馬鹿が揃うと阿呆になる
「…………まずい」
俺は手元にある小テストの点数を見て軽く硬直していた。
というのも俺は基本的に数学というのが苦手なのである。
高校1年の時までは苦手、という程でもなかったのだが、ベクトルへの理解が及ばず脳みそが崩壊、以後数学そのものに苦手意識が生まれたのだ。
「24点は流石に良くないなぁ……だって赤点だしな……」
このままでは期末考査も非常に芳しくない成績になるだろう、流石にどうにかせねばならんが、自慢じゃないが俺は塾講師も匙を投げる理解力なのだ。
「いや他教科まで点数悪いとかじゃないんだけどね、でもこれは……」
「おい貴様」
そうやってブツブツと悩みのタネを吐き出していると、そんな俺の前をふわりと黒い影が覆いかぶさる。
これが悪魔なら俺は天才と引き換えに毎夕食苦手なグリーンピースを混入される契約を結んでもいいのだが、無論そんな筈はない。
「おう楓夕」
「今回の小テストの結果は如何だったでしょうか、まあ当然ながら許嫁として恥のない点数を取っていることかと思いますが――――ふっ」
あいも変わらず無表情を極める彼女であったが、何かに気づいたのか突如ふっと小さく広角を上げる。
楓夕が笑うなど非常に珍しい事態だ、ま、まさか――?
「よくそんな点数を机の上に広げてられますね」
「そうだろうと思ったよ」
「せめてその2を弄って8にしたらどうですか、見栄えだけは良くなりますよ」
「そんな小学生みたいなことするか」
恥を上塗りすることで体裁は整うんだから奇妙な話ではあるけども、この歳でそれをしたら可愛い奴だ、では済まなくなるから……。
「というかそこまで言うなら楓夕はどうなんだよ」
「26ですが何か」
「そう言うと思っていたよ」
この見た目からすると楓夕は勉強も出来るタイプと思われがちだが、実は勉学レベルにおいては俺と然程大差はないのである。
ただ頭の回転だけは恐ろしく早いので、ここで俺が26、楓夕が24だったとしても何故か俺の点数が低いことになっていただろう、解せん。
「それにしても24点とは……呆れてしまいますね、一度脳みそを解剖して貰って遺伝子レベルからの改革をすることを推奨致します」
「26相手にそこまで言われることある?」
「2点差というのは絶対に超えることの出来ない大きな壁なのです。98点と100点なら称賛されるのは後者、違いますか?」
「どっちも赤点という壁を超えてないんですけど」
しかし楓夕にしては珍しくご機嫌さを表面に現している――最近の小テストの結果は俺の方が良い時が多かったからなのか、まあ両者赤点だけど。
でもご機嫌な楓夕は可愛いなぁ。
「だが――私とて悪魔ではない、この絶望的な2点差を埋めることは許嫁として急務であることには違いないのだ――故に勉強会をしなければいけません」
「まあ勉強はな……って、ん? 『会』? 俺と、楓夕が?」
「それ以外に何があると思っているのですか」
……え? いや……それは……馬鹿が二人寄り合っているだけでは……?
俺と楓夕が寄って点数が上昇するのならそれは文殊ではなく錬金術の類、もしくはカンニング以外の何者でもないだろう。
どう足掻いてもその先にあるのは馬鹿が阿呆になるだけな気がするのだが……ん? でも待てよ――
「……いや、それは妙案だな」
「だろう、貴様の哀れな勉強能力を私がこの目でしかと見守って――」
「そういえば丁度明日英語の小テストがあったよな、なら早速今日俺の家で勉強会を開くとしよう、目指せ100点って奴だ」
「――……なに?」
今まで俺と楓夕で醜すぎる底辺の争いを繰り広げていたが、彼女の勉強に対する意欲を俺は甘くみていたのかもしれない。
つまり『楓夕を褒めて持ち上げ勉学向上を図ろう大作戦』実行すれば、楓夕の俺に対する印象は変化するし、同時に楓夕の成績も向上するという考え、まさに一石二鳥である。
――のだが、あれだけご機嫌だった楓夕の様子が少しおかしい。
「……どうした楓夕?」
「き……貴様の家で……するのか……?」
「え、まあそりゃ、それ以外の選択肢はないというか」
楓夕は許嫁のしきたりとして学校に残ったり寄り道をすることが殆ど出来ないし、楓夕の家だとあの面会室になってしまうし……。
それに俺の家の方が作戦を実行する上で都合が良いと思ったのだが……徐々に楓夕の耳が赤くなり始める。
「貴様と……二人きり……密室で……?」
「あの、別に深い意味は――いや、嫌というなら他に方法を――」
「――いや! いいだろう……やってやろうではないか、その許嫁脱出ゲームとやらをな!」
「そんなこと一言もいってないんですけど」
どう考えても変な方向に向かっているのだが、大丈夫だろうか……。




