、生き返るで、よろしいですか? 蘇りの、すなわち『自己蘇生』の効果でよろしいですか? それならば可能です。良心的な値段で」
ログロ侯爵の爵位を若くして継いだのが、この冒険者ランクはいまだEであるルーク。ルークは顔を輝かせた。
ルークの脳裏には、一瞬で勝利の絵が描かれる。
というのもルークが求めるのは、冒険者としての成功、そして名声。
侯爵家の嫡男として生まれた時点で、勝ちの人生となったのは明瞭にして確実。
金も地位も権力もある。あとは名声さえ手にいれれば、王国内でより大きな発言力を得ることができるだろう。
侯爵でありながら冒険者Sランクの位階に至った者は、かつて王国に一人だけいた。
その者は当時、絶大な発言力を宮廷にもち、そのときの王にじきじきに進言まですることができたという。
200年も前のことだ。
その英雄の再来となるため、ルークは冒険者となった。
だが現実は厳しい。地位や資産では、ランクを上げることはできない(一度ギルドを買収しようとして失敗している)。
だがここにきて状況が劇的に変わる。
錬成店が、ルークの人生を変えるだろう。
ルークが思うに、この錬成店の女は、器量は並み。胸もたいして大きくない──ルークはとりあえず女は容姿だけ見て判断する性格だった。
だがこの錬成スキルで、ルークを『不死身』にすることで、役立つのだ。
「僕を不死身にしてくれるのだね?」
アリシアは考える。
この侯爵の返答は、頭が悪いのか、わざとなのか。
「いえ、不死身とは異なります。分かりますか? 死んでも蘇ることと、不死身とは異なります。『自己蘇生』の効果は、不死身ではありません」
ルークは苛々した様子で言う。
「だが死んだら蘇るんだろう?」
「その通りです」
「なら不死身と同じじゃないか!」
「そう解釈されたいのでしたら」
「では、それを付与してくれたまえ。不死身の力を!」
ルークはもっといろいろなことを確かめるべきだった。
たとえば、『自己蘇生というが、それは自己再生とは違うのか?』とか。
蘇生はされるが、再生はされない。たとえば腰で分断されて死んだとき、蘇生はされても、両断された胴体が再生されるわけではないのだ。
そして何よりも、『自己蘇生されたとき、僕の自我は残るのか?』とも問うべきだった。
そうしたらアリシアは、『これは感染能力のもたないアンデッド化ですので、自我は残りません』と答えていただろう。
そう、嘘はついていない。アンデッド化と自己蘇生は、同じことといえる。
しかし『アンデッド化する』効果と言わなかったのは、アリシアが自己分析するに、少々この侯爵に対して、意地が悪かったかもしれない。
もしかすると、『人間でありながら死を超越したい』という、傲慢な要望をしてきたルークに、お灸をすえてりやりたいと思ったのかもしれない。
または、そこまで考えてさえいなかったかもしれないが。
とにもかくにも、依頼は受理された。
『装備者が死んだとき自己蘇生する』の特殊効果を、ルークの愛剣に付与する。
付与料金は、150万ドラクマ。
ルークは、その値段の安さに驚愕する。
「不死身になる効果が、たったの150万だって?」
「いえ、不死身ではありませんので」
アリシアとしては、『死んだらアンデッドになる』効果なので、150万でも取りすぎかもしれない、と思ったくらいだ。
ここでルークが狡そうな顔をする。
「なぁアメリアくん」
「アリシアです」
「君の名前などはどうでもいいんだ」
「申し訳ございません」
「いいかい。僕以外には、この『不死身になる』効果を付与しないでもらいたいんだ」
ルークとしては、自分だけが唯一無二の『不死身』の冒険者になりたかったのだ。
だからこの錬成店の女店長が、ほかの冒険者にも『不死身になる』効果を付与するのは許しがたいことだった。
「『不死身になる』ではなく『自己蘇生』の効果ですが」とアリシア。
「とにかく、ほかの者には付与しないでもらいたい。もちろん、タダでとは言わない。君のような庶民が一生かかってもお目にかかれない大金を渡そう」
「といいいますと?」
「君が僕だけに『自己蘇生』効果を付与し、独占させてくれるならば──僕は君に、10億ドラクマ支払おう」
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