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炎上案件の対処法



「まずは王命についてだが──。不可解な現状を鑑みて、アンネローゼ嬢の提案に乗ることが国益になると判断した」

「ただし、本件が終わったわけでは無い。無かったことにもならぬ。これから学園と生徒に対して事実確認を行い、不当な行いには処罰を下すこともあろう。其方たちは嘘偽りなく、正直に答えるように。下手な保身は身を滅ぼすと理解しなさい」


 国王、そして宰相の言葉に、子供たちは顔を強張らせ、背をぴしりと伸ばした。

 それを見て、王は鷹揚に頷く。そして他の子息同様に固まっている僕に目を向けた。


「久しいな、シャルル」


 困ったように、父は微笑んだ。

 言われて僕も、父と話すことは久しぶりだと気付いた。

 

 何時からだろう。両親と話さなくなったのは。

 学園に入ってから……特に三年になってからは、ほぼ学園内で過ごし、学園内で完結していた。

 学園は、自立を促すために原則寮住まいで、王族も例外ではない。自治性も高く、外部からの干渉を良しとしない。

 言わば、小さな国家なのだ。

 

 とはいえ、王子としての仕事で学園を出ることも多いし、両親とも顔を合わせている。

 だが会話はいつも、挨拶と通り一遍の報告だけだ。プライベートな会話をした覚えは無い。

 

 僕は両親を尊敬しているし、両親の愛情を疑ったことはない。

 それなのに、悩みはおろか日常会話までしてこなかったなんて。

 

 目を見張る僕に、父は頷く。


「其方の護衛騎士と会場に向かう間に、詳細な報告を受けた。その時、驚いたのだよ。お前のことが何一つ分からない自分にな」


 宰相とも話し、学園での出来事も何も知らないことに驚いたと、父は苦い顔をする。


「お前がアンネローゼ嬢との婚約解消を望んでいたなど、考えもしなかった。お前はこの国のたった一人の王子だぞ? それなのに、何一つ報告が上がってこなかった。それに私たちは疑問を持たなかった。奇妙なほどに」


 宰相も、眉間に皺を寄せている。


「それに、アンネローゼ嬢の用意周到さだ。まるで、何かが起こることを予見していたような準備と振舞いだ。お前たちは事前に打ち合わせてあの茶番を起こしたのか?」


 問われて、僕は息を飲む。

 ずっと彼女に圧倒され、主導権を握られて、全く頭が働いていなかった。


「まさか! 彼女に連絡する伝手は僕には無かった。彼女とは碌に話したこともないのです。あの、卒業パーティが唯一、彼女と話ができるチャンスでした」


 そう。彼女とは何一つ接点が無かった。婚約者なのに。

 改めて奇妙な思いが沸き上がる。

 

 ずっと避けていたから当然だと思っていたが、普通の貴族でも苦手だからと完全に社交しないなんて有り得ない。

 王子とその婚約者であれば、どれだけ不仲でも、周りが動く。不仲であればあるほど、仲を取り持つために顔を合わせる機会を作るはずだ。

 王族も貴族も立場がある。

 どれ程意に沿わないことでも、気持ちを飲み込む。その上で関係性を構築する教育を受ける。

 僕たちは、特別不仲だったわけじゃない。僕が一方的に苦手意識を持っていただけだ。彼女は完璧な令嬢で、僕に不敬な態度を取る筈がない。僕たちの関係は、何も育っていない。始まってもいなかった。


「僕は王に向いていない。彼女は僕よりも王に相応しい者の隣で、彼女の能力を生かすべきだと思ったのです。寧ろ彼女自身が女王となって、この国を導く未来もあると思いました。だから、彼女と婚約解消をして僕は王籍を抜けようと思ったのです。僕に兄弟はいないから、簡単に了承されないでしょう。ですから、彼女に協力して貰いたいと話をするつもりだったのです……」


 彼女に告げる筈だった思いを、父と宰相に告げる。

 二人はとても驚いた顔をした。僕の友人も驚愕の表情で目を見開いている。

 リリーだけは、事前に気持ちを伝えていたため、目を伏せて下を向いていた。


「お前がそんな事を考えていたとは……」


 父が項垂れた。

 宰相が厳しい顔で僕に訊ねてくる。


「それは、そこのご令嬢が関係しているのですかな」


 僕は、隣に座るリリーの手をぎゅっと握った。誤解を促す行為だけど、僕には勇気が必要だった。


「僕が全て考え、一人で結論を出しました。彼女はリリアン・クローザー男爵令嬢です。まだ貴族の世界と関係の薄い彼女に、僕は何度も救われました。彼女はただ……自信が無くて情けない僕に寄添い、支えてくれていただけです」


 口ごもりかけたが、彼女の温もりを力に言い切った。

 無能で情けない自分を晒しても、リリーを守りたいと思った。


「僕の考えは否定されると分かっていました。だから、貴族の考えに囚われないリリアン嬢に話して決意を固めたかったのです。彼女はただ、僕の話を聞いてくれました。平民になると言う僕を否定せず、態度も変えませんでした。それだけです。僕の我儘に彼女は────関係ありません!」


 真っすぐに宰相を見据えて言い切った。

 本当は彼女と供にある未来を望んだけれど……リリーに迷惑がかかるなら諦めるしかない。

 父が顎を撫でながら、僕に問う。


「そこの娘を愛しく思うなら、側妃にすれば良かろう?」


 え、バレてる?

 僕の気持ち駄々洩れ?

 一応王太子教育を受けてるのに、感情を隠せないとかダメじゃん!

 

 狼狽える僕に、父はにやにやしながら追い打ちをかける。


「息子とこういう話をしてみたかったんだよなぁ。アンネローゼ嬢が相手では想像できなかったが、なるほど。こういうのも良いのぉ」

「……陛下、話がズレております」


 深い溜息と共に、額を手で覆った宰相が父を嗜める。


「父上……私も側妃の事は考えました。しかし、彼女をその立場へ置いて、幸せにする未来が私には描けませんでした。リリアン嬢を愛することで彼女に悪意が向けられたら……彼女を守る手立てを思いつかなかったのです」

「確かに、一理あるのぅ」


 アンネローゼは崇拝されている。リリアンの存在をアンネローゼへの侮辱と捉え、悪意ある行動に出る者がいないとも限らない。

 男には分からない女の闇は、想像するだに恐ろしい。


「事実、学園でもリリアン嬢は嫌がらせを受けていました」

「ほぅ?」

「最初は彼女の出自と身分から、貴族に不慣れな彼女を虐げていました。それを見かけた我々生徒会が間に入りましたが、それが気に入らなかったのか、その後も言葉や態度、それに身体的な嫌がらせが続いたのです」


 教科書をボロボロにされたり、服を切られたり、身体を押されて転ばされたり、水をかけられたり。

 外傷に残らず、誰がやったか分からないような陰険な虐めは繰り返された。

 これ以上見ていられず、学園内の規律を乱すわけにはいかないと、リリーを生徒会預かりにした。

 忠言を装って不満を述べる輩には、大事な子息令息を預かる学園内で、生徒が傷つけられることはあってはならないと、正論をぶつけた。

 リリアン嬢への処遇が不満であれば、暴言や器物破損、身体への暴力を行った者、行為を煽った者、見逃した者すべてを処罰する。

 こちらでも、嫌がらせの現場は何度も押さえている。

 リリアン嬢は貴族に疎く、身バレはしないと思ったか?

 嫌がらせを行う者は、アンネローゼの名を口にしていた。我が婚約者殿が、一生徒を苛めるように指示していたとは思えないが、これだけ問題になった以上、問い質さなくてはならないだろう。

 このように、正論と恫喝を含めて言い返した。

 それからリリーは腫れ物扱いになって落ち着いたが……より巧妙化した悪意は、度々リリーを苛んだ。

 

 子供の社会でこれなのだ。

 王宮内でどのように扱われるか、想像に難くない。

 

「加害者は、何度もアンネローゼ嬢の名前を口にしました。アンネローゼ嬢は子供社会に波風を立てるような人では無いですし、彼女の過密スケジュールを見ても、そんな余裕も意味もありません。なのに、何故か我々は彼女が首謀者だと思い込みました。私は有り得ないと知りつつも、否定をしなかった……」


 隣で、友人たちが項垂れる。

 彼らはアンネローゼ嬢に憤っていた。優秀な彼らなら、アンネローゼが無関係だと直ぐに分かるはずなのに。

 思い返せば、色々とおかしい。

 まるで何かに煽られるように、悪意はリリーに向き、全てはアンネローゼからの悪意のように装われていた。


「そのようなことが学園で起こっていたとは、全く知らなかった」


 生徒間で解決する問題であっても、報告は上がっていなくてはならない。

 誰がどう動いたか。それが今後の子息子女への評価基準になるからだ。

 そもそも。


「アンネローゼ嬢のスケジュールに、お前と過ごす時間は一切組み込まれなかった。それに違和感を覚えず良しとしたのは何故だ?」

「アンネローゼ嬢は学園に近づくことがありませんでした。籍はあるのだから顔を出しても良かったのに、しなかったのは何故でしょう」

「憶測ですが……アンネローゼ嬢が婚約破棄をしたかったのでしょうか。僕が婚約解消を言い出した時、彼女はすぐに受け入れました。そして、立場として許されないから自分は死ぬと。今日の事は全て、アンネローゼ嬢の筋書きだったのではないでしょうか」


 虐めを切っ掛けにリリーと出会ったのも、思いを通わせたのも、全て彼女の思惑だったのだろうか?

 そう思い至って身体が震えた。


「違いますよ。お嬢はそれを『強制力』と呼んでいました」


 突然、室内に見知らぬ男の声が響いた。

 卒業パーティでの給仕服を纏った男が、扉から最奥の窓の前に立っている。

 男は、優雅な所作で礼をした。


「私はアンネローゼ様の従者です。皆様のお話を拝聴し、お嬢の言葉をお伝えすることに致します。信じるかどうかは皆様次第ですが、聞くだけ聞いてみませんか?」


 にっこりと笑った男は、暗に、僕たちの話を最初から聞いていたと柔らかな口調で告げた。

 いつからいたのか、どこにいたのか、全く男の存在に気付かなかった僕らは、あっけにとられたまま頷いた。

 

 『アンネローゼの従者』

 

 この言葉だけで、聞かないという選択は無かった。

 

 

 


国家の中枢にいた人間が逃げ出したというのに、国王も宰相も余裕ですね。

全年齢向けの平和な世界、かつ、アンネローゼを信頼している、ということにしておきましょう。

人それを『ご都合主義』という。

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