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アンネローゼの従者




 アンネローゼの従者と名乗った男は、立ち姿も美しく堂々としていた。

 

 『アンネローゼの従者』はこの国で有名だ。

 アンネローゼがスラムや孤児院から引き取って育てた、アンネローゼの従僕。

 彼らは不遇な境遇から救い出され、王族に仕えても遜色ないほどに優れた教養と所作を身に着けた者達だ。

 アンネローゼの優しさと気高さの象徴。

 絶対的な忠誠をアンネローゼに誓う彼らは、見出された幸運に奢らず、常に身を律し、アンネローゼに仕えるに足る存在になるため、日々励む。

 その華麗な転身と献身は、人々の憧れと称賛を浴びた。


 初めて見たその存在に、僕は息を詰めた。

 柔らかな物腰なのに、アンネローゼに似た雰囲気が僕を緊張させる。


「そんなに身構えないでください、王子殿下。お嬢は貴方を嫌っていませんでしたよ。寧ろ将来有望だと、貴方の成長を楽しみにしていました」

「…………っふぇぁっ? アンネローゼがっ楽しみっ……?」


 予想だにしない言葉に、変な声が出る。

 ヘタレな僕に、アンネローゼが楽しみにする要素なんかあるわけないのに。

 動揺で頬が紅潮する僕を、従者は不思議そうに見る。


「はい。殿下は原石だと仰っておりました。望めば何にでもなれる期待の成長株だと」


 あまりに過大な評価に僕は絶句する。

 そんな僕を面白そうに眺めると、男は雰囲気を変えた。


「陛下。先ほどの幾つかの奇妙な出来事において、私達も明確な答えを持っているわけではございません。ただ、お嬢の言葉から類推するだけですが、それでも宜しいでしょうか」


 うむ、と父は国王の顔になり、頷いた。


「まず、先程の婚約破棄の件ですが、お嬢は少なくとも三年以上前から予見しておられました。ただ、聞いていた内容と実際は違っておりましたが」


 さらりと爆弾発言をかます男に、皆が息を飲む。


「そ、れは、学園に入学する前からか?」

「はい。ですからお嬢は入学を回避し、私を学園に潜入させたのです」


 陛下の問いにも動じず、涼しい顔で男は述べる。


「お嬢は言いました。私は学園を卒業する時のパーティで断罪される。殿下の成長によって、修道院行きや国外追放、最悪処刑もありうる。それを回避する手伝いをして欲しい、と」


 あまりの内容に、頭が追い付かない。

 断罪? 処刑? 何を言っているのだ?


「お嬢はこうも言いました。自分が学園に通わない以上、断罪が起こる可能性は五分五分である。だから三年かけて『強制力』を検証したい、と。陛下、不思議に思いませんでしたか? 一昨年前、北東の辺境の町で流行り始めた疫病が直ぐに終息した事を。先年では、西の森で起きた魔獣のスタンピードが、直ぐに騎士団によって鎮圧できた幸運を。あれは全て予見したお嬢が采配していたのです。冒険者ギルドの依頼のついでに疫病に効く薬草の群生地を確認しておいたり、スタンピードが起きる時を狙って、魔獣討伐訓練のスケジュールを組んだり」


 父も宰相も、唖然とした顔で声も出ない。

 男は息を吐くと、サイドボードに置いてある茶器を手に取り、お茶を注ぐと一気に飲み干した。

 あれだけ喋れば喉も乾くだろうな、とどこか現実逃避した頭で感想を抱く。


「疫病が発生した町では、事前に公衆衛生や病気の予防を働きかけていました。しかし、いつの間にか町中に病が広がり、感染源の特定にも至りませんでした。スタンピードも、予め周辺の魔獣を間引いておけば起きないだろうと討伐訓練を入れたのですが、どこからともなく現れた魔獣に引き起こされました」


「────ちょっと待ってくれ。情報に頭が追い付かない」


 父の静止に、男は口を閉じ、優雅に礼を取る。


「アンネローゼ嬢は予見していたと」

「はい」

「彼女は未来が分かるのか」

「いいえ」

「では、予見とは何なのだ」


 父の問いに、男は僅かに首を傾げる。


「お嬢が言うには、予知や予言の類ではないそうで……夢のようなものだと。この世界の夢のような曖昧な意識が、時折現実に重なることがあるのだと。正直、私は半分も言っている意味が分かりませんが、正夢のようなものだと理解しています」

「…………正夢…………」


 腑に落ちぬ、と顔を顰める大人たちを前にしても、男は飄々とした姿勢を崩さない。


「お嬢の予見も、当たったり外れたりで絶対ではありません。比較的大きな出来事は当たりやすいようですが、日常の出来事や個人的な出来事は、ほぼ当たりません。ですので、お嬢は常に備えておいででした。何も起こらないことを前提に、予見した出来事が起きても困らないように。お嬢の言を元に我々がサポートをしていたのです」


 驚きの告白を続ける男は、表情を正すと僕を真っすぐに見つめた。


「殿下は穏便に婚約の解消を願ったんですね? でもお嬢は婚約破棄と受け取りました。なぜなら、この日、お嬢は悪役令嬢として婚約破棄から断罪されると仰っていましたから」


 僕は口を開くも、言葉が出てこない。

 言葉もない僕に代わり、父が疑問を口にする。


「……何故、アンネローゼ嬢は卒業パーティに出席したのだ。回避を考えなかったのか」


 アンネローゼの従者は肩を竦めた。


「私はこの一年、お嬢と連絡を取っておりませんので確かなことは分かりかねますが、ご自分の行動の結果を見定めたかったのではないでしょうか。本日のパーティが、お嬢の夢の最後だと聞いておりましたので。ただ、我々はアンネローゼ様の従者。主の命に従うのが我々の役割でございます」


 丁寧にお辞儀をし、にこりと微笑む男。


「それに、この学園はかなり特殊な状態でした」

「特殊……」


 誰ともなく呟かれた言葉に、男は頷く。


「先ほど皆様が話されていた奇妙な出来事の数々。それは、そちらのリリアン嬢が学園にいらしてから顕著になりました」


 男の言葉に、皆の視線がリリアンに向く。リリアンは蒼褪めて、ふるふると首を振った。


「あぁ、大丈夫です。貴女が何かしたわけではないのは存じております。そもそもお嬢の予見では、貴女は三年前に学園に入学しているのです。そして三年の学園生活の中で、親しくなられた方と共に行動し、様々な行動を起こし、共に大きな成長を遂げる予定でした」


 僕とリリーは顔を見合わせる。

 僕は何も成長していない。自信が無くて弱いままだ。リリーも、明るくて元気で強くて優しくて、心も見た目も出会った時から変わった気がしない。


「私は事前に貴女の特徴を教えられ、三年間、この学園を観察することを命じられました。最初の二年は該当者もなく、学園の様子を仲間を通してお嬢に知らせていました。しかし、三年目にリリアン嬢が入学し、殿下と出会った辺りから、仲間と連絡が取れなくなりました。すれ違いや事故、偶然の出来事などに妨害されるのです」


 男は、パーティ会場で久しぶりにお嬢を見たと嬉しそうに笑う。


「そうしている内に、お嬢から教えられていた出来事、所謂虐めですが、リリアン嬢に起こるようになりました。お嬢の所為にされるのは、聞いていた通りです。リリアン嬢の存在やこれらの出来事をお嬢に知らせようとしましたが、できないまま今日を迎えてしまったのは『強制力』としか言えないような奇妙な現象でしょう?」


 男はにこやかに微笑んだまま話を続ける。


「情報が遮断され、まるで陸の孤島のようでした。それを誰も不思議に思わない。人の思惑も感情も、何かに導かれているような感覚がありました。実に不思議な話です。私がお嬢に連絡を取れていれば、事態は変わったのかも知れません。しかし出来なかった以上、今日の出来事は成るべくしてなった結果なのでしょう」


 軽い口調で結論付けると、男は丁寧に礼をした。

 

「私の話は以上です。最後にリリアン嬢、質問を一つ宜しいでしょうか?」


 緊張に震えながら頷くリリアンに、男はくすりと笑った。


「大した質問ではありませんよ。……貴女は愛されワンコ押しですか?」


 室内に沈黙が落ちた。

 リリアンを筆頭に、首を捻る。言葉の意味を探ろうと、各々が頭を巡らせているのが見て取れて、アンネローゼの従者は満足そうに頷いた。


「有難うございます。十分にお答えいただきました。それでは私は主の元に戻らねばなりませんので、これで失礼させていただきます」


 背を向ける男に、国王が慌てて声を掛ける。


「待て! 主とはアンネ……いや、我々も、其方の主に会いたいのだが、口を利いて貰えるのだろうか?」

「それは……そうですね。主次第ですが……今日の事は包み隠さず報告させて頂きます。私見で恐縮ですが、悪いことにはならないかと」


 爽やかな笑顔に、王は居住まいを正す。


「其方の後を付けるような無粋な真似はしない。我々は何時でも話し合いに応じる用意があると、其方の主にお伝え願えないだろうか」

「確かに、承りました」


 鋭い眼光を和らげて男が頷く。

 ふと、男は王子に目を向けた。


「殿下。お嬢は、自分を育成することを楽しんでいました。そして、殿下がリリアン嬢と出会い、どのように成長されるかも本当に楽しみにしていました。殿下がリリアン嬢と出会ってまだ一年です。三年かけて成長するのであれば、まだ、殿下が望めば、なりたい自分になれるのではないですか?」


 男はにこりと笑むと、今度こそ執務室から出ていった。

 その背中を見送り、王と宰相は深く息を吐いた。


「……戻ってくると思うか?」

「……望みは薄いでしょうな」

「だが、懇意にはしておきたい」

「逸材すぎますからなぁ」


 ぼやく大人の前で、若き少年少女たちが息を殺して沙汰を待つ。

 その様子に気付いた王が、宰相を横目で見る。宰相は眉間に皺を寄せた。


「本件については、既に王が王命を下してしまいましたし、憶測や不確定な話で簡単に処断するわけには参りません。当面、其方たちは謹慎し、我々の命令に従うように。命が欲しければ、下手な行動は慎むことです。良いですな?」


 宰相の言葉に、アンネローゼの言葉が蘇る。

 子供たちは、白い顔で神妙に頷いたのだった。





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