楓夕の単語の覚え方
「…………」
警戒心MAX状態の楓夕が、今俺の目の前に座っている。
それにしてもあの耳が赤くなるというのは警戒色だったりするのだろうか、いやまあそんなこと訊いたら吹き飛ばされるから絶対に言わないけども。
「えーとそれじゃあまずは――」
「脱出する為に英単語を覚えるのですね」
「いやそういう要素はないんですけど」
というかそこに警戒するならそもそも来なければ良かったのではと思わなくもないが、楓夕が俺の部屋に来るなんて何気に小学生以来の話で、普通に嬉しいことではあったので黙っておく。
「因みに楓夕前回の小テストは何点だったんだ?」
「28点ですね、貴様は確か29点などと舐め腐った点数を取っていたが」
「それを高い点数という意味で舐め腐っていると思われてるのが怖えよ」
「それで私の数学の点数に勝ったと思うなよ」
いや言ってねえよ、と言いかけるがこのままでは間違いなく不毛な争いでしかないのでさっさと話を戻してしまおう、今重要なのはそれではない。
「取り敢えず直近の目標は赤点回避だな、となると小テストの出題範囲は単語問題が半分以上を占めてる、今回の出題範囲は100単語くらいか」
「その中からキーワードとなる単語を見つけ出し並べ替えるのですね」
「アナグラムの話はしてないんですよ」
いかん、完全に脱出ゲーム思考から脱出出来ていない、早くそうではないということを示さなければ。
「ええと……あーuglyかぁ、前回覚えたのに分からなかったんだよなこれ」
「はあ。醜い、不快な、という意味だったと思いますが」
「え? 楓夕は分かったのか? どうやって覚えたんだ?」
「? ええまあ、貴様が人様から奪った金品を醜悪な顔しながら『ugly』と言っている姿を思い浮かべて覚えました」
「何でそこは俺なんですかね……」
そんな犯罪者面した覚えはねえわ。
ふむ……しかし成程、場面をイメージして覚える方法なのか。
「じゃあmiserableはどうだ?」
「悲惨な、哀れな。――貴様が奪った金品が警察に見つかり、逮捕された時に悲愴な顔をして『miserable』と言っているイメージですね」
「話が繋がってやがる……」
つまり一つの物語を作ってそこに当てはまる単語を付け加えているということなのか、要領が良い方法なのか怪しいが他の話も聞いてみたくなってくる。
「cowardだと何をイメージして覚えたとかはあるのか?」
「臆病者ですか。貴様がゴキブリを見つけた時に逃げ回っている姿ですかね」
「ノンフィクションじゃねえか……」
というのも俺は昔から虫の類はあまり得意ではなく、中でもゴキブリとの相性は最悪なのだ。一度だけ楓夕の前で逃げ惑った記憶はあるしそれと繋げたのか。
まさかこんな所で黒歴史が役に立つとは……嬉しいやら悲しいやら。
「しかしその覚え方で忘れていないなら小テストの結果はもっといい筈だと思うんだけどな、少なくとも半分は取れている筈だろ」
「何でも繋げられる訳ではないですから、そんな甘い話ではありません」
「なら今作って覚えてみようぜ、そうだなぁ……じゃあfavorとかどうだ『好意』って意味だが何か繋げられないか?」
「好意……そうですね、貴様に好意があるとか…………は?」
「なるほど、確かにそれはベターな覚え方――――え?」
決してそんなつもりで言った訳じゃなかったのだが、楓夕が平然と吐き出した爆弾発言にお互い一瞬にして思考が停止する。
「え、えっと、それは……」
「い、ifの話に決まっているだろう! は、早く次の単語をだせ!」
「あ、そ、そうだよな! え、ええとじゃあaffectionならどうだ?」
「あ、affection……? な!? あ、愛情だと!?」
「えっ!? だ、駄目だったか……?」
「い、いやそういうことでは……く、くうう……」
ただ単語を覚えるだけの筈なのに楓夕は耳を真っ赤に感情を顕にし、対する俺はそんな彼女にしどろもどろという奇妙な状態に陥ってしまう。
ま、まあね、正直ifだとしても俺は結構嬉しかったりするんだけども、しかし今はそれどころではない、何とか軌道修正をしなければ……!
「わ、分かった! じゃあこれだ! triumphなら大丈夫だろう!」
「triumph……? ……貴様に……大勝利する……」
「ああそうだ……その気持ちで明日のテストも頑張るとしようぜ……」
「そ、そうだな……貴様にしては……いい事を言いました……」
何故俺達は単語を覚えるだけでここまで疲れ果てているのだろう……。
しかしこれ以上続けるのは危険と判断した俺達は、結局早々に勉強会を打ち切ってしまったのであった。
ただ俺からアタックせねばならない所を事故とはいえ楓夕に言わせようとしてしまうとは……これで変な悪影響が出なければいいけど――
と思っていたのだが。
次の日楓夕はテストで自己最高の72点を取ったのだった、何でだ。