戦前2 帰還
1941年7月29日 2000 呉発下関行き夜行列車車内
「教官。この機会を与えてくださって本当にありがとうございます。まさか未来の戦闘機を見れるなんて。」
そう嬉しそうに話すのは、菅野候補生である。
俺たちを始めとした、海軍関係者およそ50名は佐世保に向かっていた。
理由は、菅野候補生が言った通り、俺の搭乗機の見学である。
数日前、機体の引き上げに成功したと学長から伝えられ、いい機会だから希望するものを募り、見学に向かっているわけである。
しかし、この世界に来ておおよそ6か月。
この間、俺は教官たちと混じって候補生をしごき倒していた。
時として候補生たちの室内に台風を巻き起こし、上級生の過度な扱きを戒めるなど。他にもいろいろあったが、そのすべてを書く必要はなかった。
今回の見学には、菅野候補生は学長に土下座をして頼み込んだほどであった。
「学長も、見学なさるのですか。」
菅野候補生がそう言ってみたのは、草鹿学長である。
「ああ、未来の戦闘機を見れるまたとない機会だからな。」
そう言った後、学長と菅野候補生はいろいろな質問を投げかけてきた。
機体の性能、特に速度や機動性、武装などを事細かく聞いてきた。
俺はそれにすらすらと答えていく。最高速度は時速2000km以上で、機動性は極めて良好。武装は固定式の物で25mm機関砲を1門、毎分5000発の性能を有する。
また、選択式の武装は誘導弾を短距離4発、中距離4発。ないし、中距離弾を2発に、滑空誘導爆弾を2発搭載可能であることも話した。
そして、学長が痛いところを質問してきた。
「ところで、君の乗っていた機体はどこで作られたのかい。」
正直に言うと、余り答えたくはなかったが、やむなしと判断して答える。
「…答えにくいですが、米国製ですね。日本は敗戦以降、航空機の研究開発を禁止されてしまいましたから。戦闘機を始めとした航空機などの産業は、未来では戦勝国の特権ですよ。」
そう言うと、学長と菅野候補生は顔を曇らせた。
「そうか、やはり戦争になってしまうのか。そして、我が国は敗北する。」
「理解はしていましたが、やはりつらいです。」
しばしの無言の後、学長は震える声で訪ねてきた。
「やはり、米英との開戦か。戦局の変遷を聞いてもいいか。」
俺は前置きをしたうえで話した。
日本海軍の真珠湾攻撃により、米国との開戦。同時に、マレー半島へは陸軍が上陸。
しかし、米国側は日本の攻撃を奇襲として公表。これは、日本本国と米国との間での時間差が原因となって引き起こされた事態だった。
マレー沖海戦で、日本軍は英海軍の戦艦、巡洋戦艦を撃沈。
しかし、ミッドウェー海戦で空母4隻を失う。
ここから、日本の戦局はじりじりと悪化していく。
1943年ごろから、後方の補給路に損害が多くなり、兵站が弱体化。
そこを苛烈に攻めた米英連合国により、戦線は一気に後退していく。
そして、1944年レイテ沖海戦。
一大決戦に挑んだ日本海軍は、惨敗した。
小沢艦隊と呼称された空母部隊は壊滅。西村中将らが率いた第一遊撃部隊第三部隊も壊滅。そして、栗田健男中将直属の部隊も、シブヤン海やそれに至るまでに巡洋艦2、戦艦1を失った。また、撤退中にも戦艦1隻が撃沈されている。これにより組織的に動くことが不可能となった。
そして、1945年。
4月初めに大和を始めとした9隻の艦隊が沖縄に向かったが、駆逐艦4隻以外が撃沈される。5月には呉や舞鶴などが大規模な空襲を受け、残存艦艇も大損害を受ける。
8月、新型爆弾が長崎、広島に投下される。
その月の15日。日本は無条件降伏を受け入れた。
だが、ソ連が北方から南下してきていたため、旧満州国や占守島で、地獄の防衛戦が繰り広げられた。1か月近くも、その戦闘は継続されたのだ。
戦後にも数多の問題が起こった。中国残留孤児、シベリア抑留。
そして、未だ祖国に帰還せぬ国土。更に、未だ帰還できない幾多の骸。
戦後、彼らの存在は忘れ去られてしまった。
なぜか?その方が都合がいいのだ。日本軍とは極悪非道であると、そしてそれを生み出した戦争とはしてはならない禁忌なのだと。そこに人道に厚く、また祖国のために散って逝った軍人たちの姿などいらなかった。
勝てば官軍負ければ賊軍というが、まさにその通りの結果となった。
「そのような事がまかり通るとは。」
「だが、我々は大陸から徐々に手を引きつつある。そのような事態にはならないかと。」
学長は絶句し、菅野候補生は考え込んで、学長を落ち着かせるためにそう言った。その後もいくつかの話題を
そして夜明け後、ついに佐世保軍港に到着した我々は格納庫に連れていかれる。そこに引き上げた機体が安置されているらしい。
その大扉が開かれ、中の物が見えると、候補生たちはおぉ、と声を上げた。
機体左主翼と尾翼は完全に損失していたが、その大きさやプロペラが付いていないことが驚きだったらしい。そして何より、機体上部に追加設置された大口径砲が何よりも驚きだったらしい。
「教官、これが!」
「ああ、俺が乗っていた機体だな。操縦席から解説するぞ。」
そう言って、操縦席に向かって歩いていく。
そして淵のあたりに足をかけて座席に座る。
「まず、これが操縦席からの眺めだ。長時間海水に浸かっていたから、計器類は使えないがな。」そう言って、俺はまず菅野候補生に座ってもらうことにした。
「割と狭いですね。操縦桿はどこにあります。」
菅野候補生が第一声に放った言葉には、驚きの色が有った。
俺は候補生の右手を指して言った。
「操縦桿は、君の右手にある短めの棒だよ。」
確かに、驚かれるのも無理はない。サイドスッティック方式の操縦桿は大きさ
30センチ程度なのだから。だがこれでも機敏に動き、特に急旋回などの激しい軌道を行う近接戦では大きなメリットとなる。
「このガラス板は何の目的ですか。」
「ああ、それが計器類になる。」
スロットルレバー部分のスイッチ類が気になるのか、菅野候補生はいろいろ聞いてきた。
「このあたりのスイッチは、欺瞞弾を発射するところだな。敵の誘導弾対策に装備している。」
連れてきた候補生全員を操縦席に座らせていく。
やはり一番驚いていたのはその機体規模だろう。
その全長はおよそ25m。1式陸上攻撃機よりも長い。
ただし、横幅は13m程度なので、零式艦上戦闘機と同程度である。
しかも3枚の動翼により機体を制御しているのだ。
そして、機体後部のエンジンを見せる。
「これが、機体の心臓部ともいえるエンジンだ。」
そう言って、エンジンの排気孔を覗く。中にあるのは、黒々とした闇だった。
だが、中に電球を入れて照らしてみると、生物の内臓の様に配置されたタービンブレードが見えた。
「この内部を見てほしい。」
そう言って排気口を指さすと、菅野候補生がいの一番にその身を滑り込ませた。
「随分狭いですな。」
「まあ発動機の中だからな。零戦が搭載している栄で例えるなら、気筒部分に相当するよ。」
菅野候補生が慌ててその身を俺の目の前に翻した。
「教官、なんてところに入り込ませたんですか。」
そう言って胸倉を掴んでゆすってくる菅野。
俺が暫くそれを抵抗せずに受け入れていると、周りの候補生たちが菅野を抑え始めた。
「ばか、離しやがれッ。」
「おい菅野、流石にそれはいかんッ。」
「教官、悪気はなかったんですよねッ。」
口々にそう言ってくる候補生たち。
俺は悪気はないと言って菅野を抑えるのをやめるように言った。
「で、この発動機はいったいどういう仕組みですか。」
少し落ち着いた後、菅野候補生がそう聞いてきた。
「この発動機か。そうだな、吸入、圧縮、燃焼、排気。これをすべて同一箇所で行っている。この為、燃焼部分は常に高温になっているんだ。それを冷却する為、常に大量の空気を吸入しなければならない。つまり、排気には大量の酸素が含まれている。これを有効に活用するために設置された機器がある。」
そう言った俺は、他の候補生と一緒にエンジン排気口にその身を滑り込ませた。
「ここに、何か噴射するための物があるだろ。ここから燃料を噴射する。
排気は超高温になるからな、一瞬にして点火するよ。」
俺は再び候補生たちの前に立ち、その装置を説明した。
「とりあえず、口頭で説明する。発動機後部に設置された燃料噴射装置、これは再燃焼装置で、推力は一時的とはいえ2倍以上になる。離陸時などに使用するが、それ以外ではめったに使わない。燃料の消費量が増えるからな。」
そう言いながら、俺は機体の左側に回り込んだ。
「さて、ここが機体の左側だ。この機体の損傷は特にこちら側に集中している。」
そう言いながら断面に触れる。しかし、その断面はまるで切れ味の良い刃物で切られたバターのように滑らかだった。
「教官、主翼の構造材はジュラルミンではありませんね。」
その声がかかったのは、主翼の形状について説明していた時の事だった。
「なぜそう言い切れるのかい。」
俺はそう言った候補生に聞いた。
「まず、断面を見て、僅かでも金属光沢らしきものが見えなかったことです。
また、機体の翼桁と外板が一体の様に見えたからです。」
なる程と俺は思い、にこりと笑って言う。
「正解だ。君が言った通り、この機体の主翼、及び胴体の一部は特殊な樹脂でできている。しかも、強度はジュラルミンの数十倍だからな。」
そう言いながら操縦席に再び上る。そして、機体の整備状況を見るために、鞄の中に入っていた電子機器を接続した。
機体側のデータが、電子機器のモニターに浮かび上がってくる。
機体のうち非常区画に浸水は存在しないものの、各所は水没しており、飛行は不可能。さらに、海水中に含まれていた塩分が、機体のケーブル類を損傷させているらしい。
そして、その電子機器のスクリーンに浮かんだ文字に、俺は呆気にとられてしまった。
「嘘だろ。」
その声が意外と大きかったらしく、候補生たちがわらわらと集まってきた。
「教官、何か問題でも。」
「いや、この機体。自己修復プログラムとやらが発動しているらしくてな。」
俺がそう言うと、その覗き込んできた候補生は訝しみながら聞いてきた。
「その自己修復何たらとは、一体どの様なものなので。」
「機体が、勝手に損失部位を回復させて、新品同然にする。」
「はい?」
「とりあえず、機体から離れるぞ。」
俺は大声を出して機体から離れるように指示。
全員が格納庫から出た時、爆発と誤認するほどの閃光が、そこから噴き出した。光が収まった後、今度は地面がカタカタと揺れ始める。
「今度は地震かッ。」
「総員身を伏せろッ。」
揺れが収まるまでの2分間、俺たちは地面に這いつくばることしかできなかった。
揺れが収まった後、俺は一度周りを見回した。格納庫は十分に耐えたようで、崩壊した様には見えない。周りを見ると、不自然なほどに倒壊した家屋が少ないように見えた。
「全員集合ッ。」
学長からの一声で、わらわらと集まる候補生たち。
俺はその後ろについて学長の話を聞いた。
「とりあえず、全員は無事だな。君たち候補生一同は先に江田島に戻れ。」
そう言わると、全員が承知しましたと言って駅の方に駆け出していく。
俺はというと、手に持った端末の画面を再び確認していた。
文字列によると、機体の修繕は完了しているらしい。
「学長、自分は格納庫内の機体を見ます。」
俺はそう言った後格納庫へと足を向け、その中を確認する。
格納庫内には飛行可能なYF23が1機存在していた。機体左側の損傷は完全に回復しており、丁寧にもタラップが操縦席の窓枠に架けられている。
しかし、機体背面に取り付けられていた特殊兵装である大口径レールガンは無くなっていた。格納庫の内部には俺以外に人がいないことを確認すると、操縦席に座り、機体に装備されている無線機を起動させた。
じー、というノイズしか聞こえなかった。
だがそれでもおかしな点があった。
データリンクがオンラインになっている。
つまり、この世界に俺の知る存在、友軍が来た可能性が高い。
「はあ、まったく面倒くさい。」
とりあえず外にいる学長に話そうと、機体から降りて格納庫の外にいる学長の下に向かった。
だが、見えた光景は異様なものだった。
「学長!」
道行く人すべてが、気を失ったかのように地面に倒れ伏していた。
俺以外の全員がその状態である。
俺は学長の肩を叩いて、声を荒げながら呼びかけた。
「学長、シッカリしてください。何が有ったんですか!」
しかし、うめき声を上げるだけで、目を覚まそうとしなかった。
他に倒れている菅野候補生らにも同じようなことをしたが、総じてうめき声を上げるだけだった。
「おい鷹、無事か!」
俺がこの異常事態に驚いていると、後ろから聞きなれた声がした。
「親父か!見ての通りだ。」
父であるその人物は、俺の周りを見てうなづいた。
「それは分かっている。恐らくこれは、この国土が異世界に転移した副作用の様なものだ。」
俺は親父の発言を聞いて、首を傾げた。なぜそのような事が言えるのだろうかと。
「実際にその事例があるんだ。お前は知らないだろうが、異世界に転移した生命体は、総じて数日間は昏睡状態に陥る。この間に、異世界における魔力に適応するんだ。」
俺はその説明を聞いたが、疑問に思った事が有った。
「なあ、それであれば質問なのだが。」
親父はうん?と言って先を促した。
「なら俺は何故、異世界に転移した直後に昏睡状態にならなかったんだ。」
親父は少し考えこむと、言葉を選びながら話し始めた。
「お前が地球からどのように異世界に転移したのかはわからないが、ある仮説が唱えられていてな。地球にも魔力は存在しており、その濃度が濃い場所に長い期間とどまっていると、その昏睡状態に陥る時間が短くなるという研究結果が有った。」
「それで、他には。」
「あとは、妖怪の遺伝子が入っている人間も同じく、その傾向が強い。
そのぐらいか。」
俺はそれらの話を複合的に考えることにした。
まず、魔力が濃い場所とはいったいどこか。素人考えではあるが、霊場か修験場として有名な場所がそれに当てはまるだろう。
あとは、山深いところは人の領域ではないと聞いた事が有る。
俺が地球にいたころ、和歌山の南端部付近で生活していた。
時折ではあるが、出歩いたときに周りの空気が変わったこともあった。
それであれば、あの時は気絶しなかったのだろう。
「…親父の説明は分かったが、本当にこの国は異世界に転移したのか。」
そう言うと、親父は宙に視線をさまよわせて返した。
「間違いない。報告は上がっている。それからだが、俺たちが元居た日本国もこの世界に存在しているらしい。」
俺はその発言を聞いて、もう暫くすれば回収部隊が駆けつけるとぼんやりと考えた。
しかしその前に、倒れた学長らを屋内へと運ぶ必要が有った。
親父と共に佐世保鎮守府の宿舎内にどんどんと運び入れる。
全員を運び終えると同時に、遠方からヘリコのローター音が聞こえてきた。
バタバタという騒々しい音がこちらに近付いてくる。
「じゃあ親父。また会おう。学長にはこう伝えてほしい、本部から強制帰還させられたと。」
「ああ、わかった。元気でな。」
ヘリコのローター音が、俺の背後で低くなった。
「八重島大尉、お迎えに上がりました。」
後ろから声をかけてきたのは、少し年上の兵士だった。
手に持っているのはAR15を改造した小銃であり、防弾ベストやヘルメット等を装備している。
「ご苦労。」
俺はそう言った後、格納庫内にYF23が存在することを伝えた。
「回収機を待ちますか。」
着陸したヘリコは4機、しかしどれもがUH60だったため、あの機体を運ぶのは不可能だった。
「回収機は待たん。機体の燃料を見た所、軽く30分は飛べる。離陸した後、空中給油を受けて本部に帰還する。」
「大尉、流石にそれは。」
「いけるさ。この機体には兵装が搭載されていない。更に燃料もわずかだ。」
そう言って、俺は格納庫の扉を開けるために歩いた。
「…、わかりました。たった今ですが、本部の方からも、機材トラブルの為自力で飛んで帰ってきてほしいとのことです。」
陸軍兵士はそう言いながら俺の隣を歩いている。
格納庫についたとき、俺を含めた4人で、格納庫の扉を開いた。
その扉を全開にした後、数名がかりで機体を外に出す。
〈離陸するから、機首の延長線上には立たないでくれよ。当然立ち入りも禁止だ。ヘリコの無線から、指示を出してほしい。〉
俺は格納庫内で操縦服に着替えると、コックピットに乗り込んだ。
APUを始動させ、メインエンジンを始動させる。
〈こちらフェニックス1。これより離陸する。〉
[こちらムシヒキ2、離陸を許可する。]
ヘリコからの指示を受けて一気にエンジン出力を上げる。
離陸に使用できる距離は僅か500m。
エンジン出力を最大にしたが、ギア部分のブレーキはロック状態を保つ。
数秒ほどそうした後、ギアのブレーキを解除する。
機体はみるみる加速したが、500mという距離は短かったようだ。
(頼む、上がってくれ…!)
操縦桿を引き寄せたが、ギアは地面から離れない。
[おいおいおい。]
[隊長!脱出してください!]
無線の奥から聞こえた声は、絶望の色に染まっていた。
しかし、幸運はあったらしい。
対気速度計の針が時速300キロから450キロに跳ね上がったのだ。
(マイクロバースト!)
ここでマイクロバーストについて説明すると、地表付近で稀に起きる強烈な下降気流のことだ。これが地面にぶつかると、高速の気流となる。
俺はそれにつかまったのだ。
一気に機首が上がるが、焦らずにギアを仕舞う。
機首をやや下げ、左に旋回してマイクロバーストから離れる。
20秒間エンジン出力を全開にして、マイクロバーストから離れる。
〈こちらフェニックス1。離陸に成功した。〉
無線機の奥からは、安どのため息が幾重にも重なって聞こえた。
北に向かって飛行を続けていると、眼下に艦隊が見えた。
[こちら”しらね”、友軍機を視認した。]
[”わかば”も同じく視認した。まったく、あいつは規格外の人間だよ。]
4隻の艦の内、1隻は大型の航空母艦のようだった。
船体に書かれた番号は、89。掲揚されているのは、アメリカの国旗だった。どうやら米海軍の最新鋭原子力空母らしい。
確かその艦名は、”シャングリラ”だったはずだ。全長350m程度のその巨体には、原子の心臓がある。それで艦内の全電力を賄っているのだから驚きだった。
[こちら”シャングリラ”、上空の友軍機へ。本艦に着艦せよ。]
無線越しに聞こえた声の主は、その空母から発せられたものらしい。
〈こちら、コールサインはフェニックス1だ。誘導に従う。〉
やり直しがきくだけの燃料は残っていない。
艦橋側の斜め後方より接近する。ギアを下ろし、滑らかに飛行甲板に足を付けた。機体は飛行甲板の中ほどで停止し、エンジンが切れた。
燃料計の針はゼロを指している。
コックピットを開放すると、タラップが横付けされた。
俺はそれにつかまって飛行甲板に降りる。
艦橋の方に向くと、この間の艦長らしき人物が、俺の目をまっすぐに見ていた。肌の色は黒人系だが、顔立ちはどことなく日本人を感じる。
俺は素早く敬礼すると、相手も同じく敬礼をした。
〈私は八重島鷹、階級は大尉です。しばらくお世話になります。〉
そう言った後に頭を下げると、艦長らしき人物は頭を上げるよう俺に言った。
そして、彼は俺に対して自己紹介をした。
「では、私からも自己紹介を。私はこの間の艦長を務めている、ヨウスケ・F・エドワードだ。階級は海軍大佐だ。こちらこそ、英雄である君の座乗艦を拝命出来て光栄だよ。」
彼は右手を差し出してきたので、俺も右手を出して握手をした。
その後、俺は艦内で他の乗組員や航空機搭乗員らと交流を深めた。
搭乗員らとの会話の中で、一番驚かれたことは、やはり時空を超えて現れたパイロットたちの件だった。
[なあ八重島大尉、君が異世界に転移した後、見たものは何だい。]
そう問いかけてきたのは、搭乗員の中でも年長であるシュワルツ中佐だった。
彼は年長者としても、部隊隊長としてもすぐれており、部下の相談に真摯に向き合う人物だった。また、勉強することを楽しい事だと考えている為、知らない事が有ると、それをわかるまで勉強していることもある。
俺はその質問に、ふと考えた。
(異世界に転移以来、様々な出来事を経験した。だがそのすべてが驚きに足るものだ。)
俺は少し考えてから話し始めた。
〈驚きだったことか。まず異世界に転移する前、謎の白い空間にいた事か。〉
[それでそれで。その次に何が起こったんだい。]
彼は目を輝かせて、更に身を乗り出して聞いてきた。
〈それからあとは、いつの間にか戦闘機のコックピットにいて、洋上を飛行していたんだ。〉
そして、日本海軍の航空母艦である空母飛龍や、戦艦霧島との邂逅。
本部に召喚され、数か月ほど飛行隊の列機として活動し、新しい飛行部隊隊長に就任。そして死んだはずの恋人と再会。
異世界に転移後、10か月ほどしたところで北から魔物が押し寄せて、それを押しとどめるための作戦に参加した。
魔物の発生源をつぶすための極秘作戦にも参加したが、その際に敵の自爆攻撃に巻き込まれ、負傷。
気が付けば1942年の佐世保鎮守府上空に転移。機体を湾内に沈めた後、海軍の関係者に救出された。江田島にて海軍兵学校の外部講師を務め、先ほどまで佐世保にて引き上げられた機体の説明をしていたことも話した。
〈…とこれが私が異世界や焼きほどまでいた場所での出来事ですね。〉
[そうか、お前はすごいやつなんだな。なあ、時間が有れば俺と模擬空戦をしないか。]
〈さすがにそれは無理だと思います。機体の予備部品がないわけですから。〉
他愛ない会話をして過ごしていると、他の搭乗員や乗組員もわらわらと寄ってきた。
質問の内容は、やれアドミラルヤマグチを見たのかという質問や、他の海軍艦艇についてはどうだったのか、日本人以外の人種もいるのかなど。
俺はそのすべてに応えた。山口多聞については実際に会った事が有り、他にも岩本徹三や菅野直にも会った事。他の海軍艦艇については、工作艦明石の存在が確認できたこと。日本人以外の人種については、少数ではあるが居ることも。
そのようにして数日を過ごすと、ついに本部が存在する島のふ頭につく。
俺は”シャングリラ”から降りると、まっすぐに本部総帥執務室に向かった。
「失礼します。八重島鷹大尉です。」
「入れ。」
「失礼します。」
俺は総帥執務室に入った後、敬礼をした。
「八重島鷹、本日現時刻をもって帰還いたしました。」
そう言うと、デスク越しに総帥が敬礼して、こういった。
「ご苦労だった。明日、我々の活動指針に関する重要な発表がある。君は原隊に復帰し、フェニックス隊の指揮権を紀乃豊作大尉から引き継げ。」
「承知しました。」
重要な発表とは何だろうか。詮索は得策ではないと考え、直にフェニックス隊の待機室に向かう。
数分ほど歩くと、その目的地が見えてきた。扉の前にいた人物に声をかける。
「ヴェールヌイ、ご苦労だった。」
俺がそう言って肩に手を置くと、その人物は驚いて体をはねさせた。
そして俺の顔を見ていった。「隊長!ご無事でしたか。」
その声は室内にも聞こえていたようで、部屋の扉が勢い良く開けられると、姿を現したのはほかの2名だった。
「サガミ、お前心配かけさせやがって。」
「無事で、よかったです。」
アサギリは呆れながら言って、ミライはその目を潤ませながら言った。
とりあえず待機室内に入り、総帥からの命令を伝えた。
「判った、じゃあ指揮権を八重島鷹大尉に返す。しっかりやってくれよ。」
「ああ、わかってる。」
そして、明日の1500に大講堂集合との辞令を確認すると、夕食をとる為食堂に向かった。
食堂に向かう途中、俺は人の数が少ないことに気が付いた。
「なあ、前見た時はもっと人がいなかったか。」
俺は気になって、ヴェールヌイに聞いた。
「ああ、それについてだがな。」
「戦死したよ。私の兄も、未だに意識が戻っていない。」
ミライがそう言った。
「…、詳しい事は、明日聞くことにする。」
俺はそう言うしかなかった。
♢
翌日、0930。
朝食を済ませた後、待機室内で俺がいない間のことを聞き出した。
ヴェールヌイが話した内容によると、以下のとおりである。
俺がいなくなって数日後、今度は南方から魔物の大群が押し寄せてきた。
しかも、敵は地球の20世紀の兵器をコピーして使ってきたらしい。
このため、敵の侵攻部隊を退けたものの、味方の損耗率は50パーセントを超えていたという。
戦死した中には、合流した友軍戦力も含まれており、その友軍部隊の内、生き残っているのは、戦闘機隊のパイロットは僅か2名のみだったという。
山口司令官も戦死され、友軍の洋上部隊も壊滅。
生き残っているのは、”わかば”のみという状態だった。
地上部隊の損害も大きく、戦死者数が6割を超えた部隊もあるという。
「そして何より、あいつらは戦死した仲間たちを操って攻撃を行ってきた。」
ヴェールヌイの発言を聞いて、俺はぎりぎりと拳を握り締めた。
生き残った隊員たちもPTSDを発症している為、もはや戦力として数えられない。そして、敵の大規模侵攻部隊の第2波が接近している中で、島ごとかれらは異世界に転移したという。
「ありがとう。状況はよく分かった。健在な部隊は。」
「僅か6個大隊のみです。」
「そうか。」
昼食をとったのち、大講堂に移動した。
やはり空席の目立つ講堂内に、総帥が現れる。
壇上に登ったのち、彼は開口一番にこう言った。
「明日1200をもって、我々ソオコル・ラリエリは解体することが決まった。翌々日の1200をもって、日本国に帰還するべく貨客船を出す。」
講堂内はしんと静まり返っている。
「この決定を下した理由は、我々がこれ以上の戦闘を行った場合、全滅するためである。また、日本国がこの世界に転移していることが確定的である以上、我々は帰還すべきである。
また我々の目的は、日本国が異世界に転移した際、その異世界の既存の国家間の交戦を起こさないようにするための交流であり、その目的は十分に達成された。この為、我々がこれ以上の活動を行う事は、日本国と他国の間に確執を生むものであり、また私が諸君らの生命を保証するための決定であることを受け入れてほしい。」
講堂内は、未だに静まり返ったままだった。
「これは決定事項である。以上だ。」
総帥が立ち去った後、俺たちは荷物を纏めていた。
「私たち、これからどうなるんでしょうか。」
そう不安げに言っているのは、ミライだった。
「なあミライ。そんな不安になるな。日本に帰れば、必ず何とかなるさ。」
俺はそう言ったが、ミライはやはりあの人のことが気がかりらしい。
「でも、兄さんを置いていくわけには。」
そう、ミライの兄は依然として意識が戻らない状態らしい。
昨晩病室を訪ねたが、死んだように眠っている姿を見せただけだった。
荷物をまとめた後、俺たちは再びふ頭に向かった。
♢
ふ頭には大型の貨客船が横付けされている。
そこに続々と乗り込んでいく兵士たち。護衛戦力はたったの4隻のみだった。
俺は貨客船に乗り込むと、デッキ上に出た。
全長300メートル近いこの船には、未だに多くの人が乗り込もうとしていた。
沖合で待機している護衛艦は、”わかば””シャングリラ””しらね””あさひ”の4隻のみである。
数分後、貨客船の汽笛が鳴らされた。ゆっくりと護岸を離れる。
そして、沖合に完全に出た時。轟音が島から響いてきた。
見ると、島の一角から、もうもうと煙が上がっている。
「終わったのか。」
俺はぼそりとつぶやいた。
ほかにもデッキに出ていた人員は、皆赤々と燃え始めた島の一角に視線を注いでいた。先ほどの轟音を聞いて、多くの人員が舷の窓から身を乗り出して島の方を見ていた。
「八重島。」
「貴方は。」
後ろから声をかけてきたのは、松葉杖をついて歩く有馬大尉だった。
よく見ると、左の足首がなかった。
「生きておられたのですか。よかった。」
俺がそう言うと、彼は声を荒げた。
「よくないに決まっているじゃないか!」
俺ははっとした。そうだ、この人は生き残りなのだ。
「すいません。失礼なことを言って。」「…、いや、こちらこそすまなかった。」
しばし、無言で島の方を見る。「なあ、八重島。」有馬大尉が口を開いたのは、その数分後のことだった。階級を付けないのは、やはり組織が解体されたからだろう。「お前は、この後どうするつもりだ。」「日本に帰った後、ですよね。」「ああ。」
俺は少し考える。この年齢だから、高等学校に再入学しようか、その後に大学に通おうか。固まったところで、口を開く。
「日本に帰ったら、高校に再入学しようと考えています。あなたは。」俺がそう言うと、有馬はあらかじめ用意したらしい答えを言った。「企業に就職して、戦友たちの慰霊碑を作る。遺骨の回収もしなければ。」「手伝いますよ。俺も、組織の一員でしたから。」そう言うと、有馬はふっと微笑んだ。
それから、俺は有馬と話をしながら部屋に戻った。
この貨客船の客室は少し狭く、必要最低限の生活用品しかない。しかもそれで2人部屋に押し込められているのだから、ストレスもたまりやすい。
そして、俺と同室の人間が、ミライこと白波瀬文だった。
扉を開けると、ベッドに腰かけていた白波瀬がこちらに歩いてきた。
「おかえりなさい。もう少しで食堂に向かいましょう。」「判った。」
俺はそう言って、簡単に身支度を済ませる。
出港から2時間。船に揺られての夕食をとる。
一緒に食事をとったのは、元フェニックス隊のメンバーと、有馬直だった。
食事を終えた後、それぞれの船室に向かった。
♢
だが俺はなかなか寝付けずにいた。
1時間ほどベッドの上で目を瞑っていたが、寝られない。
少し夜風に当たろうかと思い、一人デッキに向かう。
展望デッキに出ると、俺と同じように寝付けなかった人達が、それぞれ思い思いに過ごしていた。
1人孤独に泣いている者もいれば、肩を寄せ合う男女もいる。
手すりに寄り掛かって煙草を吹かす人もいた。
そして、有馬もまた眠れない人のようだった。
「有馬。」「八重島君か。」
俺が後ろから声をかけると、有馬はゆっくりとこちらに向き直った。
左手に持っているのは、紙巻きたばこの箱だった。
銘柄から推測できることは、どうやら南米からの輸入品らしい。
「いるか。」
一本だけ差し出してきたが、俺は断った。酒とたばこは20になってからである。
「なあ八重島。」「なんだ。有馬。」
有馬がたばこを一本吸い終えた時、俺に声をかけた。
「お前は、自分だけが生き残った経験はあるか。」
その質問の意図を、俺は測り兼ねた。「すいません。そのような経験は。」
俺がそう言うと、有馬は新しくたばこを出した。
そして、マッチを擦って火をつけた。シュッという子気味いい音が、俺の隣で鳴った。
次に匂いが漂ってくる。甘いような、苦いような、たばこ特有の香りだった。
「俺は、あの日。戦友を皆失ったんだ。」
彼の苦い記憶。俺が戦闘中行方不明になった数日後、南からの魔物の侵攻の時のことを、彼は話した。
♢
彼等は4名のみで、山岳地域に潜伏して、偵察を行っていた。
「しかし、まさか南方にも戦力を隠していたとは思いませんでした。」
「そう言うな。ところで、隊長。交代要員が来るのはいつごろになりそうですか。」
「もうすぐだな。あと30分で来る。」
「了解です。」
実際に30分後、回収のヘリが来たのだが、問題は離陸した後だった。
機内に突如としてレーダー警報が鳴り響いたのである。
「ブレイク!」
一気に旋回する機体。フレアをばら撒いて回避する。飛来したミサイルは3本。そのうちの1本は、時間差で飛来した。
3本目のミサイルが至近距離で炸裂し、その破片が機内を跳ね回ったのだ。
結果として、有馬以外は戦死、有馬自身も左足の膝から下を切るしかなかったという。
♢
「なあ八重島。なんで俺だけが生き残ったんだ。なんで、俺を生かしているんだ。」俺はそれに答えられなかった。「じゃあ逆に聞くが、有馬。お前は何故生き残ったのか、考えたことはあるか。」
俺がそう言うと、有馬は少し考えたが、首を横に振った。
「俺には分からん。だが、有馬自身ならその答えを見つけられると思うぞ。」
そう言って、黒い海に視線を投げた。
その後、俺と有馬はそれぞれ自室に戻り、眠りについた。
♢
「今日で出港から1週間だぞ。船橋員は何をしている。」
そう愚痴を言っているのは、ヴェールヌイこと紀乃豊作だった。
今は朝食の時間の為、
確かに、ここ5日ほどは陸地を見ていない。何より、燃料の心配もあった。
実際、乗組員によると、燃料はあと1週間持つか怪しいところだった。
そして何より、随伴艦の燃料も問題となった。
各艦には、バルジが増設され、そこに燃料を満載している。
その影響で機動性が悪くなっており、更に巡航速度も落ちているようだ。
このため、一体いつ日本本土にたどり着けるかと心配になっている。
♢
この時俺たちが航行していたのは、日本国が転移した地点より南東に15000kmの位置にあった。丁度東京からドレーク海峡(南米大陸南端付近の、南極大陸との間にある海域)までの距離と同じである。
そして、巡航速度は20knot程度なので、ざっと17日間が必要になる計算となる。つまり、残り10700km地点で燃料が切れる計算となる。
要するに詰んだわけだ。
途中で燃料の補給ができれば話は別だが、そう都合よく燃料が補給できる場所や、燃料を満載したタンカーはいないだろう。
ここは異世界なのだから。
♢
そして、出港して21日目が来た。
俺はその時、デッキ上で白波瀬とたなびく雲を観察していた。
出港して3週間ともなると、船内の本や映画も見つくしてしまうため、こうして暇をつぶすしかなかったのだ。
母音槍と過ごしていた時、ふいに聞こえた声は不自然に響いた。
「おい、あれ船じゃないか。」「なに。」
よく見ると、進行方向上に薄い黒煙らしきものが見える。
俺はすぐにマストに上ると、双眼鏡を使ってその方向を見た。
ごく小さいが、船舶らしきものがこちらに接近しているのが分かった。
「船だ!」
俺たちの乗る船は減速していく。そして、前方の船舶の姿がはっきり見えた時、俺は自らの目を疑った。
「おい、なぜここに大和が。」
「ああ、我々の目的地は21世紀の、2036年の日本の筈だ。なぜここに、89年前に沈んだはずの戦艦大和が、なぜ我々の目的地がある方向から来たのか。」
しかも、その大和艦上で動いているのは、蜘蛛を模したロボットだった。
それらがロープやホースを投げ渡し、こちらに燃料を送っている。
俺は白波瀬や紀乃と話した。
「なあ白波瀬、お前はあのロボットと大和をどう見る。」
「判らないわ。だけど、これで日本までは持つことは確定した。」
「だが、なぜあの戦艦なのか。そして、なぜ彼らは私たちの船団の位置を正確に知っていたのか。」
疑問点は、やはりそこだった。彼らは我々の位置を特定していたのか。
俺は再びデッキに出る。そして、ふと大和の艦橋を見た。
重厚な艦橋の、遮風装置に挟まれたその窓ガラスを見る。
「ん?」
俺は双眼鏡を使って艦橋内を覗き見た。
俺の目がそれをとらえた時、思わず双眼鏡をとり落としそうになった。
「なんで、田中さんがここにいるんだ?」
俺を引き取った、田中弘治の姿が見えたのだ。
その隣では、短く刈り上げた髪型の女性もいる。
そして、田中さんと双眼鏡越しではあるが目が合った。
田中さんがとても驚いた顔をしている。それはこっちも同じだった。
刈り上げの女性に何かを伝えた後、田中さんは姿を消した。
数秒後、露天の指揮所に姿を見せた田中さんは大声を出してこちらを見ていた。
「田中さん!どうしてあなたがここに!」
「俺は、ある人物の協力でこの船を派遣した!お前たちの組織の解体は、少し待ってほしい!死者を蘇生する魔術とやらを開発した人間を、この船が載せている!その人物の協力さえあれば、君たちの組織は力を取り戻せるはずだ!」
その発言に俺は怒鳴り返した。
「それは倫理的にダメな事です!死者はそのまま眠らせておくべきだ!なのにもかかわらず、それを叩き起こす等、死者の尊厳を踏みにじる蛮行です!」
田中さんも負けじと声を張り上げる。
「そうも言っていられないんだ!貴様らがその力を持ち続けなければ、我々人類の生存は確約できない!それに、地獄に行くのは俺一人で十分だ!」
この騒ぎを聞きつけて、元総帥、有馬永作がやって来た。
「八重島、状況を。」
俺に短く告げた総帥に、手短にことを伝えた。
総帥は、短く言った。「判った、彼らの提案を吞もう。」
そう言った直後、彼は素早く大和に飛び移ったのだ。
「すまないが、後を頼む。」
しかも、給油が終わった直後だったので、そのまま大和は離れていく。
俺はそれをただ黙ってみていることしかできなかったのだった。
♢
その後、大和艦内で、2人の人物が顔を合わせていた。
「その術の発動には、数多もの魔物を屠る必要があるという事ですか。」
そう問いかけているのは、総帥である有馬永作だった。
「はい。ですが、貴方の話を聞いた限りでは、発動は問題なさそうです。」
答えている人物は、少し特徴的だった。
灰褐色の髪を短く切りそろえ、左側頭部に菫花の髪飾りを付け、黄金色の瞳を持った女性である。鈍色のローブを纏い、三角形の帽子を被っている為、魔法使いであることを強烈に主張しているようだった。
「貴方の話を聞く限り、大陸には未だ多くの魔物がいる。それらを全て葬る事ができれば、貴方の部下たち全員を生き返らせる事ができますよ。
それに、私を誰だと考えているのですか。」
そう言って、彼女は総帥に微笑みかけた。
「私はイリーナ・アーゼンバーク。元居た世界では、最強にして、最狂と言われた魔術師ですよ。」
そう言った女性、イリーナ・アーゼンバークは不敵にほほ笑んだ。
その二人に、声をかける人物が一人。
紀伊山地を思わせる髪を、短く刈り上げた女性だった。
「すいません。この先に数多くの船舶が戦没している地点があります。
そこにも、戦死者はいますか。」
その女性は総帥に問いかけたらしい。総帥は肯定した。
「はい。先月、魔物との戦闘により、この海域では多くの犠牲が出ました。
結果は相打ちです。」
「判りました。では、潜水艦部隊に無線を入れます。少しバタつきますが、我慢してください。」
総帥とイリーナは肯定すると、再び向き直って話を再開する。
「ところで、彼女は何者なのですか。」
総帥の質問に、イリーナは苦笑していった。
「私の友人の、また友人です。」
本編は次で絶対に終わらせます。