ある日の日常 サガミの場合
某日0500 前線基地
兵士たちの朝は早い。日の出と共に起床ラッパが鳴り響き、兵士たちの意識を覚醒させる。
それは非番の者たちも同じだった。
♢
ばね仕掛けの人形のように跳ね起き、グラウンドに走る。
たとえ非番であっても、営内にいる人間はたいていこうなるのだ。
それは、どうやら合流した友軍も同じなようで。
「岩本中尉、貴官は本日非番の筈では。」
「それは貴方もだろう八重島大尉。」
つい先日合流した友軍の戦闘機パイロットである”岩本徹三”が俺を見て驚いていた。―岩本徹三とは、かの大戦におけるエースパイロットだ。なぜ彼がこの場にいるのかは、俺の理解できない現象が起こったからだろう。
この世界において、過去、現在、未来の時間軸は一切関係ない。あるのはただこの世界に迷い込んだ存在であることのみだ。
♢
30分後、俺は岩本中尉と別れ一度待機室に戻った。
部屋に入ると、僚機たちがこちらを一斉に見た。
「サガミ。急いで外に向かったが、何かあったのか。」
そう問いかけてきたのは、二番機であるヴェールヌイだ。
彼はしわが目立つ顔をこちらに向けていった。
「いや、反射的にグラウンドへ向かって走ってしまった。特に深い理由はない。」
一拍おいて、俺以外の全員がくすくすと笑い始めた。
「なるほど、隊長はあの起床ラッパが弱点なのか。」
「じゃあ今度、深夜にやってみましょうか。」
「それはやめておけ。」
僚機たちの会話は、どこか穏やかで、しかし不穏なものがあった。
俺はその手のいたずらを未然に防ぐ為、くぎを刺した。
「頼むから、深夜にあの音を鳴らすのはやめてくれよ。
もしやったら、連帯責任として滑走路を装面ハイポート2往復させるから。」
(ちなみにだが、滑走路は2本あり、長さはおおよそ3km。装面とはガスマスク装備の状態をさす。つまり、その状態で走らなければならない。)
この言葉に、待機室の空気は凍り付いた。
僚機の一人であるミライは顔を青くし、アサギリに至っては土気色になっていた。
重苦しい空気の中、ヴェールヌイが恐る恐る聞いてきた。
「まさか、ここにいる全員か。」
「ああ、俺もやる。連帯責任だからな。」
そう返しながら、俺はタブレット端末を取り出した。
基本的に、本部からの連絡事項などは端末を通して各部隊に通達される。
特に緊急性の高いものは放送で流されることもあるが、非常に稀だ。
本部からの通知を確認し、新規のものを確認する。
滑走路、及びそれに関連する施設の大規模修繕、改良の完了があった
地下ハンガーと地上滑走路の連絡エレベータは大幅に改良されたらしく、最大重量の”An225”2機を同時に昇降させる能力がある。
また、1トン爆弾の直撃にも耐えうるとされていた。
近いうちに、我々は大陸から撤退するはずだ。魔物たちの大発生も頻発している。以前から言われている大侵攻も近い。
「隊長、隊長!」
肩をゆすられ、声の主の方を見る。
左の方を見ると、2番機であるヴェールヌイがこちらを見ていた。
「心配なのは分かりますが、抑えてください。」
「すまん。」
どうやら思いの他、俺は表情に出ていたらしい。
数分ほど僚機たちと情報の共有を行い、さて朝食を食いに行こうかとなった。
ここから食堂までは歩いて2分ほどである。
僚機たちと雑談をしながら歩いた。
「そういえば、メニューは何だった。」
「確かA定食が鯵の一夜干しと豆腐のみそ汁で、B定食がドイツ風だったような。」
「ドイツ風?どういうことだ。」
「ついたぞ。…これは、確かにドイツ風だな。」
A定食は日本食らしさを前面に押し出したもので、鯵の一夜干しに高菜の粕漬、豆腐の味噌汁、五目飯ないし白米に麦茶である。
B定食は2種類のパンにコーヒー、半熟のゆで卵だった。
俺はB定食を頼み、俺以外は全員がA定食を頼んだ。
耳を澄ませると、他の部隊がいろいろなことを話している。
「有馬大尉が帰ってきたそうだ。」
「へえ、で大尉はどんな様子だった。」
「随分憔悴した様子なんだと。」
「…まじか。」
パンをかじりながらその声を聴いた。
朝食後、課業開始まではベッド周りの整理整頓を行って過ごす。
そして、朝の課業が始まる。
しかし、非番の者はそれぞれ思い思いに過ごすのだ。
アサギリはヴェールヌイと共にハンガーに向かい、機体の整備状況の確認に行き、ミライは本を読んでいる。”ライ麦畑で捕まえて”(英語原文)を読んでいるようだ。
俺は外出することをミライに伝え、友軍部隊の待機室に向かった。
♢
友軍の待機室は、我々の待機室とは少し離れたところにある。
歩いて数分ほどだが、俺の足はなかなか進まなかった。
無限とも思える時間を歩いた末、部屋の前についた。
ノックを行い、声をかける。
「八重島大尉だ、岩本中尉はいるか。」
すぐに扉が開き、岩本中尉が顔を出した。
「大尉、例の本は。」
「これだ。」
「ありがとう。」
俺がその本”零戦の真実”を手渡すと、岩本中尉は少し笑って礼を言った。
「読み終わったら返すよ。」
「わかった。」
俺は部屋を離れ、自室に戻る。溜まっている決裁書類などを捌き、昼食の時間まで過ごす。
♢
1200
戻ってきた僚機たちと食堂へ。
昼食は朝食と同じA定食とB定食の2種。
しかし、A定食は僅かに異なり、白飯かうどんかが選択でき、また鯵の一夜干しから鯨の煮つけに変更されている。
B定食では、パンとコーンクリームスープ、それからサメ(ドチザメ)のカツレツ、千切りキャベツに変わっていた。
俺はA定食、僚機たちも同じものだった。
だが、ミライだけは別だった。
「勇気あるな。ミライ。」
「いや、サメの味が気になっただけ。」
食後、ミライに聞いてみた所、癖のない白身魚の味だったようだ。
ちなみに、我々の食べた鯨の味は、癖のないものだった。
後日聞いてみると、特有の臭みが少ないヒゲクジラの肉を使ったらしい。
俺は調理員たちの細かなこだわりを垣間見たのだった。
♢
午後から、俺とミライは機体の整備状況を確認するためハンガーに向かった。
「サガミ、午前中はどこに行っていたの。」
道すがら、ミライにそう尋ねられた。
「岩本中尉のところだ。”零戦の真実”を渡すためだよ。」
「そう、無事に届けられたかい。」
「ああ。」
そうこうしている内にハンガーに到着。中では大勢の整備員たちが、エンジンの交換などを行っていた。俺はバインダーと期待を交互に見ている壮年の男に声をかけた。
「鋪野曹長、機体の状況は。」
「お、八重島の坊主か。機体に関しては特に問題はない。部品の交換に関してだが、ねじの一部に亀裂が確認できたから、それを交換した。
他にも損傷があるかもしれないから、その確認で割と時間がかかる。
だから、暫くは予備機の方で飛んでほしい。
それから本部の方から予備部品が届いた、確認してほしい。」
そういわれ、書類を渡される。
「ありがとう。この後時間があればだが、偵察用カメラポッドの追加装備を頼めるか。」
「応、だがなぜそんなものを。」
「本部からの連絡だ。各飛行隊隊長機にカメラポッドの搭載急げと。」
「わかった。…そうなると、ここを離れるしかないか。」
鋪野曹長と話していると、ミライの方も機体の整備状況の確認を終えたらしい。
「サガミ、そっちは。」
「暫くは予備機での飛行が続きそうだ。」
「そう。私の方は機種転換の為に一度本部に行くことになった。」
「そうか。」
そして、夕食を取りに食堂に向かい、待機室に戻って就寝する。
就寝前に、本部からの連絡事項を確認する。
一番最新のものが、運用機種の整備である。
確認してみると、どうやら戦闘機は4機種になるらしい。
詳しい内容を確認後、俺は布団に潜り込んで意識を落とした。
♢
使用機材を以下に統合、再編とする。
戦闘機
F15SE
YF23
ラファール
JAS39”グリペン”E
攻撃機
A10
AH1Z
AC130
F4EJ改
爆撃機
F111
B52
Tu160
輸送機
KC767
C130
An225
UH60
哨戒機
P1
E767
E2
偵察機
RF4EJ改
F111
SR71
電子戦機
EA18G
EF111
無人機
長距離長時間偵察機、長期間監視機(戦略偵察機)(偵察飛行隊が運用。)
RQ4”グローバルホーク”
”ゼファー”
中距離偵察、護衛、攻撃機(長距離戦術偵察機)(航空隊が運用)
MQ1C”グレイイーグル”
近距離戦術偵察機(主に歩兵部隊が運用)
アラディン
本作内に存在する航空機に関する補足。
ゼファー・・・長期間の偵察を行うべく開発された無人機。高度2万メートルを飛行し、滞空期間は3か月ほど。ただし、実用高度まで上昇するまで2日かかる。
グレイイーグル・・・米軍の運用する無人機。汎用性が高く、偵察、攻撃、地上部隊の援護などが可能。