存在ドッキリ
「テッテレー! 実はこれまでのあなたの人生……全部ドッキリでした〜!」
20歳の誕生日。バイト帰りに突然目の前に現れたテレビタレントが、満面の笑みで僕にそう告げてきた。それから大勢のテレビクルーが姿を現し、僕たちの周りを取り囲む。音声スタッフは真上からロケ撮影用の細長いマイクで僕の声を拾おうとしていて、カメラマンは真剣な表情で僕の顔へカメラを向けていた。タレントだけがただ一人、にやにやと不敵な笑みを浮かべながら僕の反応を楽しんでいた。
「いいねぇ、そのリアクション! その困惑げな表情、頑張って20年間ドッキリをかけてきた甲斐があるよ! さてさて、ネタバラシをされた今の心境はどんな感じなのかな?」
「すいません……。状況がよくわかんないんですけど。僕のこれまでの人生がドッキリってどういうことですか?」
「どういう意味もなにもそのままの意味だよ。ドッキリは知ってるよね?」
「え、はい。バラエティ番組とかでよくやってる、ターゲットを騙してその反応を楽しむってやつですよね」
「そうそう。で、今回のドッキリ企画では君がターゲットになっていて、今までの人生、いや存在そのものをずっと騙し続けてきたってわけ」
タレントが手に持っていたプラカードを左右へ揺らしながら教えてくれる。
「君は今、自分が一人の人間として現実に存在していると信じちゃってるよね? でも、本当は君は存在してないし、産まれてもない。君がお父さんとお母さんだと信じてる人たちも全部番組側で用意した仕掛け人で、君があたかも自分が一人の人間として存在するって信じるようにみんなで騙してたの。で、その様子を隠しカメラで二十年間、こっそり撮影してきたってわけ。存在しないものに対してドッキリをかけるなんて前代未聞だったから、すごく大変だったんだよ」
僕はふと視線を落とし、自分の両手を見てみた。先ほどまで確かにはっきりと輪郭を持っていた自分の両手は、色が薄くなり、うっすらと透けているような気がした。
「自分の存在がドッキリだったとして、ネタバラシされたらどうなっちゃうんですか?」
「ドッキリが終わって、嘘がなくなるだけだよ。つまり、君はそもそも存在していなかったんだから、元通り消えて無くなってしまう」
彼の言葉を聞きながら、自分の思考や感覚が少しずつ失われていくことがわかった。自分の存在自体が嘘だったことは驚くべきことではあった。しかしその一方で、友達も恋人もいない、誰からも注目されることのない、影の薄い自分の人生を思い返し、ああ、そういうことだったのかと妙に納得してしまう自分もいた。
「最後に聞いておきたいことある?」
「正直そんな大した人生じゃなかったと思うんですが、視聴率とか大丈夫ですか?」
「そこは編集でなんとでもなるから、気にしなくていいよ」
身体の透明度が強くなっていく。その変化に気が付いた番組ディレクターが、『ターゲットが消えちゃう前に早く合言葉!』と汚い字で書かれたカンペで指示を出しているのが見えた。
「それじゃあ時間もないので、カメラに向かってあの言葉を一緒に言ってくれるかな。あの赤いランプがついてるカメラの方を向いて!」
タレントが僕と肩を組み、無理矢理僕の顔をカメラへ向けさせる。その間も、僕のあらゆる感覚が失われ、意識にうっすらともやがかかっていく。自分と外界を分ける境界線が薄れていき、僕の存在が背景へと溶けていく。
「じゃあ、いくよ。せーの」
消えいく意識の中で、僕をドッキリにかけたテレビタレントの楽しげな声が聞こえくる。
「ドッキリ! 大成功〜!!」