恋の味
「うわ……すげえ……」
俺はその風景が視界に入った瞬間、思わず声が出てしまっていた。
夏休みも終盤へと差し掛かり、楓夕のお陰で宿題も例年の如くひーひー言わずに終えることのできたある日。
『安昼と行きたい所がある』
と、珍しく楓夕からデートに誘われた俺は、彼女に連れられるがまま電車に揺られ県を跨ぎとある公園に辿り着いていた。
無論公園といっても子供が遊ぶような小さな公園ではない、様々な施設が敷地内に建設されている巨大な公園である。
その一角の木々が生い茂ったエリア、普段は閉鎖されているそうなのだが――この時期だけ開放され、皆がある目的をもってここに集まる。
それは――
「少し人が多いのが気になるが、良いですね」
「……もしかしたら蛍を生で見るのって初めてかも」
しかもこんな大都市近郊で蛍を見られるなんて全く知らなかった。俺達の住む地域でも蛍がいると聞いたことはあったけど……。
「近場ではイベントとしてやっている所は無くてな――遠くまで連れてきてしまって申し訳なかった」
「いやいやそんなの全然気にしなくていいって。俺は楓夕が行きたい所なら何処だっていくつもりだったし」
「そうか。なら私も――安昼が行く所なら何処でも」
「それは信用してくれてるって意味?」
「信用していなかったら安昼を恋人には選ばない」
「それは幸せだなぁ――じゃあ」
「うん」
差し出した手のひらに楓夕は自分の手を重ねると、ギュッと握りしめてくれる――と思いきや。
「!! ――……」
「…………」
すっと隙間へ入り込んできた楓夕指が、俺の指を絡め取る――こ、これはまさか恋人繋ぎという奴なのでは……?
思いがけない楓夕の積極さに胸の鼓動が早まるが、雰囲気を台無しにしてはなるまいと、素知らぬ顔をしてそれを受け入れる。
「しかし……やはり思ったより少ないな」
「? そうなのか?」
「種類にもよるが、基本的に8月の下旬だとピークは過ぎているらしい。気候にも左右されるから今年はズレ込んではいたのだが……」
「そっか――でも俺は楓夕とデートが出来ることが一番だから、落ち込む必要なんて一切ないから」
「……ありがとう、安昼」
「俺は花より団子、蛍より楓夕ってことだな」
「何も上手いことは言ってないけどな」
そう言って笑ってくれた楓夕に俺は満足感を覚えると、同じ歩幅で手を繋ぎなら蛍狩りを楽しむ。
スポットライトも最小限に抑えられているお陰か、暗がりは多く人に見られている感覚もあまりない、これなら楓夕も恥ずかしくないだろう。
――と。
「わぁ……」
「おお……」
暫く林道を歩いた先の開けた場所で、二人して感嘆の声を漏らした。
「そうか、ここは池だから……」
「しかもスポットライトが無い、だからここに集まっていたのだな……」
暗闇の中で無数という言葉で足りない程の蛍光色が消えては光ったりを繰り返す、これを幻想的と呼ばずして何というのか。
それ程までに、美しい景色であることは間違いなかった。
「楓夕」
俺は通り道から少し外れた場所にあるベンチを指差し、座るよう提案する。楓夕は小さく頷いてくれるとそこに腰を下ろした。
「こんな良い所に連れてきてくれて、ありがとう」
「いえ。偶然とはいえ、この景色を見せられて私もほっとしている」
「でも、どうして急に誘ってくれたんだ? その――あんまり楓夕から行こうって誘われたことは無かったから……」
「え、えっと、それは――」
もしかしたら質問したらまずいことだったのか、彼女の握る手が少し強まった気がしたので俺はやっぱり今の話は止めようとしたのだが。
彼女は少し申し訳なさそうな顔をしてこう言ったのだった。
「実は……ちょっとだけ不安だったのだ」
「不安?」
「その……男というのは付き合うまでが一番楽しくて、付き合ってからは惰性だったりするんだろ?」
「…………ん?」
な、何だその偏った情報は……確かにそういうことを言う男もいるにはいるが、俺が楓夕にそんな感情など抱く筈がないというのに。
恐らく本かネットで妙な知識をつけてしまったのだろう。
しかしこれは……。
「そ、それに私は付き合ってからも素っ気ない部分があったし……だからもしかしたら安昼もそうかもしれないかと――」
「でもそうじゃなかったと?」
暗がりでも分かるくらい楓夕は顔を赤くして首を縦に降る。
「何なら日に日に悪化する勢いで私を好きでいてくれるから、そう思っていた自分が恥ずかしくなって、それで――――きゃっ!」
そんな彼女の様子に俺の中の楓夕可愛いゲージが振り切り思わず両腕を掴んでしまい、彼女は小さく声をあげる。
「あ、ご、ごめん……」
「い、いや……」
「…………」
「…………」
抑えきれない気持ち身を任せた結果気まずい空気が流れてしまう……。ああ畜生俺の馬鹿! いくら可愛い彼女だからって何をしていい訳でもないのに!
折角の雰囲気を台無しにしたことと、一挙に押し寄せてきた罪悪感に俺は慌てて掴んだ楓夕の腕を離そうとする。
――のだが、その前に楓夕が俺の腕を掴んだのだった。
「え……?」
「したいの……だろ?」
「いや、そ、そういうつもりでは――」
「構わない――ここなら人目にもつかないし、それに――私もしたい。私の中で安昼の好きな気持ちをもっと強くさせてくれ」
「ふ、楓夕――……いいんだな?」
「しないなら、次は死ぬまでないかもしれないぞ」
「それは嫌だなぁ」
「じゃあ」
「うん――――」
「――――」
○
こうして、俺の長いようで短い夏は終わりを告げたのだった。
控えめに言って、最高以外の言葉は見つからないだろう。
因みに味は、よく覚えていない。興奮し過ぎて。




