101,終焉まで。
アンデッド災害の解決した夜。
〈銀行〉第35代の総裁ジェイデンは、冒険者ギルドの第53代ギルマスであるエドガーと密会していた。
「ジェイデン。本当に、うまくいくのか?」
エドガーは懐疑的だった。
この男はいつも懐疑的だな、とジェイデンは考える。懐疑的で、臆病。だからこそ利用しやすいともいえるが。
「うまくいく。もうしばらくの辛抱だ。この国をわれわれのものにできるぞ。僕が王となったあかつきには、冒険者ギルドの地位をもっと高いものにしてやる。いまのように、王国騎士団の次ではなく、な」
王国の乗っ取りなど、まともな神経では計画しない。だがジェイデンはまともではなかったし、それに王族という強みがあった。遠い親戚というレベルだが。
それでも王位継承権を有している。優先順位が58位と低いことは、このさいたいして関係はない。いま王政府を支配している連中を皆殺しにし、ジェイデン支持派で固めれば済む話。
場合によっては、そのクーデターは今日行われていたかもしれなかった。アンデッド災害に乗じて──しかし錬成店のせいで、その計略は失敗に終わった。
また貨幣供給を10倍にし、経済混乱を引き起こす策も、事前に潰されるに至っている。またしも錬成店によって。
だがジェイデンは、この錬成店の店長を支配することができれば、逆転の目はあると考えている。
「僕の読みどおり、錬成スキルには、錬成用の素材が不可欠だ」
エドガーが懐疑的に言う。
「鍛冶素材ではない素材のことか? なんの使い道もない素材類のことなのか? だとしたら、それは逆に異常だぞ。使いどころのない『その他の素材』は、鍛冶素材に比べても、何百倍も種類があるんだぞ。
それらすべての素材が、一人の女のスキルに使われるためだけに存在しているというのか? それはもう、この世界──とまでいわずとも、すべてのダンジョンが、この女──つまりアリシア・シェパードを中心にまわっているようなものではないか。
すべてのダンジョンは、アリシア・シェパードの錬成スキルのための素材を産出する場所、ということになってしまうのだからな」
エドガーの指摘も理解できる。
ジェイデンは、いくつか仮説をたてていた。たとえばダンジョンが創られたころは、アリシアの使う錬成スキルを、もっとたくさんの人間が使えたのかもしれない。つまり一般的なスキルだった。
それが時の流れの中で、『錬成スキルの血脈』は減っていき、いまやアリシアだけが使い手となったのかもしれない。
「エドガー。よく聞くんだ。誰が中心かといえば、それは君と僕だ。僕が王となれば、すべてはそうなる」
「そのためには、アリシア・シェパードを味方に引き入れるんだな?」
「いや、そうじゃない。味方に引き入れる? はっ。今日、僕ははじめてあの女と対峙した。テーブルひとつ挟んで、あの女を観察した。あの女は、まぎれもなくサイコパスだ」
「サイコパス? それは、反社会的人格の持ち主のことをいうんだったな。そうだ。異常犯罪者のことだ」
「いやいや、違う。はっきり言おう。僕もサイコパスだ。だが僕は異常者ではないよ。サイコパスというのは、冷淡であり、自己中心的で、良心は欠如している。だが不用意に犯罪をおかしたりはしない。繰り返すが、異常ではないのでね。
だが僕やアリシア・シェパードのような人間が、人類を進化させてきた。それがなぜか分かるかね? 僕たちはリスクを恐れない。そして、容赦がないからだ」
エドガーは額の汗をぬぐった。ジェイデンを前にしていると、自分が無力に感じるのはなぜか?
エドガーは、ジェイデンもなにかしらのジョブに属しているのではないか、冒険者ならばSランクなのではないか、と何度も疑っている。
当人は、『自分は非戦闘要員さ』と言っているが。
ジェイデンの言うことなど、欠片も当てにはならない。
咳払いしてから、エドガーは言った。
「……とにかく、ジェイデン。君と、アリシア・シェパードは似ている。ゆえに、アリシアを味方に引き入れるのは無理だろう、ということなのだね」
「まぁ、そういうことだ。だが、錬成スキルは必要だ。国を奪い取るためには、いまの無能な王から、玉座を正当な持ち主の手に移すためには」
「正当な持ち主。つまり、あなただ、ジェイデン」
「まさしく」
「……確かに。今日の一件で、王国騎士団のうちの3つの旅団に怪しい動きがあったということで、クーデターもやりづらくなった。貨幣供給量を増やして、経済を混乱させる策も使えなくなった。だから錬成スキルが欲しいのは、事実だろう。
しかし、ジェイデン。アリシア・シェパードを味方にできず、また奴隷にもできなかった以上、打つ手はないのではないか?」
「いや。そんなことはないさ。この僕が、錬成スキルを使えるようになればいい」
エドガーは首をひねった。話が飛躍しているのか、理解できない。
「ジェイデン。あなたは王族であり、かつ錬成スキルの血脈でもあったのか?」
「そんな都合のよい話があるものか。錬成スキルの血脈は、アリシア・シェパードのみだ」
「では?」
「実は、君に話していないことがある。僕は、あるジョブに属している」
「……やはり。それで一体、なんなのだ?」
ジェイデンはもったいつけるように言う。
「〈マッドサイエンティスト〉だよ、エドガー」
エドガーにとって、まったく聞いたことのないジョブだった。
「〈マッドサイエンティスト〉??? いったいそのジョブで、どうしようというんだ?」
「簡単にいえば、次のようにする。アリシア・シェパードを解体し、その脊髄の一部を、僕に移植するのだ。それによって、僕は錬成スキルを使えるようになる」
「……………」
エドガーは、顔には出さずに、内心で思った。
(……異常者ではない、だと? アリシア・シェパードはともかく、このジェイデンという男は──まぎれもなく異常者だ)
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