102,閉店準備。
アリシアの発表に対して、チェット、ライラ、シーラは三者三葉の反応を示した。チェットは仰天し、ライラは諦観し、シーラは「だと思ったよ」。
つまりアリシアがその夜、錬成店内で言ったのは、
「皆さん。閉店準備をはじめますよ」
「閉店するんですかっっっ!!!」とチェット。
アリシアは小首をかしげる。
「ええ。私は、『借金完済のため錬成店を超黒字経営する』という、ひとつのゲームを試みました。そして、いまやゲームはクリアした。ならばこれ以上、錬成店を営業しつづける必要もないでしょう」
「そ、それで店長は、ど、どうするんですか??? まさかお針子に戻るとか?」
「いいえ。お針子の仕事は好きでしたが、もう戻るのは無理でしょう。そうですね。これからは世界各地をまわって、私のような錬成スキルを使える者がほかにいないか、探してみようかと思います」
この結論にいたったのは、人魚の国に出張したのが大きい。あのとき、つくづく世界は広いと、アリシアは思ったのだ。
この王国がある大陸でさえも、世界地図の中では小さいほうなのだから。
チェットが恐る恐ると言う。
「冒険者たちに付与した効果は、どうなるんです?」
「どうもしませんよ。彼らが購入したものを、私が奪い取ったりはしません。私が死ぬまでは、彼らのものです」
「だとしても、店長が王都を去れば、冒険者たちはもう新しい効果を付与してもらうことはできないわけですよね。たとえば、いま火炎属性でバリバリにかためている〈ソードナイト〉がいるとして、火炎系の魔物と対峙したとします。店長がいたならば、支払いさえ可能なら、水属性に上書きしてもらえます。だけど店長がいなくなったら──」
「自力で乗り越えていただくしかないですね」
「冒険者たちが、それを納得しますかね……」
「チェット君。閉店の告知を。それともう予約はとらないように。いま予約帳にあるだけの依頼を済ませたら、それでおしまいです」
「だけどアリシアお姉さん。錬成店の人気を考えたら、それこそ何年も先まで予約が入ってそうよ」とライラ。
だがこれにはチェットが首を振ってこたえる。
「それが違うんですよ。店長は、一週間先までの予約しか受け付けないよう指示を出していたんです。そのときはなぜだろうと思っていましたが、このときのためだったんですね、店長。閉店を決めてから、一週間で店を畳めるように」
開店したときから、閉店準備はしておくものだ。
「ではチェット君、お願いしましたよ」
錬成店が閉店になる、アリシアが王都を去る──というニュースは、またたくまに冒険者たちのなかに広まった。
このニュースに対する反応は三つにわかれた。
まず、それがアリシアの選択ならば仕方ない、という受け入れる派。
これにはアリシアのよく知っている冒険者では、ケール、エブリなども含まれていた。
二つ目は、パニックに陥る派。
これからのクエスト攻略においても、アリシアの錬成スキルを計画に入れていた者たちで、いまさら効果付与なくしてどうクエストに臨めばいいのか分からない、という者たち。少なくとも当人たちはそう主張している。
そして三つ目の派閥は、二つ目の過激派バージョン。
つまり『効果付与がなければ冒険者活動に支障をきたす。ゆえに、アリシアを王都から出すことを許してならない』という者たちだ。
彼らは一応は、『冒険者が王国の平和を守っている。冒険者が効果付与を受けられなくなり弱体化することは、王国にとってもマイナスでしかない』という大義名分をもってはいた。
当人たちの大義名分だが。
また冒険者ギルドのギルマスであるエドガーも、遠回しではあるが、これら過激派の言い分を認めた。そのため過激派の冒険者たちは勢いづき、ついにある日、ある拠点で集まって作戦会議を開くにいたる。
すなわち、『アリシア・シェパードを拉致する』作戦を。
そこに集まったのは、24人ほど。さすがにアリシア拉致の実行までするつもりになったのは、少数といえる。
とはいえなかにはSランクもいたりと、これをパーティとするならば、かなりの大規模であり強力。
その中でもリーダー格となっているのは、テレンスという〈エレメンタリスト〉。すなわち精霊使い。『使い』とはいっても、精霊から力を分け与えてもらっているだけに過ぎないので、名前に偽りはある。
ただアリシアから得た効果によって、以前よりも使役できる精霊力は高まっている。この力を失うことは耐えられない。
テレンスがリーダーなのは、精霊使いとしての能力もあるが、なにより作戦立案に長けていたからだ。テレンスは、アリシアの強みと弱みを理解していた。
それにある『情報源』から得た情報も。
「まず、われわれが排除するのは、シーラという傭兵である」
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