26,口災石。
『風の妖精』素材については、シーラが遠くのダンジョンに遠征探索したとき、偶然発見した。
形態は子犬のよう。
妖精は精霊の下位互換なので、風の妖精は四大元素の精霊の一歩前といえる。
言葉は発しないが、こちらの意思は伝わるらしく、シーラが「よくわからないから」と捕獲してきたものだ。
アリシアは休憩時間などで、この妖精とコミュニケーションをとってみた。かなり知能は高いようで、いまは地下室で寝ている。
シーラは短剣を取り出して、
「らくに殺してあげよう」
アリシアが思うに、シーラは傭兵にしてもすぐに殺したがる。元は暗殺者だったのかもしれない。
「うちのミィちゃんは殺さないでくださいね」
「あ、名前をつけたの? それも猫みたいな名前。見た目は子犬なのに」
ミィは見た目は子犬かもしれないが、羽の生えた子犬だ。この羽には鱗粉のようなものが付着しており、これが妖精素材となる。
ミィは風妖精なので、風に関する効果を付与できる。
ただの『風属性の攻撃ができる』のようなものではなく、もっと複雑な改造が可能だ。
「呼吸による吸入で感染するならば、口にフィルターをかけます。『清浄な空気のみ』を呼吸できるように。ここまで具体的な効果付与は、通常の素材では難しかったので、ミィさまさまです」
さっそく『清浄な空気を呼吸するためのフィルターを、装備者の口元に張り付ける』効果を、シーラの短剣に付与しておく。
「さっそくペガサスに乗って王都墓地にいこう」
「いえ、ペガサスが感染する危険性があります」
「ペガサスゾンビかぁ。〈ペガサスナイト〉が悲しむねぇ」
「ミィの風妖精素材を、もうひとつ活用しましょう」
『風の翼による飛行』効果を付与する。
先ほどのフィルターといい、この飛行能力といい、冒険者が購入するには多額の支払いが必要。ただもちろんシーラは共同経営者なので無料だ。
「アンデッドをお届けするけど──生きたままがいいのかな……まぁアンデッドはすでに死んでいるわけだけども。意味は分かるよね?」
「生きているものと、死体に戻ったほう。比較研究したいので、双方を一体ずつお願いします」
「無茶ぶりはいまにはじまったことではないか。了解」
風の翼を出現させ、シーラが空に飛んでいった。
アリシアはミィのごはんを用意しながら、シーラの帰りを待つ。
アリシアの指示で王都を見てまわってきたチェットが、急ぎ足で戻ってきた。
「異変はないです、店長。まだアンデッド化は、王都に達してないようです。ただ、えーと、王都の市民もまったく焦った様子がなくて。変ですよね?」
「そうでもないでしょう。情報統制がかかっているだけです」
「アンデッド感染が起こるんだから、王都の市民に伝えるべきなのに?」
「パニックが起こりますからね。それを恐れているのでしょう──」
だがどこで情報が止められているのか。王政府が止めているなら分かるが、冒険者ギルドで止めている可能性もある。
つまり王政府の耳にも入っていない。
その場合、冒険者ギルドは越権行為といえるが。
アリシアが一考していると、チェットが困った様子で白状した。
「あの、僕、実は知っているんです。その、錬成スキルというのには、素材が必要なんですよね? シーラさんが素材を集めてきて、地下室で保管している。すみません、店長、これ極秘なんですよね? ですが、誰にも話したりはしませんから!」
アリシアは優しく微笑みかけ、チェットの装備品である剣に軽く触れた。
「この剣は、死んだお兄さんの形見なのですよね?」
「え? ああ、そうなんです。まえに話したの、覚えていてくれたんですね」
「大事な形見を、なくさないようにしてくださいね。あ、それとチェットさん。大丈夫、あなたが他言しないことは、信じていますよ」
チェットは満面の笑みになった。
「はいっ! 絶対にガッカリさせません、店長!」
アリシアはガッカリすることはない。何があっても。
ただ予防はしておいた。チェットがつねに装備している兄の形見である剣に、いまさっき、ある特殊効果を付与した。
それは口災石という素材に、毒カ晶をかけあわせてつくった効果。
それは『指定した情報を外部に漏らそうとすれば毒死する』というものだ。
むろんこの場合の『指定した情報』とは、『錬成スキルには素材が必要』という情報。
チェットが約束を守ってくれれば良し。チェットの口が軽ければ、早死にするだけ。
チェットを店番にまわしてから、しばらくするとシーラが戻ってきた。
「ただいま~。アンデッドだらけとは、あのことだぁね」
地下室に降りてから『収納10倍』の袋から、まず拘束したアンデッドを引きずり出す。すでにアリシア自身と、店番しているチェットにも『清浄な空気を呼吸するためのフィルターを口元に張り付ける』効果を付与してあった。
ただしチェットは、自分にそんな効果が付与されていることを知らない。地下室にアンデッドがいるなどということも、夢にも思っていないだろう。
「いきのいいアンデッドを連れてきた。どうするの? 解剖する?」
「錬成します」
「……何を?」
「この生き物を」
「錬成できるの?」
「できません。しかし錬成しようとすることで、対象の詳細な情報が分かりますので──ああ、なるほど」
「え、もう分かったの? 早いね」
「単純なことでした。アンデッドとはなんなのか」
「……なんだったの?」
「太古の環境生物です」
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