36,増殖方法。
アリシアは錬成店のシャッターをしめながら思った。
ここのところ毎晩のように、錬成店には不法侵入者が入っている。
アリシアのみたところ、それは素人ではなく、組織的なプロ集団。
容疑者は幅広く、冒険者パーティ、冒険者ギルド、〈銀行〉、または別の勢力。
錬成スキルの秘密を探ろうということなのではないだろうか。
いまのところアリシア自身を誘拐しよう、という動きはないが。
錬成スキルは唯一無二かつ、冒険者そのものの仕事にも影響を及ぼしかねない。その情報が認識されてきたことで、このような『悪い人たち』の動きも活発になる。
アリシアとしては、借金返済まではまだ、死ぬわけにはいかない。
いざとなれば、錬成スキルを悪用されないため自害用の効果を付与したアクセサリの出番となるわけだが。
せめて借金返済してから、死ぬ必要がある。
これは義務とかではなく、アリシアの価値観でいえば、ゲームの最低限のクリア条件。
この人生という、淡々と進めるゲームにおいての──
(そろそろ対策を講じる必要がありますか。地獄のお灸をすえる──地獄、地獄)
背後に気配を感じたので振り返ると、シーラが立っていた。
「アリシア。〈滅却せし獣〉だけどさ。殺せそうだけど、本当に殺していいの?」
シーラの話では、ある時点からはさくさく攻略できたそうだ。
つまり、それぞれの巨蛇頭の弱点属性を固定したうえで、『攻撃した敵に重力状態を付与する』の効果が効いてくる。
さらに最後の謎だった弱点属性の正体が毒と判明。八頭の巨蛇それぞれをブレイク状態に追い込まねばならなかったので時間はかかったが。
「もう殺せるところまでダメージを与え続けたんだけども」
「ですが、まだ殺していないのですか?」
「まだ殺していない。というか、何か話しかけてきた」
「意思疎通ができるのですか」
「まあダンジョンの頂点に君臨する魔物だし、それくらいは」
「それで、どのようなことを〈滅却せし獣〉はおっしゃっているのですか?」
「君と話したいらしい」
「私と?」
「〈滅却せし獣〉はまず、私のことをすごく賞賛したわけだよ。ソロプレイで、まさか自分が撃破されるとは──と。つまり、もうあとはこっちはトドメをさすだけ、という時点でね」
そこでシーラの話では、これはすべて錬成スキルを使う者のおかげ、と説明したのだとか。
つまり『〈滅却せし獣〉の巨蛇の八頭のすべての弱点属性を武器に付与→八頭の攻撃ごとに弱点属性が入れ替わるという特性に対処するための弱点属性の固定→重力付与による動きの封じ込め』などのことは、錬成スキルによる特殊効果付与のおかげ、と。
「私が〈滅却せし獣〉を倒せたのは(まぁまだ殺してないけども)、すべて君のおかげ、と話したわけ」
「『すべて』とは言いすぎでしょう。シーラさんの実力があってこそです。シーラさんは冒険者になっても、自力でSランクになることもできるのではないでしょうか」
「冒険者になって〈シーフ〉とかのジョブとかになれって? そーいうのには興味ないなぁ。
話を戻すと、そのような『チートスキルの持ち主に、是非とも会ってみたい』と言うわけ。良かったね。ダンジョンのラスボスにチート扱いされて」
「現実問題、そこまでのチート性はありませんが。便利ではありますがね。便利、地獄」
「なにが?」
「便利といえば、先ほど新しい取り組みを行いまして。転移晶のことを覚えていますか?」
「素材レベルMAXの超希少素材でしょ。私自身が採取してきているんだから、忘れようがない。このダンジョンから外に転移するアイテム〈外に出る〉も、それのおかげ」
「実は、特定の素材を増殖する方法を見つけましてね」
増殖というより、感染といえるかもしれない。
アンデッド禍から閃いた発想ではある。
素材の性質そのものを感染によって変える。
それには無ガ石が最適。
まず転移晶の素材特性を引き出し、それだけでは特性のない無ガ石へと感染させる。
こうして無ガ石は、特性だけならば転移晶と同じになる。
問題は一個ずつの感染には時間と精神力を必要とし、一気に増産はできないことだが。コツコツならば可能。
転移晶のようなレジェンド格のレアものだけを増やすことを想定するならば、これでも充分。
「こうして転移晶を20個ほど造り、そちらのドア──地下室のドアへと錬成しました」
シーラが小首をかしげる。
「地下室の扉に、空間転移の特殊効果を付与したの?」
「実のところ、まさか今日、シーラさんが〈滅却せし獣〉を仕留めてしまうとは思っていなかったものでして」
「しつこいようだけど、まだ仕留めてはないからね」
「とにかく何度も王都ダンジョンの最下層に行くのもと思い、その労力を省くことが狙いでした。今回、意外な形で使用することになりましたが」
地下室ドアのノブのダイヤルを切り替えることで、『空間転移』の効果を起動。
ゲートを開く。
その状態で扉を開けると、だがまだただの地下室への階段。
ところがこの階段を降りていくと、段階的に転移がおき、階段を降りきったところには、王都ダンジョンの最下層となっている。
この転移から、アリシアはふと思いついたことがあった。
不法侵入者対策について。
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