39,カウント係。
シーラが思うに、アリシアという共同経営者は容赦がない。
少なくとも、ルールを違反してくる者には。
錬成店に忍び込むような輩は、アリシアにとってはルール違反者。
それが〈滅却せし獣〉の犠牲になろうと、どうでもよいのだ。
ただしアリシアの性格からして、別に『ざまぁ』とかは思っていないだろう。邪魔なものを排除するにしても、アリシアの場合、それは感情を入れずにおこなう。
道端のゴミを捨てるように。
このとき。
チェットにも、錬成スキルには錬成素材が必要、という秘密が明かされていた。だがチェットにとって、それが幸せなことだったかは微妙だが。
いまも開店前の新たな仕事として、チェットが地下室の扉から出てきた。
シーラに気付くと、疲れた様子で挨拶してくる。チェットが行っていたのは地下室ではない。
王都ダンジョンの最下層。
事前にアリシアがチェットのことを紹介していたため、〈滅却せし獣〉に食べられる心配はない。ではなにをげっそりしているか、といえば、チェットの新しい仕事だろう。
カウント係、とアリシアは名付けた。
何をカウントするかといえば、昨夜、この錬成店に侵入した者の数。
さらにいえば、地下室に入ろうとして王都ダンジョン最下層に入り込んでしまい、〈滅却せし獣〉の犠牲にあった数。
〈滅却せし獣〉もただ数を伝えればいいものを、『偽りと思われては困る』という、謎の律義さで、死体の一部を取っておいた。
チェットは毎朝、その死体のパーツを見て、カウントするわけだ。
〈滅却せし獣〉とアリシアが取引してから、すでに5日も経っているが。
「従業員の数が増えましたものね」
と先日、アリシアは言っていた。
従業員。
シーラは共同経営者なので(アリシアの人使いは荒いが)、従業員とはチェット──そして〈滅却せし獣〉か。
「〈滅却せし獣〉。ダンジョンのラスボスを従業員にしたのは、王国の歴史でも、君が初めてだろうね」
ところでアリシアは容赦はないが、ときに優しい──というより、配慮する性格といったほうがいいのか。
たとえばポーラたち犠牲となった〈虎の牙〉メンバーの遺族には、匿名で多額のお金を送っている。少なくともポーラたちの死に、アリシアの責任はないとはいえ、かかわったのは事実だからだろう。
「で、チェット。今朝は何人が〈滅却せし獣〉にやられていた?」とシーラ。
チェットが青ざめた顔で答える。
「8人です。パーティで挑んできたようで」
「パーティで…………ということは冒険者たちが、パーティで侵入してきて、か」
アリシアは冒険者の客を全滅させまいと、シーラに〈滅却せし獣〉の討伐を依頼したわけだが。
「数は少ないけど、いまも冒険者は犠牲になっているらしい。笑える」
チェットはぎょっとして。
「笑えませんよ。しかし、犠牲者の数が増えていませんかね? これって、どういうことでしょう?」
「向こう側に立って考えてみなよ。つまり錬成スキルの秘密を暴こうと、錬成店に侵入者を送り込んでいる連中だ。侵入者が地下室をスルーするわけがないので、みな地下室に入っていくわけだ」
「ですが夜間の間は、地下室ではなく王都ダンジョン最下層に接続しています」
「そ。結果として、〈滅却せし獣〉の餌食になる。誰も戻ってこない。侵入者を送り込んだ側としては、誰も戻らない事実から、やはりこの錬成店には何かある、と考えるよね。錬成スキルの秘密が、ここにあると」
「はぁ。それで、より強力なメンバーを組んで、錬成店に送り込むわけですか。だけど相手にすることになるのは、王都ダンジョンのラスボスである〈滅却せし獣〉。勝てるはずがない」
「まぁ地下室に入ったつもりが、あいつと遭遇した者たちは、こんなはずじゃなかったのに、と思ったことだろうねー」
しかも、それは完全なる無駄足なのだ。
錬成スキルの秘密──すなわち、『錬成スキル発動には、錬成素材が不可欠──それはこれまで冒険者たちが見向きもしなかった素材』という秘密。
この秘密を暴ける素材のつまった保管庫は、いまはシーラの隠れ家にあるのだから。
「まぁもう少しだよ、カウント係くん。いつまでも『戻らない刺客』を錬成店に送り続けたりはしないだろうさ。何かしら次のアクションに入ることだろうね」
その次のアクションがどのようなものになるかは、シーラには完全には読めていなかったが。
アリシアはおそらく、だいたい読めているのだろう。
そのアリシアは、『王都ダンジョンで最下層への道が封じられた』ことによって、平常の仕事に戻っていた。
いまも朝一番の錬成相談を行っているところだ。
アリシアが相手にしていたのは、冒険者でありながら、侯爵の爵位をもつ男。貴族の道楽として冒険者をはじめたようだが、すっかりのめりこんでいる。
その名はルーク。
しかし残念ながら、冒険者としての才覚はゼロ。
だからか、とんでもない依頼をしてきた。
「金にいとめはつけない。いくらでも払う用意はできている。君も、僕の身分を考えれば、それが誇張ではないことがわかるはずだ」
「ええ、そうですねログロ侯爵」
「いや僕のことはルークと呼んでくれ。侯爵の爵位のことは忘れてくれ」
先ほどとは言っていることが180度違うが、アリシアはそんなつまらないことを指摘したりはしなかった。
「ではルーク。あなたは、何をお求めですか? どのような特殊効果を付与してほしいと?」
ルークは身を乗り出して、
「死なない効果だよ。死んでも、何度でも蘇る効果だ」
「ほう」
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