24,アンデッド。
先日の決闘──Eランクのロン対Sランクのケール──の番狂わせな結果。
ロンの見事な勝利に、錬成店の効果付与の支援があったと分かり、より錬成スキルの評価は上がった。
予約表は数日後まで埋め尽くされている。借金返済計画も順調に進んでいる──が、いくつかアリシアには考えるべきこともあった。
〈銀行〉からの取立人が、ここのところ現れない。300万ドラクマを返却した日から一度も。あのとき顔面を大怪我していたようだが、それで休んでいるなら、代わりの者が現れるだろう。
ただそのおかげで、〈銀行〉の企みもだいたい推測できる。
対処策はいくつでも取ることができる。
また冒険者ギルドの動きも、考慮しておいたほうがよい。
錬成スキルが冒険者たちのあいだに話題になることによって、いつまでも冒険者ギルドは静観してはいないだろう。
錬成スキルが唯一無二ならば、それをギルド側で管理したいとは思わないのか。
これについても、いくつか対策は練ってある。
アリシアの目的はシンプルであり、借金を完済すること。物事はシンプルであるべきで、それが優美となる。だからアリシアは、多額の負債を背負うのも、悪くはないなと思いはじめていた。それゆえに人生がシンプルになるので。
ある日。
チェットが困った様子で、アリシアに声をかけてきた。このときアリシアは、地下室でシーラと素材集めのプランについて話し合っていたのだが。
この地下室はチェットでも立ち入りを禁じていたので、まずその点を注意する。
「す、すみません。ただ、その僕では対処できないことがありまして」
「分かりました。次回からは、地下室の扉をノックしてくださいね。では行きましょう」
あまり地下室の件で注意しすぎると、チェットの性格では、次に『対処できないこと』があったとき、アリシアに叱られたくないからと自分だけで判断しかねない。その判断は、チェットの性格から、まず間違えることになる。
(ふむ。雇用主というのは、ひとつ面倒ですね)
チェットの話では、今朝から何十人もの冒険者たちが押しかけてきているという。
シーラが言った。
「いつものことじゃないか。錬成店はいまや、王都一の人気店。冒険者たちの憧れの店」
実際、王都より離れた城郭都市を拠点にしている冒険者も、錬成店のために遠来からやってきている。
「いえ、それがどうも今日は、緊迫感が違うようでして。実際に、お会いしてください、店長」
「はい」
というわけで、緊迫感の違うという冒険者たちと会うことにする。シーラは彼らに姿を見られるとまずいので、地下室に残った。
(おや、これは興味深いですね)
というのも、錬成店に押しかけてきていた冒険者は、アリシアが見たところどれも上位ランク。ケールの姿もある(ちなみにケールはロンに負けてプライドこそ傷ついたが、負傷自体は肋骨が折れただけで、すぐに仲間の回復魔法で治癒された)。
「皆さん。錬成店のシステムはご存じのはずです。まず予約帳に記入してください。予約のときがきたら、私が錬成相談を行いますので。いまですと──」
予約帳を見やって、
「早くて8日後になりますが」
「アリシアさん。いまは、そんな悠長なことは言っていられなんだ!」
と声を荒げたのはケールだった。
「それは私が判断します」
アリシアはいら立つでもなく、ただ淡々とそう返した。
いまやたいはんの冒険者たちは、このアリシアの塩対応に慣れつつも、同時に恐れをなすようになっていた。条件反射のように。
「申し訳ない、アリシアさん。ですが、聞いてください。アンデッドなんです」
「それだけですと、なんとも答えようがありませんね。アンデッド──死者の蘇りですか。その現象は、滅多にあることではないとようですが」
少なくとも、アリシア自身は遭遇していない。
「ええ、そうです。アンデッドは有名なんですがね。それでいて、現役冒険者で遭遇した者はいない。どちらかといえば、おとぎ話で出てくる類で」
別の冒険者がしきりにうなずきながら、
「過去に発生したのは、500年も前のことでしてね。そのときは──旧王都の8割の市民がアンデッド化。王都全域の焼却作戦で、なんとかアンデッド禍は終わったとか」
アリシアは事態の重みについて考える。確かに歴史書では、500年ほど前、旧王都が壊滅。王都の遷都が行われた、とあったが。
それがアンデッドのせいとは知らなかった。おらそく一般市民には開示されない情報で、上位冒険者だけが知りえる情報なのだろうが。
「アンデッド禍──墓地から死体が這い出るだけではないのですね。旧王都の市民の8割もアンデッド化した、となると」
「はい。感染するんです、アンデッドは。感染した人間は、急速にアンデッド化します」
「噛まれると、ですか?」
「ええ。ですが、それだけではなくてですね。そもそも『噛まれると感染』だけなら、まだ対処はできます」
「では?」
ケールはゾッとした様子で答えた。
「アンデッドは空気感染するんです」
アリシアはうなずいた。
「理解しました。これは確かに、悠長なことは言っていられないようですね」
淡々として言うものだから、みな、本当に理解してくれているのかと不安そうだった。だがアリシアは、ちゃんと理解していた。
みながアンデッド化してしまったら、依頼者がいなくなる。
すなわち借金が完済できないと。
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