射撃訓練と談話
20221231 本文変更
世界名”キュラーム” 同年5月18日 0900 大陸拠点”ライター” フェニックス隊休憩室
その日、フェニックス隊は休養日だった。のんびりとした空気が屋内を支配する。
ヴェールヌイはコーヒーを片手に本を読み、アサギリはF4のプラモデルを組み立てていた。
俺はここ最近の日課に成っているランニングに行こうと、関節の柔軟を行っていた。
しかし、1人だけ手持無沙汰な僚機が居た。
「サガミ~ひ~ま~だ~何とかしろ~」
「出来ません。適当に本でも読んで過ごしては。俺は走り込みに行って来ます。」
俺”八重島鷹(TACネーム”サガミ”)”はミライにそう言って部屋から出た。
靴は野戦用半長靴で、上は動きやすいよう作業服を着こんだ。
5月だからか、未だに肌寒い。しかし、暫く走り込みを続けていると暑苦しく成って来る。
そうなってきたら上着を脱ぎ、腰に巻く。
「お、八重島中尉。自主錬か。」
そう言ってきたのは、いつ間にか横を並走していた有馬大尉だった。
歩兵の基本装備を担いだまま、息一つ乱さず走っていた。
「はい、身体を鈍らせては動けないので。」
「良い心がけだ。他の連中は。」
「部屋でのんびりしています。俺もそうするべきだと思うのですが、どうしても。」
「まあ、それで大丈夫だ。人間、それぞれ違うからな。」
約1時間走り込みをした後、自室に戻る。ミライは相変わらずぼんやりとしている。
それを尻目にシャワー室に向かう。途中、山口司令官の姿が見えた。
「八重島中尉、御苦労。」
「山口司令官こそ、ご苦労様です。」
お互いに敬礼し、言葉を交わす。
「この後、時間が空いていれば談話室に来てくれ。」
「はい、分かりました。」
♢
シャワーを済ませた後、談話室に向かった。
「来たか。座ってくれ。」
山口司令官が席に座るよう勧める。
「有難うございます。失礼します。」
「余り硬く成らないで欲しいが、仕方ないか。」
俺は指示された席に座り、姿勢を正して待つ。目の前に山口司令官が座る。
がっちりとした体に、鋭い眼光。第1種軍装を着こんだその姿は、正に猛将だった。
「君は、この世界をどう見る。」
そう問いかけた山口司令官は、何所か落ち着かない雰囲気を出していた。
俺は数秒考え、答えた。
「失礼ながら、それは貴方がよくご存じなのではないでしょうか。この世界では、地球での常識が通用しない。そして、地球にはない物が存在する。」
「死んだはずの人間が生きた状態で存在する。魔力然り、人の型を取る蜥蜴然りである。そう言いたいのか。」
「はい。」
山口司令官は何所か、納得した様な、そうでない様な顔をした。言葉を続ける司令官。
「俺はあの時、誰の声を聞いたのだろう。艦橋には俺と加来君以外は居なかった筈だ。」
「それは本当ですか。」
「ああ、手前勝手な頼みとは思いますが、あの人たちをお願いしますと。そう言われた。
だから今に成って思うのだ。地球にも魔力の様な物が有ったのではないかと。」
…
「山口司令官、お迎えにあがりました。」
その声が掛ったのは、時刻が1150を指そうとしていた時の事だ。山口司令官が立ちあがる。
「有難う。中尉、また話そう。少しだけ、分かった様な気がする。」
山口司令官はそう言い、敬礼。
俺は立ち上って返礼すると、彼は手を下ろした。
部屋から出て言った後、俺はぼんやりと部屋の壁を見詰めた。
”やはり、この世界にやってきたのは、それなりの理由があるからだと思います。”
”ほう、その理由は何だ。”
”英雄として、この世界の人類を守って欲しい。その様な願いが有ると思います。
それから、この世界と地球を繋ぐ橋渡しとしての役目もあると。”
”人類の守護者と橋渡し、か。何故そう思う。”
”理由も無いのに、死んだ人間を転生させますか。
今まで出会った来た転生者達は、皆なにかしらの功績を残し、またある人は特定の分野に特化した人ばかりだ。
山口多聞海軍少将。貴方は帝国海軍第2航空戦隊を率いて戦った人だ。だから、この世界に呼ばれたのだと思う。”
先ほどまでの会話を思い出す。もしかしたら、まだ転生者はいるかもしれない。
今見つかっていないだけで、ある時突然現れ、我々の味方をしてくれるかもしれない。
その逆もありうる話だが、そうなった時、俺は神を怨むだろう。
その後は一人でオセロをやっていたが、フェニックス隊の面々に見つかった。
そのまま食堂に連れて行かれ、話を聞かれた。
「なあ、シャワー室に行った後、何が有った。」
ヴェールヌイがそう問いかけてくる。
「山口司令官と話していた。自分自身でも、話した内容は良く分かっていない。」
もさもさと昼食の麦飯を食べた後に言った、手を鰯のつみれ汁に伸ばす。
「…山口司令官って、前話してた山口多聞少将の事。」
1度椀に伸ばしていた手を止め、肯定する。
「ああ、会うのは2回目になる。山口少将は優しい方だ。だが、全力を尽くす時は全力を尽くす。切り替えがはっきりと出来る人だ。」
がつがつと食べ進め、食べ終える。
時刻は1250だった。1400より陸戦訓練が行われるため、急いで準備をしなければならない。
「部屋に戻るぞ。1400から陸戦訓練だ。動きやすい服に着替えてグラウンドに集合する。」
「え、それ本当ですか。」
「本当だ。昨晩言わなかったか。明日1400より陸戦訓練が実施されると。」
「全く、この老骨にもそれが与えられるとは。」
「ぐちぐち言うなヴェールヌイ。私だって同じだよ。あた」
その後部屋に戻り、陸戦服に着替えてグラウンドに集まった。
「では、これより陸戦訓練を開始する。総員駆け足!」
1400に成った途端、全員が駆けだした。
武器庫に向かって全力疾走するパイロットたち。
中に有った銃は全て銃口径6.5㎜のアサルトライフルだった。
2022年以降に採用された物が大半を占めている。
俺を含むフェニックス隊の面々は最後の方だった為か、選べた銃は日本が開発した31式小銃のみだった。所謂良銃であるが、欠点としては少々重いのである。
「これ使うの、今回。」
「らしいな、まあ愚痴言うな。」
ミライにそう言って武器庫から出る。
外には大勢の兵士たちがずらりと並んでいた。
「さて、ではこれより陸戦訓練を始める。まずウォーミングアップとして、銃を持って滑走路を往復4回駆け足。それが出来ない者は俺に言え。よーい、始め!」
途端に走り始める兵士たち。俺たちもそれに続き走る。
「すまん、俺は抜ける。」
そう言ってヴェールヌイは離脱した。
当り前だが、彼は昔に片足をなくしている為義足を付けている。
アスリート用の義足を用いれば問題なく走れると思うが、慣れるまで1カ月以上掛る。
この為、彼は普通の義足しかもっていなかったのだ。
様は走れないのである。
走り込みを始めて20分後。
もうそろそろゴールが見えてきた頃、走る速度が全体的に落ちてきた。
皆肩で息をし、息苦しそうにしている。
「はーい、速度落とした人はプラス4往復です。ガンバレー。」
この声が掛るのは3回目だ。俺は速度を維持しようとしているが、2回目で声が掛った。
漸く全員が走り終えた時には、西日が差し始めていた。
「では、これより屋内に行って射撃訓練を始めます。総員移動。」
その声が掛り、皆きびきびと動いた。
屋内に入り、兵士から弾倉を受け取る。
しかし、俺はここで違和感を覚えた。
(中に弾が詰まっていない。まさか。)
皆疑問に思っているが、取り敢えず装填する。
そして、構えた。
「バンバンバンバン、リロード!」
数十分後、俺は兵士たちの掛け声に従って訓練を行っていた。
実際に発砲するのではなく、掛け声とともに衝撃を吸収するように構え、リロードする。
これを繰り返し行った。
訓練終了は1900だった。
その頃には皆ぐったりと疲れ果てた様子で、正に死屍累々の形相を呈していた。
「訓練終了。総員解散。」
掛け声とともに、全員が出入り口から出ていく。その様子はまるでゾンビが集団で移動している様だった。
シャワーを済ませた後食堂に向かうと、やはりと言うべきか疲れた様子の兵士たちがもそもそと食事をしてはいた。
「八重島中尉、お疲れ様です。」
食事を渡してくれた2曹が言った。
「そちらこそお疲れ。今日の献立は。」
「本日は麦飯、豚の生姜焼き、青菜のぬか漬け、鯖の船場汁です。デザートはヨーグルトを用意しています。」
「有難う。」
俺はそう言って、空いている席が無いかを探す。
すると、視界の端でヴェールヌイが手を振っているのが見えた。
俺はその方に歩いて行くと、フェニックス隊の面々とは別の3人が見えた。
その3人は東欧系の顔立ちで、美形ぞろいである。
俺が座ると、大尉の階級章を付けた人物が話しかけてきた。
「あの時は助けて頂き感謝する。私は元ルーマニア空軍所属のイオン・ステレアだ。
現在は空軍の第1師団第4飛行小隊”ヴィスコル”の隊長を務めている。階級は大尉だ。」
「同じく、同隊所属のイリ・パウエルです。階級は少尉です。」
「…ソルタン・ハレプだ。階級はイリと同じ少尉だ。よろしく。」
彼らの食事は、どうやら自前で用意したらしく他の隊員とは異なっていた。
「君達が居なければ、俺はこの場にはいなかったからな。有難う。」
そう言って頭を下げるイオン大尉。俺はそれにそっけなく返してしまった。
「そういった話は後でしないか。今は食事に集中した方が良い。」
そう言って船場汁に口を付ける。
鯖の出汁がよく出たそれは、正に五臓六腑に染み渡る味だった。
次に麦飯を箸で掴み、口の中に入れる。
麦飯は脚気の予防にも役立つが、麦と米では食感が異なる為飽きにくいのだ。
更に口直しに青菜のぬか漬けも食べる。
塩気の効いたそれは、ご飯が欲しく成る味だった。
気が付くと、食事は全て胃の中におさまっていた。
「イオン大尉、後で談話室に行こう。そこで有れば余り迷惑に成らない。」
「了解した。談話室だな。」
俺は盆を返した後、真っ直ぐに談話室に向かった。当然僚機達も付いて来た。
そこに着いた時には、ヴィスコル隊の面々は全員そろっていた。
「取り敢えず、空いた席に座って欲しい。」
イオン大尉の声に、皆はきびきびと動いた。俺も空いた席に座る。
数分後、談話室には楽しげな話声が満ちていた。
それぞれの家族の話や、地元の話等。
特にルーマニアでは魔女が職業として認められている事に驚いた。
逆に、彼らは日本の治安の良さに驚いていた。
「電車で寝ても大丈夫なのか。」
「ああ、かく言う俺も結構寝ていたが、物を取られた事は無かったぞ。」
「日本はすごいな。そこまで治安が良いとは思わなかった。
それに、食文化も多彩なのだろう。なぜそこまで発展したのか知りたいのだが。」
そうイリ少尉が質問する。これに答えたのはミライだった。
「やはり、水の存在が大きいと思います。その分水害も多いですが、やはり豊富な水がなければ米は作れないので。」
「成るほど、それから火山も多いのだろう。たしか桜島からは常に噴煙が上がっていると聞くが。」
「それは、まあ普通だな。後は温泉も有名で、特に信貴山温泉は湯治に向いている。1度で良いから入ってみたかった物だ。」
「信貴山に温泉が湧いているのか。初耳だ。」
「奈良の魅力は淡水トラフグと鹿だけでは無い。南部の金剛山や龍田川は紅葉が美しく、また春になったら桜並木が美しい場所もあるぞ。特に佐保川と前述した龍田川がお勧めだ。」
「淡水トラフグか、今度頼んでみるか。」
「誰に。」
「転生者に。多分だけど宅配サービスでここまで届けてくれると思う。確か料金は一律500円で統一だった筈。それか情報が料金の代わり。」
「それ本当か。流石に郵便物は無理だと思うが。」
「いやそれも大丈夫。郵便の場合だと200円からだな。」
「それ異世界に転生させた意味が無い様な気がする。」
「言っちゃおしまいだよ。」
その様な会話をしていたが、最近の作戦行動を振り返ろうとヴェールヌイが言ったので、話題が切り替わる。
「この世界に来てから、始めての作戦行動は偵察飛行だったな。」
しみじみとイオン大尉が話す。
「その時に彼らと邂逅した。空母飛龍を始めとした軍艦たちに。」
「ああ、あれには驚いた。加来止男と山口多聞、あの二人が見えた時は夢と思ったよ。
しかも、俺の同期も居たからな。」
そう言ってヴェールヌイは俺の方を見る。
「転移してから3週間が経った頃に、サガミがこの世界に来た。
あの時迎えに出ていたのが、戦艦霧島を旗艦に、空母飛龍、護衛艦わかば、しらね、はるかぜ。駆逐艦蕨を容した艦隊だ。
彼らは我々とは別の存在によってこの世界に来た。だから指揮系統も全く別の物に成る。」
なるほどと俺は1人納得していた。
「質問良いか、紀乃大尉。」
「なんだ、イリ少尉。」
「何故指揮系統を統一しないのか。」
「それは、彼らが大日本帝国海軍の所属で、我々が別組織の管轄だからだろう。
それに、彼らとは100年近い格差が有る。
だから共に行動せず、別々で動いた方が気が楽だろうと言う配慮もある。」
なるほどと全員が納得していると、不意にイオン大尉が俺の顔を見ていった。
「そう言えば、最近フェニックス隊が離陸する時、YF23が見えないが何か有ったのか。」
「それはな。」
「いや自分で話す。随分前に、タラップで頭を強打した。
医師に診てもらった所、暫くは機体に乗らず安静にして置く様に言われた。」
俺はミライの発言を遮り、自分で事を語った。
すると殆ど全員が驚きのあまり固まっている。
「いやいや、流石に冗談は。」
「本当の事だ。なあヴェールヌイ。」
「ああ、確かタラップに足を引っ掛けてそこを支点に顔面が叩きつけられた筈。」
その発言に皆顔を青くしていた。
「うわぁ、それ絶対痛い奴じゃない。それ最悪死ぬよ。本気で。」
アサギリがそう言って腕をさすっている。
そこまでの事だったのかと驚いていると、イオン大尉が俺に耳打ちした。
「昔それで殉職したパイロットを見た。生還したとしても、後遺症が無いのは奇跡だぞ。」
俺はその事に驚いたが、よく考えて納得した。
確かに打ち所が悪ければ、死んでいたと容易に想像できる。
それからは今後の作戦行動の予想を言い合った後、それぞれの自室に戻った。
「では、また非番の時に。」
「はい。ではまた。」
そう言って談話室の前で別れ、自室に戻る。
全員のシャワーが済んだ後、俺は全員に言った。とは言っても、地上部隊の会話を盗み聞いただけだが。
「歩兵部隊が9日後に作戦が発令されると話をしていた。俺達も出撃するかもしれない。」
そう言うと、皆げんなりした顔に成った。
「また作戦行動か、今度は何だ。」
「ダンジョンの制圧。けどまあ地下空間だから航空隊の出番は殆どないと思われる。
だが、若しかしたら空爆任務を行えと言ってくるかもしれない。」
「対地爆撃は、爆撃機隊の仕事なのでは。」
「だが、ただの洞穴に爆撃機隊を全力出撃させる訳にもいかないと思うよ。」
ヴェールヌイ、俺、アサギリ、ミライの順で言ったが、いざ考えると目的は分からなくなってきた。
「まさか金策か。」
俺がそう言うと、アサギリが納得した声を出した。
「現地通貨が使えないと、情報を買う事は出来ない。それに金が無いと何もできないのはどの世界でも共通だ。
確実に有馬大尉が具申して冒険者稼業をやっている。
実際に見た事が有るからね。
もしこの世界で地球の物を売ったら足が付く。
だからこっちの物品を売って金としている。」
すると、意外な人物が声を上げた。
「確かにな。だが、交通手段もこちらの物を使っていると考えるべきだ。」
そう言ったのはミライ。それに続いたのはアサギリだった。
「移動手段は主に馬を使ってた。私は馬場1級を習得していたから何とかなったけど、ミライの場合はかなり大変だったよ。」
それ以降は考えても無駄と言う事で、全員が寝床に入り寝た。