戦前
????年?月?日???? ??上空
煩い機体からの警報音により、意識が回復する。
あれほどの破片を浴びた上半身は、一切の痛みを感じない。
だが、あの爆発が本当に起こったことであることを示すように、キャノピーはバキバキに割れていた。
そして、機体の損傷はとてもひどいものだった。左主翼、尾翼損失。機首レーダー破損。油圧低下。左エンジン停止。右エンジンはまだ生きてる。
燃料タンク破損。燃料残量から算出される飛行可能時間、5分。
「まずいな。」
見渡す限り海ばかりである。確かに任務として飛行していた空域は海上だったが、それでも島があったはずだ。
(まさか、また異世界に転移したか?)
そう思い、空を見上げる。
雲一つない晴天。太陽はあの世界とも、地球とも変わらず一つ。
(水平線を観察しようか。)上がダメなら下を見るしかない。
水平線をくまなく見ると、黒い煙が進行方向から立ち上っていた。
(黒煙という事は、人間が活動している可能性が高いという事だ。何より、黒煙を出すのは石炭や石油、特に石炭を燃料として用いている…つまり、近代的な国家が存在する!)
機体のバランスを取りながらまっすぐ向かっていく。
しかし、推力が不足しているため降下しながらの接近となった。
そして、高度がmにして100を切った時。その船団と陸地が見えた。
「まさか、あれは。」
見ると、黒煙をはいている大元は軍艦だった。
艦橋を挟むように置かれた主砲。そして、半固定式の艦橋の天蓋。
艦尾に設置されたたった1門の高角砲。
その後方を航行しているのは、艦橋前方に波落としのある駆逐艦だった。
「天龍型巡洋艦だと。しかも艦橋後部のガーターは2本継ぎだから、龍田か。
後方を航行するのは、峯風型か。まさか、あの陸地は佐世保か。」
俺は機体を飛行させ続けた。そして、左側にその軍港が見えた時。
燃料が切れた。
両エンジンが停止した状態では、安全な位置に着水することも厳しいだろう。
(止む無しだ。ドッグ付近に着水しよう。)
俺は緊急用操舵装置を用い、動翼を動かした。残った動翼は左カナード翼、右動翼全般である。爪先で蹴る様にラダーペダルを動かし、サイドスティック式の操縦桿を細心の注意を払って操作した。
機体後部が海面と接触したのは、乾ドッグから僅か500m離れた海上だった。一気に減速する機体。完全に停止した時、俺はすぐに機体から離れようとシートベルトを外し、座席の下にある鞄を取り出す。
キャノピーは殆ど存在しなかった為、機体からすぐに脱出する事が出来た。
そして海に落下する。救命胴衣を身に着けていた為、溺死する事は無い。
急いでやって来たらしい内火艇が、俺のすぐ近くで停船。操舵する水兵が声を張り上げて言った。
「こちら内火艇、要救助者を確認したッ。これより救助に当たるッ。」
そう言った後、数名の水兵がロープで繋がれた浮き輪をこちらに渡してきた。
俺はそれにつかまると、ロープが手繰り寄せられ、俺は内火艇の上に引き上げられた。
背後から焦げ臭いにおいが漂ってきた。
「燃え始めたな。」俺がぼそりと言うと、周りの水兵たちは血相を変えて詰め寄ってきた。特に一人は俺の胸ぐらをつかんでまくし立てた。
「きさまッ、それはどういう事かッ。」
「俺が乗ってきたあれには、ある物が大量に積載されている。しかも、僅かな湿気でも異常をきたす恐れがある代物だ。海水にドブ付けされれば、当然発火する。」
振り向いてみれば、機体が浮いていた場所は、赤い炎が燃え盛る浮いた構造物になっている。
それは徐々に、海底に沈んでいった。しかし、海中に完全に没してもなお、一部からは赤い炎が視認出来ているのだった。呆気に取られて手を放す水兵。
数分ほど海中に没してもなお燃える機体を静かにみていると、一番背の低い、セーラー服を着た色黒の水兵が、俺の頭を指さして言う。
「なあ、あんた。それを外してくれないか。」
そういえば、まだヘルメット等を外していなかったなと思い、ガサゴソと顎紐を外すなどし、ヘルメットを脱ぐ。
一度顔を機体の方に向け、胸ポケットに仕舞っていたハンカチを使って顔をぬぐい、再び水兵たちの方へと向き直った。
水兵たちはみな、一様に驚いた顔をしている。どのような恐ろしい顔をしているのかと、戦々恐々としていたのだろう。
しかし、顔はさほど自分たちのものと変わらなかったのだから。
「船室で少し話を伺いたいが、よろしいか。」
恐らく、この内火艇に乗っている人物の中で最も地位の高い人物が、俺に提案してきた。
「ああ、俺としても、今のこの状況を整理しておきたい。」
カンバスの張られた区画に案内され、中の椅子に座るよう指示された。
持っていた鞄は水兵に没収された。当然のことだと思う。
だが、中の物にはあまり触らないでほしい。色々危険なものが入っている。
「とりあえず。これでも飲んで落ち着いてほしい。」
そう言って渡されたものは、酒だった。
「すまない。俺は酒が飲めないのだ。」
俺がそう言うと、それを手渡した水兵に言った。
「まあ、そう言わずに。」
そのまま問答を続ける事、1分。
「すまないが、二人とも船に上がってくれ。今からこれを収容するからな。」
そう声をかけたのは、紺色の第一種軍装に身を包んだ壮年の男だ。
目の前に座って酒を進めていた男は、スっ転びそうになりながら敬礼した。
俺もあわてて敬礼する。
「ははっ。まあ落ち着け志麻曹長。それと、君が溺者か。合わせなくてもいいぞ。」
「いいえ。階級は貴官の方が上ですので。艦長。」
「ほう。」
俺のその発言に、一種軍装を着た男は興味深く俺を観察した。
「まず、貴殿が中佐である証拠は、その袖口の徽章です。」
俺がそう言うと、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「おい、こいつは相当胆力があるぞ。名前は。」
「八重島鷹。戦闘機搭乗員です。」
♢
そして、艦内では憲兵の質問などを受けた。
「私は憲兵をやっている岡島というものだ。貴様、名前は。」
取り調べを行う不愛想な壮年の男―岡島に問われる。
俺は水兵に答えたことをそのまま言った。
「八重島鷹。ある軍事組織で航空機搭乗員として所属していた。階級は大尉だ。」
そう言うと、男は眉を一瞬跳ね上げた。
どうやら、外観二十歳も行かん男が大尉を名乗っているのが驚きなのだろう。
「ほう、貴様のような若造が大尉か。年齢はいくつだ。」
「確か、17だ。」この返しにますます面食らった憲兵。
「そうか。では次に、貴官がなぜこの場所に現れたのかを教えてほしい。」
憲兵は質問を変える。
「俺は作戦行動中、敵の自爆攻撃に巻き込まれた。恐らく、普通であれば死んでいたはずだ。だが、可笑しなことに私はこの場にいる。時空跳躍か何かに巻き込まれた可能性が高いが、俺自身でも詳しくは分からない。」
憲兵は手元の調書にすらすらと俺の発言を書き込んでいく。
数分後、俺は憲兵から封筒を手渡された。
「そうだ。君がこの世界に来た時に渡してほしいと言われたものがある。」
憲兵はそう言うと、踵を返して部屋から出て行った。
「君にとってこの国は祖国か。それであれば、海軍の外部講師として活動してほしい。」
♢
????年??月??日 0900 佐世保
数日後、俺は佐世保の大地を踏んだ。
タラップから土に足を置いたとき、感慨深くあたりを見回した。
時は違えど、日本に戻ってこれたのだ。俺は涙を流しながら土の上を歩いた。
支給された背広服は、随分ゴワゴワしたものだが、やむおえないだろう。
持っている鞄は黒い本革性のもので、随分重たい代物だった。
とはいっても、それは仕方がないのだろう。
中には俺が機体から脱出した当時の装備品が詰まっているのだから。
俺はこの後博多に向かい、海軍兵学校学長の出迎えで江田島に向かう事に成っている。これは、ある人物の事前の根回しによるものだ。
それが数日前、憲兵から手渡された封筒に書かれていた内容。
どうやら、今現在は1941年1月16日であるらしい。
しかし、俺の知る1941年ではない。
その原因は、およそ数十年前から俺の生きた2030年代の人間がこの世界に転移したことに起因するものだ。現在、日中戦争は終結。
ただし、日本軍は未だ満州国から引き揚げていない。これは石油資源などの確保に起因する。しかし、米英との関係は開戦やむなしとも言われている程に劣悪。つまり、殆ど太平洋戦争開戦年と外交状況は変わらないのだ。
話は変わり、俺の身に起こった話をしよう。
俺は彼らの情報網と根回しにより、兵学校外部講師として働く事になった。
今から5か月前に転移してきたAという人物が、その根回しなどを行ったらしい。たかが5か月程度で、それだけの権力が持てるのかは不確かだ。
だが、現にそうなっているのだから悩んだところで仕方がない。
また、兵学校学長の出迎えまで少し時間がある為、Aが俺と話をしたがっているらしい。
俺は断る理由もないため、それを快諾した。
海軍の車両に乗せられ、まずは博多に向かう。
博多についたとき、すでに日は西に傾いていた。
「では、私はここで。」
「ありがとう。」
運転手と言葉を交わした後、博多のふ頭に向かった。
俺がその人影に気が付いたのは、埠頭へ目線を向けた時だった。
俺と同じく背広を着ているが、彼は齢30程度だろう。
すぐ後ろまで近づくと、その男はゆっくりと振り返って俺の顔を見た。
「君が、八重島くんかい。待っていたよ。私がAだ。」
そう言った彼は、右手を俺に差し出した。アフガンストールでその顔を覆っている為、その素性は分からない。声からして男性だと思う。
「君は、この変わりゆく世界をどう見る。」
彼はそう質問した。
「恐らく、運命を変えるために我々はここにいる。」
「そうか。もうそろそろ迎えか。君に一つ伝えよう。」
「はい。」
「八咫烏の再臨は近い。君たちの仲間も、何れは邂逅する。」
彼はそう言って、コートの裾を翻して埠頭を離れた。
再臨やら邂逅やら、意味深長な言葉ばかりを残したその男の背を、俺は黙って見送った。ふとある人物が思い浮かんだ。
それは俺がまだ地球にいた時の話。
養父である田中弘治から聞いた話だ。彼の勤め先の後輩が、最近中二病を発症したらしく(それでも1年前の事。)その人物の名前を聞き及んでいた。
「あの人。まさか有馬忠義か。」
有馬忠義とは、田中弘治曰、人間だか人外だかよくわからない人間らしい。
とはいっても、彼がかかわった事件は紆余曲折を経て無事解決することが多いと言っていた。
「まさかな。」
俺はそう言った後、埠頭に近づく小型艦に目を向ける。
それは駆逐艦だった。艦名については分からなかったが、砲塔配置から神風型と推測できる。沖合で投錨した後、内火艇を下ろした。
おろされた内火艇がこちらにやってきて、乗り組んでいた水兵がタラップを出して乗るように言ってきた。俺はありがとうと言って乗り込む。
そして、その艦の甲板に足を踏み入れたその時。
「久しぶりだな。」
「親父、何でここに。」
俺は驚いて目を見開いた。
目の前にいるのは、間違いなく事故で亡くなった俺の親父”八重島栄三郎”なのだ。
「なに、この世界に飛ばされただけだ。今は春風の艦長をやっているよ。」
そう言った親父は、カラカラと愉快そうに笑った。
そうして数分後、春風は一路江田島に向かった。
♢
そして艦橋にて。
俺は親父といろいろと意見交換がてら話し込んでいた。
「親父はこっちに来てから、何年たつんだ。」
「今年で6年だな。」
その声に、俺は間違いなく親父だと確信した。
確かに6年前、親父は亡くなった。交通事故に巻き込まれた。
だが可笑しなことに遺体は一切見つから無かった。
それが、もし死ぬ直前に次元跳躍をしていたのなら、こうして生きているのも可笑しくない。
「お袋は。」
「判らん。だが、同じように別の世界線で生きていると思う。」
話し込むこと数時間、江田島についたらしい。
「元気で。」親父がそう言ってきた。
「そっちこそ。」俺はそう言ってから、ラッタルを降りて下ろされた内火艇に乗り込み、江田島に上がる。
そして、目の前にいる人物に敬礼した。
「草鹿学長。本日よりお世話になります。八重島といいます。」
「そうか。ご苦労だった。」
目の前にいたのは、草鹿任一だった。最終的な階級は中将。
俺がぼんやりと草鹿学長を見ていると、後ろから汽笛の音が聞こえた。
回れ右をして、帽振れを行う。艦橋から身を乗り出した艦長は、俺の方にずっと帽を振り続けていた。
春風が見えなくなって数分、草鹿学長は俺にこう言ってきた。
「君はここで教官として活動してもらう。とはいっても、精々が話をするくらいだ。楽にしてほしい。」
「はい。」
そうして宿舎に案内され、俺はその部屋の中で荷物を解いた。
「明日から、本格的な教練か。確りしなくては。」
だが、今は。
「寝よう。仮眠をとらねばならん。」
布団にごろりと横になると、俺の意識はそのまま落ちていった。
♢
そのころ、兵学校の生徒たちは学長と話していた青年について大論争が起こっていた。事の発端は菅野直が気まぐれで表の方に行った時の事である。。
兵学校は陸側の門を裏門、海側を正門と呼称する。
沖合に煤煙を視認した菅野候補生は、近くの茂みに隠れて様子をうかがっていた。沖合から接近してきたのは呉鎮守府所属の春風である。
内火艇が降ろされて、桟橋につけられ、乗せられていた人物がこちらに歩いてきた。その顔やら背格好やらからは相当若く見えた。
恐らく二十歳にも届かぬジャクである。それが草鹿学長と話しているのを見て、相当な身分があるに違いないと菅野候補生は考えた。
だが、見てくれはどう見ても自分たちよりも年下である。
「まったくもって気に食わん!」
「そうだそうだ!ジャクごときが、しかも俺たちより年下が正門から入ってくるなど言語道断!」
教官まで一緒になってそう言いだすものだから、手が付けられないところまで怒りは高まっていた。
そこに現れたのは草鹿学長である。彼はこの騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。出入り口近くにいた候補生の肩にポンと手を乗せると、学長はこういった。「おい、貴様ら。」
見る見るうちに顔を青ざめさせる候補生たち。当然一緒になって騒いでいた教官も同じようになっていた。
「全員廊下に並べ。俺が直々に指導してやる。」
そうして、一人当たり30分ほどこってりと説教された彼らは、自室に戻っていったのだった。
♢
1941年1月17日 1600 海軍兵学校宿舎
翌日。
俺は背広を着こみ、教室へと向かっていた。
今日から、俺の担当する講義が始まる。とはいっても、講義自体は希望者のみの物である。午前中は資料類の作成を行い、午後からは話す内容の整理と練習だった。
割り当てられた教室に入り、黒板の前に立つ。
壇上に立って教室を見回すと、随分人が多い。しかも座れないものは壁際にずらりと並んでいた。
「さて、これから未来の航空戦について話していこうと思う。
この講義をする八重島だ。ノート類はとらなくてもいい。話半分に聞いてくれ。」
俺は緊張しながらも話し始めた。
「まず、現在本国海軍の航空戦について説明してほしい。」
いの一番に手を挙げたのは、以前どこかで見た顔をした候補生だった。
「菅野直です。現在、本海軍が用いる戦法は3機編隊の巴戦が主体です。」
「ありがとう。菅野候補生。彼の説明の通り、現在は巴戦。英語でドッグファイトが主体だ。だが、未来の航空戦では遠距離で誘導弾の撃ち合いになる。」
俺はそう言って青で三角を2つ書き、離れた位置に赤い三角を2つ黒板に書いた。
「まず、誘導弾の説明からしようと思う。誘導弾とは、小型の噴進弾だ。
これに誘導装置などを取り付けたものを、誘導弾という。」
黒板に簡単な誘導弾の絵を描く。
過去に使っていた、短距離用の物から、長距離の目標用まで。
「上に書いたものが、長距離用の空対空誘導弾だ。射程は海里にして26海里ぐらい。下に書いたものが、短距離用だ。距離はおおよそ2海里が限界だが、相当な運がないと逃れる事が出来ない。」
そう言いながら次々と情報を書き足していく。
「未来の航空戦。空対空戦闘には、やはり機体の性能差も大きく関わってくる。特に、この誘導弾を装備しているか否かで、制空権確保が可不可となる。」
そう言って、一度候補生たちの方に向き直った。
「ここまでで質問が有る者は。」
またも菅野候補生が手を挙げて質問する。
「では、巴戦は発生しなくなるのでは。」
「いや、そういう訳ではない。確かに巴戦は減った。だが時折発生する。
実際、今から10年ほど後の戦争で、機銃を装備しなかった新鋭機が、機銃付きの旧式機にコテンパンにやられたからな。どこの国の新鋭機だと思う。」
そう言うと、菅野氏ではない別の候補生が手を挙げていった。
「白豚の米国かと。」
「その人種差別的な発言はあまり褒められたものではないが、正解だ。」
そう言うと、聞いていた全員がにやにや笑い始めたのである。
「アメさんも馬鹿だな。」
「だが、その誘導弾とやらを過信していては、機銃撤廃もありうる。」
口々に相談する聴講生たち。
俺が口を開くと、皆しんと静まり返ってこちらを見た。
「最近では、この誘導弾のほかに電磁投射砲と言うモノも開発された。
これは時速6000kmで砲弾を射出できる。射程は40km。海里にして22海里だ。」
これには聴講生たちも驚いている。
「その超電磁投射砲は、本当に火砲なのですか。」
「いや、火砲ではない。電気のローレンツ力を用いて砲弾を加速させる。」
俺は黒板に電磁投射砲の電流、磁力の向きなどを書いた。
「電磁投射砲だが、まずAのレールとBのレールがある。そこに挟まっているのが、砲弾だ。電流はAから砲弾、そしてBのレールに流れていく。
この時に磁界が発生する。この磁界の力により、砲弾は加速され投射されるのだ。この電磁投射砲だが、大量の電力を消費するため、大型艦艇のみ従来は搭載されていた。だが、私が元居た2030年代の半ばには、航空機搭載型のそれが開発され、各国空軍が採用している。とはいっても、搭載されている機体は高度な自立飛行が可能な無人機に限られているが。」
そう言うと、ある候補生から質問が飛んだ。
「では教官。その電磁投射砲等やらの威力を教えていただけませんか。」
その候補生はギラギラ光る眼をこちらに向けていた。
俺は少し考えた後、少しニヤリと笑っていった。
「じゃあ、どのくらいの威力か予想してみてほしい。他の候補生とも相談してほしい。」
すると、皆顔とか膝とか突き合わせて相談し始めた。
やれ長門の40㎝砲と同じくらいの装甲貫徹力があるのではと言う者もいれば、精々が重巡クラスだろうという者もいる。
「さて、では答えを言うとだ。装甲貫徹力については、艦載型の場合、口径127mm砲身長50口径、砲口初速毎秒7kmの場合は600mm、射程は55km。航空機搭載型では57mm、砲身長60口径、砲口初速毎秒4kmの場合は400mm、射程は30kmだ。ただし、航空機搭載型は音速と同程度まで加速可能なので、貫徹能力は大幅に向上する。」
これに驚いている聴講生たち。一番後ろに立っていた人物から、質問が飛んだ。
「まさかと思うが、口径200mm以上のそれもあるという事か。」
彼の発言に、俺は肯定した。
「存在するぞ。確か最も大きなもので、850mm砲だったかな。砲身長は50口径だったはず。初速は一秒間に9km。射程は250km。」
再び凍り付く聴講生たち。
「とはいっても、それは基本的に大陸間誘導弾迎撃用の代物だが。あとは隕石の迎撃ぐらいだな。対空目標はすばしっこくて当てられない。
後は停泊中の敵艦隊を一網打尽に撃破する。このぐらいかな。」
一部の聴講生たちは顔を真っ青にしてガタガタ震えている。
「まあ安心してほしい。そんなデカ物は動かないから壊すのは容易だ。
過去に類似の兵器を破壊したこともあったが、航空機であれば容易に近づける。」
すると、菅野候補生が不敵に笑ってこういったのだ。
「では、その時のことを詳しく。」
そうして、俺は地球にいた時の戦闘や(電算機のゲーム内であることを隠して)、異世界での様々な体験などを話した。
特に彼らが興味深く聞いていたのが、異世界に飛ばされた直後の事である。
「俺その時乗っていた機体は、地上基地の、整備された場所でしか運用できない機体だった。だが、近くに降りられそうな場所が空母しかなかったのだ。
やむなく着陸したよ。」
おぉー、と声が上がる。
「で、それでその空母にはだれが乗っておったんですか。」
そう聞いてきたのは、教官と思われる壮年の男性だった。
「聞いて驚け、あの2航戦指揮官の山口多聞だ。俺だって驚いたぞ。」
これには聴講生総員椅子からひっくり返りそうなほど驚いている。
「なる程、で。」
「ああ、その続きか。俺は無事に味方と合流し、正式に部隊に配属された。
そっから数か月して、飛行訓練中に工作艦の明石を発見。
この功績から、俺は一飛行小隊の隊長になった。」
そして、いよいよあの激戦を話す。
「俺が転移した先の異世界では、人間と同程度の知能を持った存在が有った。
だが、なぜかその存在は人間に対しひどく攻撃的だった。
彼等を今後は魔物と呼称する。問題は、その魔物が大量発生してしまったことだ。我々が拠点を置いていた島嶼部ではそれは発生しなかったものの、西の大陸では甚大な被害が発生していた。これに対し、我々は魔物の撃滅を目標に部隊を展開。結果として大量発生した魔物の撃滅に成功した。
制空部隊として参加したが、敵の航空戦力は夜間は行動不可能だったらしい。全部地上撃破だったよ。
だが、問題は俺がこの日本に来る事に成った作戦だ。」
そう言うと、聴講生たちはごくりと固唾をのんだ。
「あれは大変だった。一度に500近い航空戦力が襲い掛かって来たからな。
直に誘導弾は尽き、巴戦に移行した。機体に装備されていた電磁投射砲も撃ち尽くした。一度は引いたものの、何度も襲い掛かられては困る為、大元を叩く作戦を決行した。」
「それで、その大元を叩く作戦を実行し、作戦は一応は成功したのですか。」
「ああ、成功はしたが、相手も死ななば諸共の精神で自爆攻撃を食らった。
しかし、結果として俺は生きてこの場にいる。」
俺がそう言うと、聴講生たちは顔を見合わせて、再び俺の方を見た。
「つまり教官。貴官はもしかしたら一度死んだかもしれないと。」
聴講生の一人がそう聞いてきた。
俺はそれにどう返答しようか迷ったが、こう返すことにした。
「俺は死んでいるかもしれないし、死んでいないかもしれない。だが恐らくは、死んではいないと思う。」
そう言うと、またも聴講生たちはお互い顔やら膝やら突き合わせて相談し始めた。「では、我々は死人の講義を受けておったのか。」
「いや、あれは明らかに生きておる。」
「じゃあ触って確かめようか。」
俺は触って確かめようと言った聴講生に告げた。
「手以外は触れるなよ。」
「判りました、では失礼して。」
そう言って、前に歩み出てきた候補生。白の手袋を脱ぐと、俺の右手を確りと握る。その候補生は、シッカリとした声で温かい、と言った。
「さて、これで俺が死人という説は無くなったな。
もう時間だから、今回はここまでだ。
翌週についてだが、佐世保に俺の乗ってきた機体が陸揚げされた。それを見に行こうと思う。学長へは事後報告になるが、責任は俺が負うから心配するな。」
俺は教員用宿舎に戻ろうと踵を返したが、途端に俺の周りに聴講生たちが集まってきた。
俺はその対応に追われ、自室に帰ったのが、1900頃となった。
もうどうでもいいやとなった俺は、そのまま布団に倒れこむ。
意識は一瞬にして落ちてしまった。