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水着楓夕が見たい

「つ、ついに買ってしまった……」


 私は一旦自分の家に戻ると、誰もいる筈もない部屋を何度か見渡してから手に持っていた紙袋を開けた。


「し、しかしな……」


 自分で買っておきながらそれを袋から出すのが躊躇われる――いや恥ずかしくて仕方がないというべきか。


「だがこれで喜んでくれるのなら……」


 私は自分の中でそう言い聞かせるとえいやとそれを取り出す。そしてそれが視界へと入った瞬間、自分の体温が上がるのが分かった。


「水着なんて何年ぶりだろうか……」


 元々インドア派の私は幼少期の頃でも海やプールに行くことは滅多になく、中学に入ってからは一度も着た記憶がなかった。


 それが自分のお金で、しかもこんなお洒落な花柄模様があしらわれた黒の三角ビキニを買うなど、どうかしている。


「…………」


 けども――以前花火を観に出掛けた際、私が家に眠っていた浴衣を着てきたら安昼はいたく喜んでくれていた。


「夏のイベントもあと少しだしな――うっ」


 そう呟きながら水着を身体に当てて鏡の前に立つと、服越しでも自分の水着姿がありありと浮かびあがり、少し萎えてしまいそうになる。


「何でこう……私は貧相なのか」


 母と同じ遺伝子とは思えないほど私はありとあらゆる部分が小さい。ああ、父方が確か小さい遺伝子だった気がするのでそちらで構成されているのか。


「いや……抗えない事実に文句を言っても仕方あるまい」


 私は自分にそう言い聞かせると、水着の入った紙袋と食材の入ったレジ袋を持ち自分の家を後にする。


 いつも通り安昼の家に行くだけだというのに、死ぬのではないかというくらい心臓の鼓動は高速で打ち続けていた。


       ○


「お、楓夕ふゆおかえり――!? そ、それは……!」


 俺はソファの上で仰向けになりながらだらけ倒していたのだが、リビングに入って来た彼女を見て飛び起きてしまっていた。


 だがそれも無理はない、何せ服越しとはいえ、楓夕ふゆが水着を身体に当ててリビングへと入ってきたのだから。


「や、安昼……ど、どうだ……?」


「可愛すぎて危うく襲いかかろうか悩みました」


「お前という奴は……」


 耳と頬を真っ赤にして口を尖らす楓夕ふゆであったが、しかし本当に可愛いのだから嘘を言ってもしょうがない。


 正直、水着楓夕ふゆは何としても見たいという思いはあったのだが、彼女は着てくれないと思っていたのである。


 というのも、そこまでのイベントとなると比較的インドアな彼女は嫌がるのではと思い、無理には誘えなかったのだ。


「でも一切の誇張抜きで可愛いし、滅茶苦茶似合ってるよ」


「だ、だが、私の体型的に似合わなくないか……? す、スタイルもお世辞にも良いとは言えないし……」


「んー……俺は楓夕ふゆの全てが好きだから、その楓夕ふゆが水着を着てくれているだけで最高でしかないんだけどなぁ」


「く……や、安昼がそう言うなら……」


 寧ろそういうコンプレックスを含めて一層可愛いまであるしな、まあそこは流石に口には出来ないけども。


「う~ん、それにしても楓夕ふゆの水着が見れるなんて何と幸せなことか……こうなるともう夏に思い残すことは無――」


「? どうした?」


 いや待てよ……水着楓夕ふゆを見れるのは良いが、それ即ちそれを披露する場所は海かプールということになる。


 無論それが当たり前ではあるし、楓夕ふゆとプールや海に繰り出したいという気持ちは大いにあるにはあるのだが……。


「可愛い水着姿の楓夕ふゆを他の男共の視線に晒させるだと……?」


「……は?」


「そ、そんなの厭らしい目で皆が楓夕ふゆを見るじゃないか!」


「お前が既に厭らしい目で見ているんだが」


「しかもこんなの絶対ナンパされるに決まってるだろ! そ、それは流石に……いやでも楓夕ふゆと海デートはしたいし……!」


「…………」


 くそ、どうすれば……いや違う、俺が楓夕ふゆを守りきればいいのか? 男たるもの愛すべき人も守れないようではこの先――


「ならいっそプライベートビーチを借りるのも――……あたっ!」


 そうやって真剣に考えている内に楓夕ふゆの接近に気づかなかった俺は、いきなりコツンと頭を叩かれはっとして我に帰る。


「安昼……お前は欲張りすぎだ」


「はっ――……ご、ご尤もでございます……」


 水着を着てくれるだけで幸せというのに、欲の皮が突っ張ってはまさに本末転倒――と流石に反省をしていたのだが。


 ――何やら少し恥ずかしそうにした彼女は、急にこう言うのだった。


「だ、だが」


「?」


「わ、私も安昼に見せたいのであって、他の人間に見せたい訳じゃない……そ、そもそも日焼けなどしたくないしな」


「え、そ、それは――」


「だから紗希さんに頼んで、学校のプールを利用させて貰うとしよう」


「!」


 実は俺達の高校は、屋上にプールが設置されている。


 つまり水泳部が利用していなければ、ほぼプライベートで泳ぐことが可能になるということに……!


 天才過ぎる楓夕ふゆの発想に軽く感動を覚えていると、そんな俺の様子に気づいた彼女は、イタズラっぽく笑ってこう口を開いた。


「――私達も、家以外で逢瀬を重ねる時間は必要だからな」


「おお……なんか…………エロいな」




「さて、捨てるかこの水着」


「ああ嘘です! いや嘘ではないんですけども!」

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