1,連帯保証人。
アリシア・シェパードは、とくに特徴のない町娘だった。
これは狙ってそうなったわけではなく、自然とそうなった。
両親は早くに亡くし、お針子として働いてきた。毎日が淡々と過ぎるので、感情をあらわす機会もなくなり、そのうちすっかり鈍麻していたわけだ。
ところがある日、思いがけない『個性』を付与されることになる。
王国の〈銀行〉より男が来て、アリシアに多額の借金の支払い義務があることを話したのだ。突きつけた、といったほうが正解だが。
アリシアとしては、まったく身に覚えのない話だ。自分で借金などした覚えはないので。とすると他人の借金を押し付けられたのだろうが、これもまた記憶がない。
「借金ですか。驚きました」
とくに驚いた様子もなくそう答えるので、〈銀行〉の男のほうが驚く始末。
ところでこの〈銀行〉とは、貨幣供給を行う王国銀行とは異なり、民間銀行のことだ。
「どうやら状況が呑み込めていないようだな」
と、その〈銀行〉の男は荒っぽく言った。
荒っぽい仕事を生業としているのだろう。債務者の取り立てとかを。今回はまだ取り立ての段階ではないが。
「あんたの債務額を聞いて驚くなよ」
アリシアは一考する。
(驚くなよ、ということは、驚いて欲しいのでしょうか? では驚きましょうか)
「あら、まぁ」
あまりに棒読みだったせいか、〈銀行〉の取り立て人が怒鳴る。
「てめぇ、ふざけんてのか!!」
「いえ、ふざけるのは苦手なので、ふざけてはいません。債務書類はこちらですか? なるほど。私が背負うことになった借金の額がこれと」
3億ドラクマ。
王都での一年間の平均給与が、男で550万、女で260万。ちなみにアリシアの年収は、平均より少し低く約230万。
「どうだ、てめぇの人生がもう詰んじまったのが、これで理解できたかよ?」
「なるほど。確かに、ただのお針子では、一生かかっても返せない額。他国ではあると噂にきいた『自己破産』なる制度も、この王国にはありませんし。まっているのは奴隷の身分に堕ちる末路、といったところでしょうか」
あまりにアリシアが淡々と話すので、取り立て人もガッカリしたらしい。
アリシアは債務書類を綺麗に四つ折りにしながら、
「不可解なのは、借金の額は利息などで増えたはずなのに、3億と切りがよいという点。そもそも、もとはいくら借りたのですか、マリアさんは?」
「あんた、誰の借金を背負わされたのか、知っていたのか?」
「知っていたというか、いま推測しました。
マリアさんでしょう? 3年前、連帯保証人になるよう頼まれました」
厳密には、『賃貸物件を借りるので保証人になってくれるかな、アリシア?』という頼まれかただったが。
そしてアリシアが署名した書類の文面を、マリアは不自然に両手で隠していた。
そのときからおかしいとは思っていたが、これで納得した。
あれは賃貸物件の保証人ではなく、実際は借金の連帯保証人だったわけだ。その署名だったと。
賃貸物件の保証人程度ならば、最悪でも滞納した家賃の肩代わり程度だが、借金の連帯保証人となれば話は別。
「マリアというのは、友達だったのか?」
「友達? そうですね。友達といえたのでしょう。ともに同じ孤児院で育ち、ともに勉学に励んできたのですし」
ちなみに連帯保証人に署名した3年前から、いっさい音沙汰がなくなっていたが。
すると取立人は、なぜか嬉しそうに笑いだした。
「友達に裏切られたってわけだな? この機会だから教えてやるが、そのマリアって女は、どこかに高飛びしやがったのさ。あんたに借金を押し付けてな」
「お気の毒に」
アリシアは小さく十字を切った。
アリシア自身は無宗教だったが、これは自立できるまで教会の孤児院で育てられた癖のようなもの。
愕然とした様子で取り立て人は言う。
「何が気の毒だってんだ? あんた自身のことか?」
「いえ、マリアさんです。事情はどうあれ、故郷にはもう戻ってはこられないのですからね」
取立人が癇癪を起す。
「おいっ! ダチに裏切られて、人生終了の借金を背負わされたんだぞ! もっと怒ったりしたらどうなんだ!」
アリシアは溜息をついた。
「土砂降りだからと怒っても意味がないでしょう。天気も人生も似たようなものです。では、これで要件はお終いですか?」
取立人は毒気が抜かれた様子で言った。
「ああ。だが、その余裕もいつまで続くかね」
気をとりなおした取立人はニヤニヤ笑いながら、
「借金を返済できないようじゃ、〈銀行〉は債権を奴隷商に売るだろうな。その瞬間、あんたの身分は奴隷だ」
「町娘から奴隷に転職ですか。それは困るのでしょうね、私は──おそらくは」
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