30,ラスボス。
冒険者ギルドのギルドマスターが、秘書との痴情のもつれで死んだようだ。
アリシアは、共同経営者である傭兵が介入したのだろうと推測したが、当人に聞くつもりはなかった。
これで冒険者ギルドはごたごたするので、しばらくは錬成スキルのことも放っておいてもらえるだろう。
アンデッド禍の解決に錬成店の支援があったことで、さらに錬成店の名声は高まった。現在のところ、借金返済可能額は約8000万ドラクマ。
実際の利益はその二倍となるわけだ(共同経営者のシーラの取り分を差し引いた)。
先日のアンデッド対策効果を、上級冒険者たちがみな買い込んでくれたおかげでもある。
ところで借金返済の『可能額』というのは、〈銀行〉から受け取り人がこないため。
仕方ないので王都にある〈銀行〉本店を訪ねて、問い合わせてみた。しかしこの3億の借金──つまりその債権は、〈銀行〉内でも転々としており、いまはオールドという城郭都市の支店が所有しているらしい。
つまり、このオールド支店に返済せよ、ということだ。しかし真に受けるべきだろうか。
〈銀行〉は、アリシアの順調な借金返済計画が気にいらないように思える。3億という資金を回収できる(何割かは利子)のに、なぜ嫌がるのか。
これは調べてみるしかないようだ。
一方、錬成相談ではまた、ある依頼が増えてきた。
「ラスボスのことは知っているわよね?」
と、ポーラが確認してくる。
現在、アリシアの錬成相談相手は団体、つまりパーティだった。アリシアとは縁の深い、ポーラがいる〈虎の牙〉。
〈虎の牙〉リーダーのダンの剣に火炎属性を付与したのが、錬成スキルの価値を知るキッカケとなった。
その後も錬成店の開店に融資してもらったり、錬成店の宣伝をしてもらったりと。
とはいえ『錬成店の宣伝』を、ポーラたちは約束しておきながらしなかったわけだが、その件に関しては不問にしてある。いずれにせよ融資と引き換えにポーラたちに付与した特殊効果も、3回という回数を終えたころだろう。
「ラスボスですか。私にとっては、亡くなった母でしたね。母は優しいかたですが、同時に威厳もあり逆らうことなどは──」
「そういう『自分語り』的な話ではなくて」
「そういう気分でしたので」
「世界各地にあるダンジョンには、どこにも最深部に強敵がいるわけ。超のつく強敵が。いわばラスボス。王都の近くのダンジョン、これ正式名称が〈王都ダンジョン〉という、そのままなんだけど。この王都ダンジョンにも、ついに現れたわけ」
「ついに、というと。年中いるわけではないと」
「そう。一度倒されると、次に現れるのは何十年か、へたしたら100年単位も経過する。記録では前回、王都ダンジョンのラスボスが撃破されたのは、128年前とされているわ」
「なるほど。もしや、そのラスボスを倒せる効果付与を買いたい、ということですか? あいにくですが、私はそのラスボスについて何も知りません」
「名前は、〈滅却せし獣〉」
「名前だけでは、どのような特殊効果を付与することが攻略につながるかは分かりません」
「そのことなら心配しないで。ブレイク状態って、あるじゃない? どんな強敵の魔物でも、弱点属性で一定量のダメージを与えると、ブレイク状態になる。防御力はがくんと下がるし、反撃もされない。ようはタコ殴りにできる状態。
まぁ強敵を倒すには、このブレイク状態にもっていくしかないのよね。で、この〈滅却せし獣〉が厄介なのは、ブレイク状態にするための弱点属性が、凄く変わっているの」
「というと?」
「夢属性──という属性攻撃なんだって。これは確実なんだけど。『みやぶる』スキル持ちの冒険者が発見したことでね」
「夢属性? はじめて聞く属性効果ですね」
「そうなのよ。冒険者たちはみんな、頭に『?』よ。だってそんな属性、聞いたことないもの。だけどアリシアなら」
「錬成スキルで夢属性効果を付与できるかもしれない、と?」
ポーラが期待の眼差しで聞いてくる。
「できる? お金なら、いくらでも払うわよ。〈虎の牙〉の全財産だってさ」
ここで王都ダンジョンのラスボスを撃破すれば、〈虎の牙〉の名声は一気に高まるだろう。
アリシアは、脳内の素材リストに問い合わせる。いまのところ夢属性なるものを付与するものはない。
「少々、時間が必要です。夢属性付与が可能になったら、またお呼びします」
「お願いね。あと──ほかの冒険者にも夢属性を付与するな、とは言わないわ。だけども、はじめに付与するのは、あたしたちにして」
「構いませんよ」
これは〈虎の牙〉への友情などではなく、単純に、はじめに依頼してきたのが彼らだったから、だが。
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