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事故と衝撃の事実

 同年4月6日 0700 大陸拠点”ライター” 駐機場


 俺は、自分の搭乗機のコックピットに居た。

今日は非番だが、自室は何故か落ち着かなかったのでここに来た。

(やはり、何故か分からないが安心する。)

目を閉じると、この世界に来てからの日々が流れていく。

空母飛龍への着艦から、正式な着任。

 そして、彼女―白波瀬文―との再会。

空母飛龍を見た時点で、察する事は出来た筈だ。ここは非現実的な事が起こる場所なのだと。 

 だが、それを認めないままこの世界で過ごした。

その結果があれだ。死者は死んでいなければならない。そう思い込んでの凶行だった。

 右肩に痛みを感じ、目を開ける。

「八重島中尉?機体から降りてください。このままだとメンテナンスが出来ません。」

柿沢3曹が俺の顔を覗き込んでいた。痛みを感じた右肩には、彼女の手が置かれていた。

しかも爪が僅かに肩に食い込んでいる。

俺は慌てて機体から降りようとした。

 しかし、タラップに足を掛けた途端、躓いた。身体が足を起点に大きく振りかぶられ、顔面がタラップに叩きつけられる。

意識が遠のく中、最後に見えたのが顔を青くした柿沢3曹の叫ぶ姿だった。

同年4月10日 0530 大陸前進基地”ライター”

 起床ラッパの音で、意識が覚醒する。

身体を起こそうとしたが、妙な倦怠感が身体を支配していた。

倦怠感に抗いながら上体を起こすと、自分は病室に居る事が分かった。

枕元にあるナースコールを押し、担当医が来るのを待つ。

 医師が来たのは、それを押してから20秒も掛らなかった。

「君、まず階級と名前を言ってくれ。」

そう言ってきた人物は、かつて第6軍の医師だった人物―坂木榛名―だった。

「八重島鷹中尉であります。」

その返しに満足そうに頷く坂木医師。

数分間の質疑応答を経て、暫くは安静状態を言い渡された。

「君はタラップに顔面をぶつけた後、およそ4日間眠っていた。こちらとしても、気の抜けない日々だったよ。」

坂木医師のその発言に、俺は驚いた。

「4日間も、ですか。」

そう言った後に、ぼんやりと自分の手を見る。少し痩せた様に見えたのは、気のせいではなかった様だ。

「ああそうだ。リハビリは3週間かけて行うから、復帰は1ヵ月後ぐらいに成ると思う。ちょっとした長期休暇だと思えば苦ではないと思うよ。」

 そう言った後、坂木医師は部屋から出ようとした。

「先生。1つ質問です。俺の目は輝いていますか。」

不思議とその言葉が出た。先生は振り返り、困った様に笑うと、言った。

「今の目は希望に満ち溢れた目だ。君の様な未来ある若者にしかできない、素晴らしい瞳だよ。」

 その後、俺は再び眠った。あの倦怠感はどうやら眠りすぎた事が原因らしいが、それでも眠気には抗えない。

 次に目が覚めた時には、時刻は昼の1時を指していた。

空腹感はあるが、食事が運ばれてくる様子も無い。不安に成り、ナースコールを押した。

 「すまないが、君は1週間前後点滴で生活してもらう。食事は段階を踏んで普通の物に戻すから、それまで辛抱してほしい。」坂木医師はそう言って頭を下げた。

俺がナースコールを押してから10秒足らずでここに来た坂木医師は、息一つ乱さず説明を始めた。

なんでも食事中に脳障害を起こした場合、最悪飯が肺に入り窒息死する可能性が存在する為だ。この為安全が確認できるまで点滴。

完全に安全が確認できてから普通の食事へと切り替えていくとの事だった。

 俺はその事実に心が折れそうになった。

「何とかならないのですか。坂木先生。」

そういうが、坂木医師はただ黙って首を横に振るばかりだった。

同年5月13日 0930 大陸前進基地”ライター”

 漸くリハビリ期間が終わり、原隊に復帰する事に成った。

点滴から直ぐに普通の食事では無く、御粥を薄めた様な物が出されたが、それでも1週間ぶりの食事と考えると、感極まって涙を流してしまったほどである。

病室には時折ヴェールヌイが訪ねてくるなど有ったが、口にするのは俺の身を案じる言葉だけだった。

 俺はフェニックス隊に割り当てられた部屋の戸を叩いた。ここに戻って来るのも1ヵ月ぶりである。医師からはここ2カ月は激しい運動は控える様に言われていたが、俺は早く機体に乗って勘を取り戻したかった。

「サガミだ、入るぞ。」

そう言って戸をあけると、中では白波瀬少尉とヴェールヌイがトランプをやっていた。

2人はこちらを見て、ポカンと口を開けている。

どうやら、今日復帰するとは思わなかった様だ。

白波瀬少尉は顔を僅かに青ざめさせている。どうやら過去のそれが尾を引いている様だ。

「サガミ、坂木先生から色々聞いている。暫くはVRでの飛行訓練だけだ。実機はドクターストップが解除されてからするぞ。」

確りと顔を引き締めたヴェールヌイがそう言う。先生の方が1枚上手だった様だ。

 ヴェールヌイから今後の予定の説明を受け(入院中の司令等は全て彼が受け取ってくれていた。)、明日に備えて物品整備を行った。

とは言っても、私物の類は殆ど第6軍基地に置いてある。この為、僅か3分程度で終わってしまった。

 数分ほど雑談をした後、ヴェールヌイが何か急用を思い出したらしい。

「サガミ、俺は今から山口司令官の所に行く。留守番を白波瀬少尉と頼む。」

そう言った後、ヴェールヌイは足早に部屋から出て行った。

その数10秒後には、F4のエンジン音が聞こえ、段々と離れていく。

 この部屋に居るのは俺と白波瀬少尉だけに成った。

(非常にやり辛いな、これは。)

他の人物で有ればまだ救いは有った筈だが、相手はこちらの事を余り良く思っていないだろう。

現に、少尉の顔は蒼白から土気色に変わろうとしていた。

 「白波瀬少尉、1度外の空気を吸いに行かないか。ここでは空気が籠っていかんだろう。」

俺がそう言うと、少尉がこちらに来る事が分かった。

戸を開けると、リノリウム張りの床が目に入った。

天井の蛍光灯は何所か鬱陶しいほどに強く光っている。

少尉が廊下に出たのを確認した後、部屋の戸を閉め、外に向かって歩く。

 時折すれ違う兵士たちは、皆俺に対し敬礼をしていた。俺はそれに答えながら歩く。

外に出て、まず向かったのは駐機スペースだった。

小隊別に機体は整列しており、それぞれの機体には偽装網が被せられていた。

自分の小隊の所には、機体は2つ残っていた。

やはり、ヴェールヌイは山口司令官の所に行ったのだろう。

今は整備士たちはいない為か、非常に静かだった。

「ねえ、鷹く…。」

「ここでそれは止めてくれ。サガミと呼んでほしい。」

声を掛けてきた少尉だったが、俺はそれに被せる様に言った。

ここは軍である為、そう言った呼び名は決して使っては成らないのだ。

「…サガミ、山口司令官は、誰なの。」

ほんの僅かの間が有って、少尉は問い掛けてきた。

「山口多聞。元大日本帝国海軍第二航空戦隊司令官。現第0特務独立艦隊総司令官でもある。ミッドウェー海戦で戦死した人物だ。」

向き直って見ると、少尉は驚きのあまり口を大きく開けていた。

俺は言葉を続かせた。

「この異世界では、決して常識に囚われてはならない。

この事を始めから分かっていれば、君に対しあの様な事はしなかった。

言うのが遅れたが、我々フェニックス隊は貴官の再入隊を歓迎する。

白波瀬文少尉、よく帰って来てくれた。貴殿があの日死んだ人物であると認めよう。

その上で、あの時はすまなかった。」

 そう言った後に頭を下げた。何秒かした後、しわがれた声が背後から掛る。当然少尉の声では無い。

「漸く認めたか、この若造。」

顔を上げ、声のした左の方を見る。

そこに立っていたのは、かつて自分の機体を整備していた男だった。

浅黒い肌に鋭い目、整備士である事を示す肩章は日の光を受け輝いていた。

「鋪野曹長。何故あなたがここに。」

俺がそう言うと、曹長はある事を言った。

「俺たちもここに転属となったからな。その挨拶で方々に顔を出している最中だよ。

しかも、ここの整備班の班長がそっちの飛行隊のパイロットになったからな。それの埋め合わせだ。」

なるほどと1人納得していると、不意に曹長は言った。

「所で、愛しの女に色々乱暴を働いたそうじゃないか。スワロー隊もこっちに配置換えになったから覚悟しておけ。」

エンジン音が遠くから聞こえてきた。それは間違いなくF15等の物である。

空に視線を転じれば、3機編隊がこちらに向かってくるのが見えた。

「まあ、神にでも祈っておけ。大丈夫だ、死ぬ事は無い。」

もう既に機種が判別できるほどに近付いている。

その先頭を行く機体は、SU47つまりかつての隊長機だった。

 恐らく、彼は降りてすぐに詰問してくるのだろう。

そう思うと、どんよりと気分が落ち込んだ。

 数分後、スワロー隊の編隊が基地に着陸した。

そして、ぞろぞろとこちらに向かってくるパイロットたち。

先頭を歩いているのはスワロー1”ズニーヤ”である。

その顔は伏せがちで、表情を窺い知る事は出来ない。

 彼が正面に立った時、俺は殴られることを覚悟した。

ギュッと目を閉じ、衝撃に備える。だが、何時まで経っても拳は飛んで来なかった。

かけられた声は、後悔と自責の念にあふれた物だった。

「サガミ、君の気持を軽んじてすまなかった。許せとは言わない。

君にとって、私の妹は死者であると認識していた筈だ。

それにもかかわらず…」

「大尉、それ以上は駄目だ。今回の件はこちらにも非がある。この世界では、地球上で死んだはずの人間が生きている事等が普通に起こっている。空母飛龍や山口多聞と言った史実の人物が居る時点で察するべきだったのだ。それに、もう現実を受け入れた。」

振り返り、僚機である白波瀬少尉を見る。その人物は、生きている事を感じさせる。

幽霊にも感情はあるだろう、だが少尉は肉体を持った生者だった。

真正面から抱きついて来た少女は、人のぬくもりを持っていた。

「だからこそ、もう迷わないと決めた。例え死者が生きた状態で目の前に現れたとしても、それが現実であると受け入れるしかない。姿を変え現れたとしてもだ。」

そう言いきると、俺は東の空を見た。

方位090、その方角から1機のF4が飛来した。

滑走路に機体が付き、近くまでタキシングする。

 ついに機体からパイロットたちが降りてくる。

1人はヴェールヌイ、もう1人はかなり小柄な為、女性だろう。

ヘルメットから覗く特徴的なアイスブルーの髪は、その人物が柿沢政教3等空曹であることを示していた。

「ヴェールヌイ、任務は済んだか。」

俺がそう問いかけると、ヴェールヌイは懐から茶封筒を取り出した。

「また本部から命令だ。今回は毛色が違う。」

そう言って渡してきたそれは、1度封を切った跡が有った。

中に入っていたA4サイズの用紙を取り出し、広げる。

 ”発、本部作戦室 宛、フェニックス隊隊長

本日20350503 0930 より、紀乃豊作大尉のコパイとして柿沢政教3等空曹をフェニックス隊の指揮下に置く。総帥 有馬永作”

 紙に書かれた指令を、はっきりと脳が理解する。

「柿沢3曹、1900フェニックス隊待機室に来てくれ。重要な話が有る。」

同日1907 フェニックス隊待機室

 「取り敢えず、現状を簡潔に纏めよう。」

俺はこめかみに指を押し当てて言った。

ヴェールヌイも似た様な反応を示しており、少尉に至っては現実逃避をする様に本を読んでいた。

「私の説明が分かりにくかったですか。」

そう言っているのは柿沢3曹である。

彼女がこの原因を造り出した本人なのだが、自覚が無い様だった。

 事は7分ほど前に遡る。

全員が集合した後に2人のTACネームを決めた、少尉が”ミライ”、3曹が”アサギリ”で決定した。

その後は、それぞれが雑談に興じたのだが。

 「それにしては、ヤハ…ヴェールヌイが副長を務めているとは思わなかった。」

とアサギリが発言したのである。

これに対し、俺とミライは脳内に疑問符が大量発生した。

ヤハから始まるTACネームを持っている人間は少なくともこの部隊には居ない。

ふとここでヴェールヌイに視線が行った。

彼は何かを確信したかのように、その目を細めていたのだ。

視線の先には、挙動不審なアサギリの姿が有った。

 かくして詳細な説明を求められたアサギリは、全てを話したのである。

彼女は元々空自でアグレッサーを務めており、訳有ってこの姿になったと言う。

そして、衝撃の真実を伝えたのだ。

「私は、ある事故によって身体が不自由になった。そこに手を差し伸べたのが、大陸から来たある研究員だった。身体は完全に成ったけど、あの事故の後から、私は空自に戻れていない。

 誰も、私の事を私と認識できないから。今も行方不明になったままだと思うよ。」

それに、静かに耳を傾けた俺は、数秒後には付喪神の発言を思い出した。

数十年前に起こった空自機連続墜落事故。

最後の事故は複座の機体で起こり、今も搭乗員1人が行方不明。

単なる偶然ではないのだろう、行方不明の人物と同姓同名なのだから。

「つまり、いろいろ大変な事が有ったのか。」

そう言ったヴェールヌイは、空自時代のTACネームを言った。

「確かに、空自時代のTACネームはヤハギだ。だからと言って、たったそれだけで判断するには。」

「誕生日1991年4月9日。家族構成は6人家族で、子供が女性2、男性2。これで納得できたか。」

アサギリがそう言うと、ヴェールヌイははっきりと認めた。

「…認めよう。」

俺は驚いた。家族構成を赤の他人に見破られたら、誰だって動揺する物である。

だが、彼は一切その様な様子を見せていない。

 しかし、続くアサギリの発言が衝撃だった。

「まあ、四肢欠損の状態から五体満足まで回復させるとは思わなかったけど。」

皆ぴたりと動きを止めた。ぎりぎりと錆ついた機械の様に首を動かす。

「もっと詳しく言うと、内臓の一部も逝かれてる状態だった。」

アサギリは何ともない様に言っているが、こちらとしては脳が理解を拒絶していた。

「すまん、暫く考えさせてくれ。」

まずヴェールヌイが頭を抱え、考え始めた。

ミライの方はと言うと、ある人物の書いた長編ノンフィクションを読み始めている。

 俺はとりあえず、アサギリにコーヒーを継ぎ足した。

 やはり、この世界では常識は通用しない。改めてそう思った。

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