38,取引。
〈裏鼠〉のアーロンが、〈滅却せし獣〉と遭遇する三時間前。
アリシアは王都ダンジョンの最下層にいた。
転移ゲートで。
もともとはシーラのために用意したもの。
繰り返し最下層の〈滅却せし獣〉に挑むことになるシーラのために、手軽に行ける方法を作っておこう、としたわけだ。
手順としては。
転移晶の特性を無ガ石に感染させて増殖→王都ダンジョン最下層への転移ゲートを地下室の扉に作る。
こうしてアリシアがやって来たのは、〈滅却せし獣〉に呼ばれたため。興味を覚えたというよりも、これも一種の義務的感覚。
アリシアは自分の都合──錬成店の顧客たちが殺されてしまうのを阻止する──で、〈滅却せし獣〉の討伐をシーラに託した。
そのこともあって、アリシアは〈滅却せし獣〉に少しばかりの負い目がある。
くだんの〈滅却せし獣〉は、事前に聞いてはいたが、なかなか大きい。要塞並みというのは大袈裟ではなく。
ただし今は、シーラがコツコツと与えた『重力付与』の効果によって、八頭の巨蛇は地面に這いつくばっていた。
ブレイク状態にいたってからの猛攻によって、大ダメージを受けているからというのもあるが。
興味深かったといえば、代表してひとつの巨蛇頭が話し出したこと。
脳みそが8つあるならば、8つの人格があるのか。またはすべて統一された人格なのか。学術的な興味というものを覚えつつ、アリシアは挨拶した。
「はじめまして。私は、アリシア・シェパード。あなたがお呼びということでやってきた次第です」
対して〈滅却せし獣〉。
「お前が、錬成スキルの持ち主か……そのスキルは封じられたはずなのだがな」
「私の錬成スキルのことをご存じですか。なるほど。あなたは長らく、このダンジョンのラスボスをされていますからね」
「うぅむ。錬成スキルは、便利すぎた。わかるか? 冒険者たちが好き勝手に特殊効果を付与しだしては、魔物とのパワーバランスが崩れる。だから神は、錬成スキルを封じた。しかし例外があったようだ」
アリシアとしては、ここから己の血筋についての謎に挑戦してみても良かったのだ。
なぜ自分と母親だけが、錬成スキルを使えたのか。おそらく母の血筋に謎が隠されているのだろう。しかし──
それは借金返済してからでも、遅くはないだろう。
そもそも、そこまで知りたいというわけでもない。
学術的興味として──時間があって調べてみてもよい、という程度のこと。
アリシアは別のことを考えていた。こちらのほうが重要。
「われわれはあなたに打ち勝ったのですから、あなたに要求する権利はありますか?」
「要求だと? 殺さんのか? われを殺せば、冒険者ランクが上がるぞ。鍛冶素材から、伝説の大剣を作ることもできるだろう」
「私もシーラさんも冒険者ではありませんし、鍛冶素材なんぞにも興味はありません。ですから、あなたを殺す必要性もない」
「では、なぜ今回、われに挑んできたのだ?」
「ええ、そこがまことに勝手ながら、私個人の都合でして」
「なんだと?」
それからアリシアは、自身の借金のことと、それを返却するための錬成店のことを話した。
〈滅却せし獣〉は不可解そうだ。ところで魔物でありながら、実に人間的な反応だが。
「われを討つほどの力を持っていながら、その〈銀行〉とやらの理不尽な要求に従うのか?」
「あなたを倒したのは、私ではなくシーラさんですよ。私は支援したまでです。ですが、たしかにシーラさんにお願いしたら、〈銀行〉をどうかしてくれるかもしれませんね」
話を振られたシーラは肩をすくめた。
「ま、共同経営者に頼まれたら、してもいいけども。少なくとも、難易度はラスボス撃破よりは簡単そう」
「ですが、それは私の好みではありません。ルールを設けたら、そのルールは違反したくないではありませんか。こだわり、とでも解釈してください。
こだわり──そのこだわりを維持するため、力を貸していただけませんか?」
そこでアリシアは、まずこの最下層を封じるように命じた。
通常のダンジョンルートからは入れないように。
ダンジョンの『ラスボス』としての役目を終え、アリシアの顧客がこれ以上犠牲にならないように。
その上で、錬成店の地下室への扉を、夜間、この最下層につなげておくと話した。
つまりアリシアの錬成スキルの秘密を探りにきた者は、地下室のかわりにこの最下層へと転移してくる。
「その転移してきた者を、どうしてほしいのだ?」
アリシアは小首をかしげて、〈滅却せし獣〉を見返す。
「転移させるだけです。私は、ただ転移していただくだけですよ」
『転移させた侵入者たちを殺してもらいたい』とは、口にだして命じたりはしないのだ。
〈滅却せし獣〉は人間的なので、そこも理解した。
「……なるほど。よかろう。われは敗北した身だ。しばしの間、貴様に協力してやろう」
こうして取引は成立し、死のトラップができあがった。
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