好きと言ってみよう
「さて……今日は好きと伝えてみるとしようか」
といっても勿論直球ストレートの愛の告白ではない、そんなことを現段階でしてしまったら『早めに死ね』とか言われそうだし。
故に残念ながらライク寄りの好きという奴である。お前そういうとこ好きだわーとか自然に言うことで俺といる時間を少しでも気分良くして貰う算段だ。
まだまだ何一つ進歩していないが、徐々に強度は上げていかなければ、ジャブばかりでは良くないと俺は意気込むと、靴を履き玄関扉を開けた。
「いってきまーす」
「貴様如きが遅刻とは関心しませんね」
「お、楓夕おはよう――って、そんなに待たせたか?」
「限りある人生の中で私は今20秒も無駄にしたのですから当然です」
「意識高い系の実業家みたいなこと言うんですね」
絶対そんな上司の下でやっていける気がせんわ……まあそんなことを言っている人が上司どころか嫁になろうとしているんですけども。
とはいえ、楓夕が時間に厳しいのは今に始まった話でもない。
つまるところ頻繁に毒針は刺しては来るが、それは同時に自分にも厳しいという裏返しでもあるということ。第一彼女が朝から迎えに来るようになってから俺は遅刻なんて言葉とは無縁になったので寧ろ感謝すべき点は多いというべきだろう。
だから俺はそれ以上は何も言わずに玄関を出ると、楓夕は決して先導することはなく、いつものようにすっと俺の横へと並んで歩きだした。
「無駄話をしている時間が無駄なのでさっさと行きましょう」
「あいよ――それにしても、楓夕はいつもしっかりしているな」
「貴様が愚鈍なだけです、普通の人であれば誰でも出来ます」
「そんなことはないと思うがなぁ、でも楓夕がしっかりしてくれているお陰で俺はいつも助けて貰っているよ、ありがとな」
「……いつまでも私が口煩くしていても敵いませんから、いつかは自分で出来るようになって下さい、子供じゃあるまいので」
「でも楓夕が毎日来てくれるから彩りが出て華やいでいるんだけどなー」
「私は毎日が色褪せて枯れているのですが」
「そう言いつつも見捨てないでくれる所が好きだけどなぁ」
さあどうだ! 今のは楓夕の牙城に亀裂が入っただろう。
今のは自分でも中々上手く本音の中に好きというワードを混ぜ込むことが出来たと思い、視線をチラリと彼女の方へと送ってみる――
「……………………」
ええ……滅茶苦茶眉間に皺が寄っているんですが……。
何なら次にでるワードが「殺すぞ」であってもおかしくはない程度に渋い顔を見せつけられてしまっている。
せめて澄まし顔でいてくれればまだしも、睨み上げるような表情を取られては俺も圧倒されてしまいうまく言葉が出てこなくなってしまう。
「おい貴様」
「はい……なんでしょうか……」
「のぼせ上がるなよ」
「のぼせ」
「私はあくまで許嫁とやるべきことを粛々とこなしているだけです。ですがそれは貴様を甘やかすものではないということは努々お忘れにならぬよう」
いやワードセンスの癖が凄いな……幼少期の頃も大概知らない言葉を使われては論破された感に泣いていたものだったが、今は違う意味で泣きそう。
ふ――だがな楓夕よ、俺もそこそこ成長しているのだ、昔のように行くと思っていたらそうは問屋が卸さんぜ。
好きだったらその程度の言葉屁でもないということを教えてしんぜようではなか。
「でもよ、そうは言ってもいつも楓夕は色々やってくれてるだろ、俺はそれが許嫁としての範疇を超えていると思うんだ」
「それは貴様が無知なだけです。よく聞くでしょう、男が思っている以上に主婦は沢山の仕事があると、私はそれこなしているだけです」
「じゃあ最終的には自分でやって貰った方が助かると?」
「当たり前です。寧ろこのまま行けば貴様が社会人としてまともにやっていけるのか不安すら覚えているくらいなのですから」
「やっぱり気にかけてくれてるじゃないか、それが嬉しいと言っているんだけどなぁ」
「嬉しいのは結構ですが、気にかけずとも済む努力はして下さい」
まあ、そりゃ確かに至極真っ当な意見だ。当然ながら俺だって楓夕の優しさに甘えてばかりではいけないとは思っている。
ただ俺はあくまでいくら許嫁だからだとしても、それを全うしようとしてくれる楓夕が好きだと言いたかっただけなのだが……。
いや……でもよくよく考えてもみれば、やりたくもないことをしていてそれを褒められた所で嬉しいと思う人間などいるのだろうか。
ううむ……そう思うと、今のは失言だったかもしれない。
「ごめん楓夕、今のは俺が悪かった」
「分かってくれればいいのです、ですからもう少し主としての――」
「本当はやりたくもないことなのに、変なこと言っちまって……」
「いえ、私は好きでやっていますが」
「へ?」
「え? ――――――――!!!!」
次回は一旦楓夕視点で、内情が漏れ出す予定です。