21,NTR。
依頼者のEランク冒険者は、恥ずかしそうにうつむいた。
「……こんなどうしようもない依頼をするなんて。冒険者なのに。あなたはお笑いになるでしょうね」
「いいえ、笑いませんよ」
と、アリシアが即答したのは、何もこの若い依頼者に同情したから、ではない。
まったく興味がないからだ。
午前中の依頼者もそうだが、冒険者の事情などは本質的にどうでもよい。
確かに『あなたのお悩みを聞かせてください』というスタンスだが、そう言わなければ話がはじまらないだけのこと。
アリシアにとっては、問題解決のタスクに過ぎない。
たとえば、ある冒険者のジョブ〈ウォリアー〉が、「一体だけの強敵には勝てるんだが、たとえ雑魚のゴブリンでも、数で攻められると劣勢になるんだ」と相談してくれば、アリシアはまず問題を整理する。
この〈ウォリアー〉の武器は斧で、横なぎにすれば、少しなら複数の敵を同時に攻撃できる。
だがそれでは、ゴブリンが一気に何十体と向かってくると、対処できなくなるという。
なら、斧の横なぎ時の攻撃範囲をさらに広げてやればいい。
そこでアリシアは、『通常攻撃が範囲化する』効果付与を提示する。
値段は『回数制限なし』の100万ドラクマから、『1回のみ』の5千ドラクマまで。
〈ウォリアー〉がどれかを購入すれば、取引成立。
アリシアにとっては、『寝取られた恋人を取り戻したい』も、『数で攻めてくるゴブリンに対処したい』などと同じ、ただの解決する問題に過ぎない。
ただ難しい問題ではある。
『火炎属性が弱点の魔物を倒したい』→『火炎属性付与』の効果で決まり。
という単純なものとはならない。
が。
「あなたは幸運ですね。媚薬草という、とても希少な素材が一点あります。この媚薬草を使い、あなたの衣服に『対象に催淫効果を発揮する』という効果を付与しましょう。あとは、寝取られた彼女さんを、この催淫効果によって寝取りかえせば済むかと。では料金ですが──」
「あの、まってください。そーいうのは、使いたくないんですが」
「催淫は好まれない? ではもっと強いもの。洗脳系がお望みですね。なるほど。洗脳とは人格改変。そのような効果を付与させることはできますが、かなり複雑な錬成工程を必要としますので、だいぶお金がかかりますが」
「あの! そういう、彼女の心を操る、みたいなのはできれば無しの方向で」
「そうですか。私は人間にあるのは思考回路に過ぎず、心と定義されるものは存在しない、と考えていますが。
分かりました。あなたの価値観に従いましょう。では、もう少し、その彼女さんについてお聞かせください──えーー、ロンさん」
はじめて依頼者の名前を見ることになった。
午前中の依頼者は、ここまで注文が多くなかったので、名前を聞くまでもなく片付いたのだ。
ロンは「はい」とうなずき、
「彼女の名は、ボニーといいます。とても素敵な女性なんです」
ロンの価値観では、浮気した彼女でも素晴らしいらしい。
「ボニーさんは、どなたかに寝取られたということですが。つまり、浮気されたわけですね? 何もボニーさんは、どこかの誰かに無理やり襲われたわけではなく。強姦案件でしたら、あなたは王都警察に通報せねばなりませんよ」
「あの、そうです。別に襲われたとかではなく、同意の上らしいんです。だけど、あいつは鬼畜なやつなんですよ!」
「あいつ、とは、ボニーさんを寝取ったかたですね」
「はい。ボニーが今年から属することになったパーティのリーダーをやっている奴です。ケールという名の、Sランク〈グラディエーター〉なんですが」
ケールという名のSランク〈グラディエーター〉ならば、偶然ながら、アリシアも知っていた。
先日のオークションで、アリシアが競りにだした特殊効果を落札した男だ。
「なるほど」
「あいつは、パーティリーダーという立場を使用してボニーと、その、関係を結んだんです。そうに違いありません!」
「理解しました」
「はい?」
ロンがきょとんとする。
アリシアは明確に答えた。
「あなたに必要なものが分かりましたよ、ロンさん。あなたは、一騎打ちでその〈グラディエーター〉を撃破すればよろしい。そうすれば、彼女さんを取り戻すことができます。簡単なことですね」
「…………あ、あの、僕、Eランクなんですけど? しかも冒険者なりたてで。向こうは、百戦錬磨のSランク。勝てるはずがありませんよ」
「勝てますよ。あなたの、支払い能力次第ですが」
確かにケールは強敵だろう。ロンが勝つには、かなり強力な特殊効果の付与が必要。請求する額としては、最低でも500万前後。
「10万ドラクマしか、ないんですけども………」
10万では、レベルの低い錬成しかできない。つまり弱い効果しか付与できない。
だが。
「分かりました。でしたら、それでやってみましょう。足りない部分は、創意工夫で乗り切るとしましょう」
失敗しても、そのときはこのロンという青年が死ぬだけ。そのときにはすでに支払いは終わっているので、アリシアは痛くも痒くもない。
それに万が一勝てば、それは錬成店の良い宣伝となるだろう。
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