ボロアパート28
「そうさ。死んだらみんな上へ行くもんだ。」
お婆さんは当たり前のように言う。
「それは、天国に行くみたいな事ですか?」
お母さんは戸惑って聞いた。
「ま、そんなところさ。さぁ、いつまでもいるもんじゃない。二人まとめて送ってやるから。」
「え?まとめて送るって…。いきなり過ぎて何がなんだか…。」
「ここにいても何も出来ないし、むしろ危ないって言ってんだよ。生まれ変われなくなるよ。」
「いやいやいや!全然理解出来ないです。どういう事ですか?」
はぁ。とお婆さんが深いため息を吐く。
「仕方ないね。納得してないと残っちまうかもしれないしね。話してやるから、聞いたらさっさと行くんだよ?」
「わ、わかりました。」
ひとまずいきなり何処かへ行く心配はなくなったみたいだ。
大家さんの家へ案内される。
裏に住んでるのは知ってたけど、玄関までしか知らない。
古い平屋建ての家は、埃っぽい古い家ならではの何かが染み付いた匂いがした。
「そこへ座んな。お茶ぐらい入れてやりたいが、あんた達は飲めないしね。少し待ってておくれ。」
居間へ通されて、茜を抱っこして座る。
「えへへ。お膝の上、嬉しいなぁ。」
茜がはしゃぐ。しーっと指に手を当てる。
茜はしゅんとして「はぁい。」と小さく答えた。
頭を静かに撫でてやると安心したのかすぐに寝息をたて始めた。クスッと笑い、抱きしめてやる。
ずっとこうしてやりたかった。良かった。
「待たせちゃってすまないね。」
お婆さんが古いアルバムを持ってきた。
「これは15年くらい前に撮ったものさ。」
1枚の写真を取り出して見せてくれた。
「あれ?この子…。」
麻世ちゃんにそっくりな子が写っている。
「そう。アレが生きてる頃の写真だ。」
「生きてる頃って…やっぱりあの子も?」
「そうだ。…だいぶ前に死んでる。」
お婆さんは、そう言って下を向く。
「…あの子は、昔このアパートに住んでたんだよ。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。両親とあの子と三人でね。ただ、父親が母親と子供に手をあげる男で…あの子だけが虐待で死んでしまった。」
「え…そんな…。」
「当時は今ほど誰も気に留めなかった。結局、事故として処理された。」
「母親は何も言わなかったんですか?」
「言わなかったんじゃない。たぶん言えなかったんだろう。暴力で支配された人間は、簡単に恐怖からは逃れられないもんなんだよ。」
「じゃあ、あの子が言ってたのは父親の事…?」
その時、お婆さんが顔をしかめた。