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圧倒的な断罪

二か月ほど、深く濃厚な仕事という沼に沈んでいたら、小説の書き方を完全に忘れました。

仕方ないので、何でもいいから書いてみた。です。


仕事脳で書き始めたせいか、詳細設計的説明文を駆逐することができませんでした。

説明文を読むのがお嫌いな方は、お戻りくださるのが賢明です。



「すっ、すまない、アンネローゼ。私と……婚約を解消して貰えないだろうか…っ」


 尻尾を足の間に挟み込み主人を伺うワンコの様相で、必死に言葉を紡ぐ王子殿下に、私はそっと溜息をを飲み込んだ。



◇◇◇



 私の記憶を信用するなら、ここは乙女ゲームの世界。

 事故とか病気とか関係なく、自我の目覚めと共に、徐々に前世の記憶を思い出していった。

 それは不思議と現実に溶け込み、どちらも自然に私の記憶となって馴染んだ。

 その記憶が私を、所謂、前世の記憶を持った転生者の悪役令嬢だと告げてくる。

 

 最初は漠然と。

 しかし、次第に私は『この世界を知っている』ことに気付き。

 そして6歳で、この国の第一王子と婚約が結ばれた時には、ほぼ確信を持つに至った。

 この世界は、職場の同僚がハマっていた乙女ゲームの世界観そのものだった。

 

 ドハマりしていた同僚に毎日のように話を聞かされ、布教プレイに巻き込まれたお陰で、ゲームシステムと世界観は大体覚えている。

 貴族が通う学園で、ヒロインが三年かけて攻略対象たちを『育成』する乙女ゲーム。

 愛されワンコ系で庇護欲を刺激してくる王子も、育成次第では俺様になったり、屈強な騎士王子や妖艶な執着王子になったりする。

 一粒が何度も美味しいとコアなファンがついたゲーム、なのだそうだ。ソースは同僚。


 兎に角イベントが多く、しかも同時多発的に起きるため、一度で全てプレイすることは不可能。

 更にイベントの方向性も多岐に渡り、学園もの、探偵もの、商会経営、冒険者、発掘、スローライフ等々盛りだくさん。強制イベント、通常イベント、派生イベントとイベント種別も様々で、全貌を把握するのに攻略職人が奮闘していたらしい。

 しかもイベントクリアで、攻略対象のアバターを変更するアイテムが手に入るので、攻略対象の容姿も無限。

 布教プレイを強いられたとはいえ、イベントに参加するもしないも自由で、行動によって攻略対象の性格が変わっていくのは面白かった。

 魔獣と戦ったり、デートしたり、事件を解決したり……。

 冒険者登録をして、攻略対象と一緒にギルドでパーティを組んでクエストに参加したり。

 討伐や採取で手に入れた素材を売ったり商品を作ったり、牧場を買って牛を放牧したり。

 結局、アレコレ雑多なイベントに手を出した挙句、何とも中途半端な王子を育ててしまって、同僚に怒られたのは良い思い出だ。


 そして、最大の懸案である悪役令嬢について。

 おまけと揶揄されていたエンディングには、何故か先々で絡んでくる悪役令嬢の断罪イベントがあった。

 身分差なんて無きに等しい、恋愛よりも育成に重きを置いたほのぼのゆる~い世界観のゲームだったけど、ここだけはテンプレだった。

 真実の愛に断罪され、攻略対象の育成次第で修道院行きや国外追放、最悪死刑。

 ごった煮ゲーム感が一番現れている《迷》シーンだと同僚は言っていた。同意。

 

 この世界が、似ているだけでゲームとは関係ないのなら問題ないが、ゲームと関りがあり、強制力とやらが働いたら?

 その時、私は何ができるだろう?

 自分の周りの人々がNPCに見えないし、何より私は生きているけれど。

 まぁ、あまりゲームに囚われず、かといってまさかの事態に対応できるように情報収集と対策を講じながら、遂に卒業パーティという名の断罪パーティに臨んで冒頭の台詞に至るのだった。



◇◇◇



「殿下。それは国王陛下とトワイライト公爵家に了承を得ているお話でしょうか」


 あー、ゲームの強制力来ちゃったかー。

 

 残念な展開に内心溜息を吐きながらも、周囲の貴族子息に聞こえるように尋ねる。

 間違いなく独断でしょうね。公爵家に話があれば、私はこの場にいない。

 案の定、王子は唇を噛み締めてプルプルしている。

 

 えーっと、愛されワンコの断罪エンドは修道院行きだったっけ。

 

 命を取られるわけではないが、自由が無いのは厳しい。さて、どう回避しようか。なんて用意した選択肢は一つだけれども。

 沈黙する王子に張り付くヒロインが声を上げる。

 

「アンネローゼ様! 殿下を解放してあげてください! お願いします!」


 目に涙を溜めて、悲壮な表情で叫ぶ迫真のヒロインに、良くやるなー、ヒロインには演技力チートが標準装備されるのかーと感心する。


「……殿下の隣にいる貴女は誰?」


 ヒロインさんですよね。でも名前を知らないんですよ。さーせん。

 心の内で軽く謝りつつも、小首を傾げて困惑している体で聞いてみる。王太子妃教育で演技力ついてるかしら?

 ヒロインは顔を赤らめて、より王子に引っ付いた。

 取巻き共が憤慨したように声を上げる。


「さんざんリリーに嫌がらせをしておいて、今更何を言う!」

「こんな性格の悪い女は殿下に相応しくありません!」


 おおーっ!テンプレ乙!やっぱり私が苛めたことになってる!

 自作自演か、私の偽物がやったのか、はたまた悪のフィクサーか。

 だがこれで、彼らは王子の側近として、全く能力が無いと周知したことになった。もう国政には関われまい。

 

 実は私、学園に籍を置いていたけれど、全く通っていないのよ。つーか、近付いたこともない。

 入学前に、王太子妃教育の終わりが見えていた私は、学園の学力レベルを知りたいと陛下に上奏した。そして三年分の学力テストを受け、全て履修済の認定を受けたのだ。

 学園で学ぶことって中学レベル。それほど恋愛にもゲームにも関心が無かった私には、時間が勿体ないとしか思えなかった。

 なので、学園長の認定書と自作の活動計画書を手に、陛下にプレゼンした。

 国の為、王子を支える為に、様々な活動をさせて欲しい。自由で多少の失敗は許される今のうちに、色々なことにチャレンジしたい。経験を積ませて欲しい。……なんて建前と共に。

 私の作成した資料を片手に、陛下は終始驚いていたけど許して下さった。

 どころか日を改めて、陛下と王妃様と宰相様、騎士団長や各要職の大臣達と共に、活動計画書を策定し直した。

 おかげで、非常に密で濃い三年間を過ごさせて頂いた。ご令嬢を苛める暇なんて無いほどに。

 いやー、何でもありありな緩い世界最高!


 この辺の情報は、仔細まで知らずとも貴族ならば知っているはずだ。

 国の事業に関わることも多かったし、冒険者登録をしてクエストしながら国外視察とかしてたし、騎士団と魔獣討伐もした。

 兎に角派手にやりたい放題していた過密スケジュールな私の活動が耳に入らない訳がない。それに、私には必ず国の役人や護衛が付いていた。

 常に人目に晒され、学園に近付いてもいない私が、どう嫌がらせをするというのだ。ヒロイン苛めを信じた時点で、そいつに未来は無い。

 

 私を貶す取り巻きの坊ちゃんたちと涙目の令嬢の小芝居を、パーティの参加者たちは冷ややかに眺める。

 いつまで茶番に付き合わなくてはいけないのだろう。

 思案を巡らせていると、ワンコが口を開いた。


「すまない。君がリリアン嬢に嫌がらせをしたとは思っていない。きっと何か行き違いがあったと思うんだ」


 チワワのようにプルプルうるうるする王子。

 純粋で素直で、自分に自信が無くて、正直国王になれるんだろうかこの子、と心配だった王子がどのように成長するのか楽しみだったのだが、全く変わらない姿に脱力する。

 ゲームでは、王子はヒロインに育成される。もしかして育成して貰えなかった? ヒロインはワンコ押し?

 でも、この現実の世界では、セルフ育成できるんですよ?

 現に私、自分を育成しまくりましたよ?


「殿下。婚約破棄は殿下の御意思でしょうか」

「………………うん」


 小さく頷く王子に、私は微笑んだ。ざわりと場が騒めく。


「そうなのですね。では……私は殿下の御意思に従います」

「アンネローゼ……」


 眉を下げる王子と、喜色を浮かべるヒロインの対比がすごい。

 そんなに感情を露わにして大丈夫かと窘めたくなるが、私には関係ない話だと思い直す。


「けして、アンネローゼが悪いわけじゃないんだ。寧ろ問題は私にある……君は素晴らしすぎるんだ。私には勿体なさすぎて……私は君に相応しくない。君に相応しい人は他にいると思うんだ」


 申し訳なさそうに、身を縮めて、もしょもしょ喋るワンコ。じゃなかった、王子。

 えー…………次期国王間違いない王子が相応しくないですか。褒め殺しですか? そうですか。


 確かに、王子のことを考えず、色々とやり過ぎたかもしれません。

 ワンコ王子を見ると、前世の同僚に申し訳ない気持ちになるので、ちょっと避けていたのは認めます。

 セルフ育成が楽しすぎて、夢中になりすぎたかな~という思いも正直あります。

 育成後の王子なら、同僚に気兼ねなくお付き合いができるかもしれない。どうせ政略だし。などとも思っておりました。

 どんどんと積み増される活動計画に嬉々として取り組んで、王子との交流を完全に疎かにしていました。

 確かに。

 婚約者として、寄り添い支える立場として、私は失格でしたね。

 王子の言葉に、私の心が決まりました。


「過分なお言葉をどう受け止めてよいのか……。殿下のお心に沿えなかった私が悪いのですわ。殿下は何も悪くありません」


 きっぱりと言い切り、王子が口を開くより前に、言葉を発する。


「それでは殿下のお心に沿うために、私の最後のお願いを聞いて下さい」


 王子はきょとんとした。ヒロインと取巻きは眉を寄せる。

 皆、私が何を言うのか興味津々だ。


「今、私は次期国王となられる殿下から婚約破棄をされました。もう私は貴族社会にはいられません。殿下から不興を買った私を妻に望む者はいないでしょうし、トワイライト家としても、醜聞を引き起こした私を処分するでしょう。良くて修道院行き。恐らく私は、数日後に急な病で死ぬでしょう。父に叱責され、人々に嗤われ、惨めな思いをしながら死ぬのは私の矜持が許せません。何卒、今、この場で、私の首を刎ねて頂けないでしょうか」


 断罪に備えて結い上げずにいた長い黒髪を手で寄せ、白い首筋を見せる。

 その場に跪いた私に、場が静まり返った。


「な、何を……アンネローゼ……」


 狼狽え震える王子に向かって、私は柔らかな笑みを浮かべる。


「我がトワイライト家に家族の情はありません。使えるか、使えないか、それだけです。婚約破棄された女に価値などありません。それに……今私を殺しておかないと大変ですよ? 正式な婚約破棄と新たな婚約を結ぶには、それなりに時間がかかります。その間に殿下の取り巻きの皆様方が無事でいられる保証はありません。父なら間違いなく、手続きを長引かせ、その間に処分するでしょうね。そして、私に代わる令嬢を殿下にあてがおうとするはずです。……殿下が愛された方が無残に命を散らすのを見るのは忍びないのです。一時は殿下をお支えし、国の為に生きようと王太子妃教育も終えた私です。私の命一つで国が収まるのならば、様々な教育を施してくれた国王陛下と妃殿下への御恩返しにもなるかと。殿下、どうか私にご慈悲を」


 頭を垂れた私を中心に、場が凍る。


 愛され王子の治世を盤石にするために交わされた婚約だ。

 トワイライト家は、地位、政治力、財力、外交力、全てを備えた大貴族の筆頭である。そして貴族らしい一族であり、常に政略で動くことは知られている。

 陛下に止められなければガチで殺る、止められてもバレないように殺るリアルさが、信憑性マシマシである。

 非情なトワイライト家。

 『王子の婚約者』という肩書しか興味のない父母……グッジョブ。


 完全に広間の空気が変わった。

 王子は絶句し、ヒロインと取巻きは蒼褪め、周囲を囲む貴族子息は冷たい眼差しで王子たちを見つめる。

 え、婚約破棄後をシミュレーションしなかったの? どんだけお花畑なの?


「殿下に剣を取れとは申しません。そこにいる近衛騎士に命じれば良いのです。『この者の首を刎ねろ』と」


 騎士たちはビクリと身体を震わせ、後ずさった。この三年、共に剣を振り、同じ釜の飯を食った仲間たちだ。

 王子を守る最後の盾になるべく鍛錬したわね。国を民を守るため、一緒に魔獣討伐もしたわね。

 汗に塗れ、切磋琢磨した輝かしき日々。

 嬉々として切り掛かられたら泣いちゃうところでした。


「お優しい殿下が命令できないなら、ヒロ……殿下に愛された貴女が私を切っても良いのですよ? 殿下と共に生きるということは、この国の国母になるということ。殿下の為に手を汚す覚悟くらいあるのでしょう?」


 ふー危ない。ヒロインって言いそうになっちゃった。名前はなんだろう? ま、どうでもいいか。

 見た感じ、人に媚びるしか能が無さそうだけど、騎士の剣を振るえるかしら。

 ヒロインに水を向けてみたら、案の定、真っ青な顔でガタガタ震えるだけだ。殺らなきゃ殺られるって教えてあげたばかりなのに。大丈夫かしら。

 

 取り巻きにも目を向けてみるが、視線を逸らせてガタガタ震えている。情けない。

 自分が仕出かしたことのケツくらい持てや!と一喝したいところだが、私はわざとらしく溜息を吐いた。


「どなたも私を断罪して下さらないのですね。仕方ありません」


 私は()()を使い、一番近い騎士の懐に入り込む。そして剣を奪うと一瞬で間合いを取った。

 抜き身の剣を自分に向ける。

 ぽかんとしていた人々が、漸く私の行いを理解して悲鳴を上げる。


「……アンネ……!!」


 掠れた王子の声が聞こえたような気がしたが、私は気にせず剣の刃で、空色──殿下の瞳と同じ色──のドレスを一気に切り裂いた。


 悲鳴があちこちで上がる。しかし、私は余裕の笑顔で切り裂いたドレスを床に放り投げた。

 ドレスの下に纏うのは、身体にぴったりとした黒のシャツ、乗馬用のズボンにブーツ。

 悪役令嬢の完璧ボディは、コルセットを付けなくてもドレスを纏うのに支障はないのだ。

 

 身体の線があからさまなはしたない姿。

 けれども気にしない。この世界(貴族社会)に未練はない。寧ろ、重くて窮屈な衣装から解放されて気分が上がる。

 

 全てを捨てて自由になる準備はあと一つ。

 背中に下ろした髪を無造作に掴み、剣で断ち切る。

 そして、見せつけるようにドレスの上にゆっくりとばら撒いた。


「アンネローゼ・トワイライトは死にました。この遺髪を持って、国王陛下とトワイライト家にお届け下さい」


 唖然とした視線を受け止め、私は人生で最後となるであろうカーテシーを完璧に決めた。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 嫣然と微笑み、人々が正気に戻る前に大股で広間から脱出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 広間から出た私を待ち構えていた従者が私に外套を被せる。門の近くに隠してある馬まで走り、用意していた緊急出動の要請書を門衛に渡し、王都を駆け抜ける。

 この世界に魔法は無い。前世のような遠隔への通信手段も無い。初動で出し抜ければ、勝利は確定だ。

 

 広間では、様々な情報を提供した。どう動くのが最善か迷わせるために。

 下手に動けば誰かが死ぬ。そう思わせられていれば、動きも鈍るはず。ゲームは全年齢対象だけあってほのぼのしてたから。

 ……悪役令嬢への塩対応以外はね! だから私もシビアな対応を取らないと。だって強制力との戦いよ? あぁもう、運営にクレーム入れたい!

 

 この件の後始末については、誰を損切りするかは彼らで決めて貰いましょう。

 このまま隣国に出奔し、国外追放ルートに乗れば、きっとゲームは終わるでしょう。

 王妃ルートは消えた。ならば前世の夢を叶えたい。

 

「お嬢! お疲れでした!」


 従者が笑顔で労ってくれる。


「お嬢の言ったとおりになりましたね」

「残念なことにね。でも、寧ろ良かったかもしれないわ」


 晴れやかな私の口調に、馬で並走する彼も嬉しそうに笑う。


「お嬢が首を差し出した時はドキドキしましたよ~」

「大袈裟ね!」


 馬を疾走させながら、私は大きく口を開けて笑う。

 死ぬ気なんて端から無い。

 

 前世では、幼い頃から古武術を習っていた。そこから人体構造に興味が出て理学療法士の資格を取得した。

 大学病院のリハビリテーション科で働きつつ、武道も続けた。整体師の人たちとも交流し、独立開業も視野に一念発起。バイトに切り替えて夜学に通い、柔道整復師の資格も取得した。

 人の身体を癒すも壊すも紙一重。

 古武術だけでなく合気道や太極拳を皮切りに様々な武術に触れ、身体の使い方や動きの理解を深めた。

 ゆったりとした健康体操に見えて、全ての動きに人を殺傷するための意味が含まれていたり、武術は奥深く面白い。

 

 前世を思い出してから、私は毎日鍛錬に励んだ。

 基本スペックが高い悪役令嬢ボディはとても良く応えてくれた。

 騎士の剣も学んだ。様々な知識も貪欲に学んだ。

 

 両親は政略に明け暮れ、王子と婚約を成立させた後、私に興味を失ったのも幸いした。

 家令は私に同情的で、色々と融通してくれた。

 お願い──スラムや孤児院から子供を引き取り、従者や侍女教育をするのを許して貰い、有望な者を引き取っては弟子にして鍛えた。

 心優しいお嬢様の慈善活動なんかではない。

 もしも断罪されたら、この世界で自由に生きる力を得るためだ。

 

「騎士に力では勝てなくても、無力化する方法ならいくらでもあるでしょ」

「お嬢がどうにかなるなんて思ってませんよ。白くて細い首筋にドキドキです!」

「ばっか! セクハラ!」


 従者の冗談に大きな笑い声を上げて、不要になった淑女の皮を投げ捨てる。

 窮屈なドレスを脱ぎ、髪を切り、身分を捨て、ただの人になった。この軽さ、開放感!

 望まれれば、王子妃として役目を全うするのも吝かではなかったが、やはり自由はいい。断罪されて良かった!

 

 馬を乗り潰さないよう、要所要所で私の従者たちが馬を用意して待ってくれている。


「お嬢! やっぱり断罪されたんっすね!」

「お嬢を手放すとかアホでしょ」


 皆、気安く声をかけてくる。大切な弟子であり、信頼できる仲間だ。

 

「おかげで自由よ! 皆も自由よ!」

「俺はお嬢に付いていきますからね!」

「後で合流しますから! 勝手にどっか行かないで下さいよ!!」


 魔獣討伐や隣国の視察の傍ら、こっそりと移住の基盤を作った。

 報酬の高いクエストを受け、高価な素材を手に入れては金策し、弟子に拠点の準備をさせた。断罪が無ければ別荘として使うつもりで。

 だが、今後はそこを拠点に冒険者で食い扶持を稼ぎ、いずれは治療院を開きたいと思っている。


 婚約破棄されるかもしれない。

 

 これほど国王夫妻や国の重鎮たちと密に過ごした三年間を経て、婚約破棄から断罪が行われる可能性を伝えた時。

 彼らは誰一人笑うことなく真剣に、どうしたら良いかと聞いてくれた。────私を思う彼らの目を見て泣きそうになった。

 私を信じ、私の為に動いてくれる皆のために、私は皆と一緒に幸せになる!

 

 一昼夜駆け続け、漸く国境線に辿り着いた時、空が白み始めた。

 アンネローゼは死んだ。

 これから私はアンナとして新しい人生を生きる。

 

 隣国で作った冒険者カードを優しく撫で、国境門へ向かう。

 難なく通り抜け、私は空を見上げた。

 黒い山の稜線が黄金に縁どられ空が徐々に青くなっていく。

 早朝の、凛と冷えた空気が肌に心地良い。

 

 ああ、良い天気になりそうだ!

 

 付き従ってくれる従者に笑顔を向け、馬を走らせる。

 館で待ってくれている仲間の元に向かって────

 




本当は、短編予定でこれだけで終わりのつもりでした。

でも、書き終わってみてヒデェと。

大人が全力で子供を潰す様は後味が悪すぎて、王子視点とその後の後始末まで書くことにしました。


ビジネスだと、解雇が予想される場合、外に伝手や協力者を作って転職に動くのが普通だし、独立開業を目指していたらコミュニティの大切さや人材育成の必要性も十分聞いている筈。

そんな感覚で、金と権力を最大限に利用して、世界を知らない子供に全力を出したらアカンでしょ。

でも、主人公は脳筋で残念な人なのです。

さて、ヘタレワンコの逆襲はなるでしょうか?

(あ、本当に主人公は悪役令嬢なのかもしれません。王子にとって)

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