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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移は無縁なままで。

作者: 秋月 翡翠

 ……退屈だ。


 僕は、窓の外に見える一面の銀世界を眺めた。


 足跡ひとつもなく、ただ、真っ白な世界。……だが、長くは続かなそうだ。


 僕は、肌を刺すような寒さをひしひしと感じつつ、机に倒れ込むように突っ伏した。


 まだ、数学の授業は終わっていない。だが、徹夜したこの体で、呪文のような公式など頭に入ってくるはずもなく、机に突っ伏してから意識を手放すのにさほど時間はかからなかった。


 だが、意識を手放せた時間は短かった。


「何だこれ?!」


 煩い声が頭に響く。やめてくれ、至福の時間を邪魔するな。


 痛みが徐々に存在感を増してきた。煩い声が増えたからだろう。流石に、何を騒いでいるのかが気になった。


 伏せていた顔を上げ、周りを見果たした。


「成る程」


 騒いでいたわけを理解した。この状況じゃ、おちおち授業など進められないだろう。


 床には、円状に見たことのない文字列が、規則正しく並んでいる。


 いわゆる魔法陣のようなものが書かれていた。おそらく、いきなり床から浮かび上がってきたのだろう。


 異世界転移か……?


 少しワクワクしていた。ライトノベルや、アニメとかでしか見たことのないシチュエーションで興奮した。


 非日常を体験してみたいと日頃常々……とまではいかないが、多少は思っていた。


 異世界とはどのような景色が見られるのだろう……?


 そんな思いに応えるように、魔法陣が、目を突き刺すような眩い白い光を放った。


 光が収まった後、再び目を開けると……


 いつもと変わらない、退屈な景色が目に飛び込んだ。


 ……

 …………あれ?


 目を疑った。あれだけ転移しますよ〜みたいな雰囲気を出しておいて?


 いやいや、見間違いだきっとそうに違いない。


 目を擦ってみた。


 やはり、憂鬱な教室の風景は変わらない。


 いや、厳密に言えば僕しかいないため、これはこれで非日常だが。


 息を大きく吸って、


「僕のワクワクと感動を返せぇぇぇ!」


 生まれて初めて、目一杯大声で叫んだ。案外気持ちの良いものだと分かった。


 流石に大声で叫んだだけあって、別の教室の先生達が集まってきた。


 今日は、退屈とは程遠い、印象に残る一日だと強く確信した。











 ―――――――――――――――――――――――――――










「暑い中、グラウンドに出てサッカーとか怠いな」


 滴る汗がだくだくと流れて止まらない。このまま、冷たい水を被ったら、どれだけ気持ちがいいだろうか。


「笹原先生、僕らに死ねって言いたいのかな」


 遠目から、ボディービルダーのような引き締まった体つきで、黒光りする体育教員の肌を見て、より一層夏を感じた。


「さあな。ていうか、顔色悪いが大丈夫か?」


「平気。そっちも心配してられないんじゃないの?」


 僕の体調を杉本が心配してきた。


「まさか。俺は、お前よりも頑丈だよ」


 バスケ部員らしい体つきをしている杉本は、ごつい胸板を叩きながら僕に返してきた。


「ふうん、言ってくれるね」


 僕の体つきは、高校生と言われるよりも中学生と言われるような細めの体だ。友達によく揶揄われた。


「そう言えばさ」


「うん?」


()()()()は、今どうしてんのかな」


 あいつら……僕が、一年の時のクラスメイト達の事だ。


 行方不明者として、警察が捜索をしていたが、見つからずに捜索は打ち切りになったらしい。


 それはそうだ。目の前で、転移していったのだから。


 僕にも、警察の取り調べが行われたが、誰も信じてはくれなかった。


 だが、杉本は真剣に僕の話を聞いてくれた。本当いい奴だと思う。


 ……今から丁度半年くらい前になる。あの時からの生まれた疑問が、ずっと僕の中で渦巻いている。


 どうして、()()()()()()()()()()のか。


 ……考えても仕方がない。取り敢えず、体育の授業場所に行くとしよう。


 そう思って、踏み出そうとした矢先、突然視界が暗闇に覆われた。


 どうやら、立ち眩みのようだ。少ししたら治るだろう。









 ―――――――――――――――――――――――――――



「クソッ! ここまで分かったのに、俺たちの世界の座標が分からねーと帰れねえのかよ!」


 異世界から転移してきて、優秀な魔術の才能を見せつけた小池が、頭を抱えるのに十分な問題にぶち当たった。


「魔王を倒しただけじゃ帰れないの?!」


「魔王城に帰還魔術があるって話じゃない!」


 笹木、水川が行き場のない怒りと共に小池を非難した。


「しょうがねえだろ! この魔術は『座標』を入れて初めて帰還できるんだよ! 俺らの世界の座標なんて誰が分かるんだ!」


「召喚してきた王様に聞けばいいんじゃないかな?」


 圧倒的な剣の才能で、魔王を倒した三守が意見を出した。


「召喚魔術は、座標関係なく異世界から、力を持った人材を引き寄せる魔術なんだ! だから王様に聞いたって分かりゃしねえよ!」


 そして、どの異世界の座標から人材を引き取ったかの経歴すら無いと言う。


 八方塞がりである。


「そんな……」


 重たい空気が彼らから流れる。


「五年も費やして帰れないなんて……」


 顔に絶望を浮かべながら笹木が言った。


 皆が諦めかけていたその時であった。


「座標が……書かれている?」


 小池は、怪訝そうな顔で魔術式を見た。


 誰も触っていないのに、書かれている座標。けれど、小池には、これが元の世界の座標であると確信していた。












 ―――――――――――――――――――――――――――









 夢を見ていた気分だ。それも、五年もかけて魔王を倒す夢。


 だけど、妙に詳細まで覚えている。そのことに違和感を感じた。


 僕は基本的には夢を見ない方だ。見たとしても、しょうもない夢が大半を占める。


 こんなファンタジーな夢を見るとは、精神的に来ているのだろうか。


 半年前に消えたクラスメイト達のことをまだ引きずっているのだろうか。


 そういえば、さっきの夢で出てきた人物がクラスメイト達に似ている気がする。


 しかし、ここはどこだろうか。辺りは真っ暗で何も見えない。


 やがて、少しだが、光が差し込んできた。その光に手を伸ばして……


「おい、大丈夫か?」


 僕の顔を覗き込む杉本が、ドアップで視界に写った。


「やらなきゃならない事がある」


 衝動的に言ってしまった。僕だって何をすべきか分からないと言うのに。


「いきなり倒れて、起きた奴の言葉がそれか」


 頭でも打ったんじゃないか。そう聞かれたが、今の僕は形状し難い使命感に囚われていた。


「ごめん、大丈夫だから」


 僕は彼の体を押し除け、教室棟に向かった。

 一年三組……異世界転移が起きた場所へ。


 そこに行けば、何か分かるかも知れないから。


「俺も行く。倒れた奴が心配だからな」


 相変わらず優しい奴だ。僕は首を縦に振り、一年三組の教室へ向かった。












 ―――――――――――――――――――――――――――















 教室には、当時の魔法陣がそのまま残ってた。


 僕は、その魔法陣の中心に立った。そして、すべき事を理解した。


 両腕を前に突き出し、目を瞑る。


 口から謎の言語が飛び出してきた。息を呑む音が聞こえた。僕なのか、杉本なのかどっちなのかは分からない。


 自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てくる。間違った感じもない。これで良いんだ。


 そうして、口から出てきた言葉が止まると、()()が欲して止まない物の名前を告げた。


「『座標』」


 そう。僕の役目はこれだった。転移に無縁な理由もこれだった。僕は、()()の道標だったのだ。


 足元にあった魔法陣が、眩い光を放った。


 あの時の光と同じだ。そう確信した。間違いない。彼らは帰ってきたのだ。五年と言う月日をかけて。


 僕は、笑顔で半年ぶり……いや、五年ぶりに再開した学友に向かって


「おかえり」


 とだけ返した。


「ただいま」


 英雄達の帰還である。





 

お読みいただきありがとうございます。


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