104,覇王。
閉店の日は、あっというまに来た。
この一週間、アリシアは予約に入っていた錬成依頼を淡々とこなしながら、自宅でも荷造りをはじめていた。
不用品は捨てることになるだろう。もう王都には戻ってこないのだから。
持っていくのは、両親の形見を抜かせば、旅に必要な最低限のものだけ。
王都ダンジョン最深部に行き、〈滅却せし獣〉と風の妖精ミィとも別れを済ます。
というのも、王都ダンジョン最深部に接続している転移ゲートを解除することにしたから。
〈滅却せし獣〉はまた長い眠りにつくといい、子犬のようなミィは、チェットが飼うことになった。
「あのー、店長。ミィですけど、風の力とか使いませんよね? 普通の犬として育てて大丈夫なんですか? あの妖精ですよね?」
「そこはミィと話し合ってください。もうチェット君の飼い妖精ですよ。責任をもってください」
「あっ! やっぱり妖精枠じゃないですか!」
最終日には、アリシアの旅立ちを好意的に受け取った冒険者一行から、送別会を開いてもらった。アリシアとしては、ありがた迷惑ではあるが、それを顔に出さないくらいの社会性もある。
というわけで笑みを浮かべて、
「皆さん、ありがとうございます。短いあいだながら錬成店が繁栄できたのは、皆さんのおかげです」
と短いスピーチもした。
その後半については、事実である。顧客がいてこそ、商売は成り立つ。
そして大半の冒険者たちは、よい顧客といえた。
錬成店の賃貸料は来月まで支払っていたので、その後の処理などは、チェットに任せた。
ライラはすでに王都を出立していた。
そのときライラは、
「アタシは、アタシのルートで世界をまわってみるわ。世界の果てで、また再会できるかもしれないわね、アリシアお姉さん」
と言っていた。
縁があったら、また出会うこともあるだろう。
その夜、アリシアは自宅で休みながら、やり残したことはあるか、と頭の中でチェックした。問題はない。すべて処理した。
この家も、アリシアが出立したら、トーマスに処理してもらうよう依頼してある。あとは明日の朝、出立するだけだ。
ベッドに横たわり、目をつむる。
さて。
アリシアが眠りに落ちたとき、自宅に不法に侵入する者がいた。
〈銀行〉総裁のジェイデンだ。
ジェイデンは、虚無から作りだした扉を開けて、現れたのだ。
ジェイデンもまた、〈マッドサイエンティスト〉ジョブの力によって、さまざまな特殊な器具を創り出すことができる。
とはいえ、アリシアの錬成スキルに対しては、その足元にも及ばないが。
だからこそ、アリシアの肉体を解剖し、その脊髄を手に入れるのだ。
脊髄を自らの肉体に移植してはじめて、ジェイデンは究極の存在となることができる。
そのとき、この王国の真の統治者となるのだ。
ジェイデンは考える。
(アリシア・シェパード。君は、僕のための踏み台となるのだ。君の錬成スキルを吸収することで、僕の〈マッドサイエンティスト〉のスキルは完全なるものとなるのだからね)
念のため、睡眠中のアリシアに眠り香りをかがせる。
これで睡眠から目覚めることはない。このまま生きたまま解体に入るのだ。
ジェイデンはみずからのスキルを使い、この寝室を手術室へと変換した。メスを召喚し、アリシアの皮膚へと近づかせる。
「さぁ、贄となれ、アリシア・シェパード」
そのころ──。
王都の東方。
シーラは隠れ家のひとつで、古い書物をぺらぺらとめくっていた。
アリシアと出会ったばかりのころ、王都図書館の禁書区域から盗み出した書物だ。あまりに古く、長いあいだ誰も読んでいなかった。
これには、錬成スキルについてのある興味深い事実が記されている。
とはいえ、このことをアリシアに話してはいない。アリシアはそれを知ったところで、「だからどうしましたか?」という反応を示すだろうから。
その事実とは、錬成スキルの使い手こそが、真の王の血を引いているという事実。
その者こそが、覇王。
誰も害することはできない。究極の存在だということを。
シーラはその書物を暖炉に入れて、火をつけて燃やした。
「覇王? アリシアは、そんなものには興味がないだろうからねぇ」
こうしてひとつの歴史の真実は、燃えて消えた。
シーラの予想しているように、仮にアリシアがそのことを知ったとしても、こう言ったことだろう。「興味はありませんね」
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