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可愛過ぎるのでハグがしたい

「……楓夕ふゆよ」


「なんだ」


「お抱きしめさせて頂けませんでしょうか」


「は?」


 猛暑が連日続く中、俺と楓夕ふゆはクーラーの効いた涼しい部屋で特に何かをするでもなく、のんびりと過ごしていた。


 幼馴染から許嫁へ、許嫁からカップルとなった俺達であったが、実のところを言うとそこまで劇的に関係が変わった訳でもないのである。


 それもまた一つの形だとは思うのだが……何というか……ね? もうちょっとカップル的なことをしたいというかね?


「安昼……こんな馬鹿みたく暑い日に何を言っている」


「でも俺の心はいつも猛暑日なんだけど」


「そうか熱中症か、今経口補水液を持ってきて――」


「違うんだ楓夕ふゆ! 俺はただハグがしたいだけなんだ!」


「何一つとして変わっていないのだが」


 うーむ、カップルになっていても相変わらずつれない態度だなぁ……まあそんな楓夕ふゆも可愛いけど。


 しかし実際問題、俺は楓夕ふゆと手を繋いだことしかない。それ以上の身体的密着がないというのは、やはりもどかしい気持ちにはなる。


「もっと言えば楓夕ふゆと接吻がしたいです」


「キ――! 安昼は何でもかんでも正直過ぎだ……」


「せめてフリだけでも! フリだけでもいいのでさせてくれないか!」


「お前、その流れでハグじゃなくてキスしようとしてるだろ」


「え――そ、ソンナコトハアリマセンヨ」


「今日の夕飯は青野菜のフルコースだな」


「ぐ――! ……そ、それでも楓夕ふゆが作ったものなら何でも美味い!」


 最近楓夕ふゆは俺の苦手な食べ物を熟知しだしてか、俺を脅す材料として青野菜を食わせようとする傾向が若干ある。


 だが残念……楓夕ふゆが作ったものならどんな苦手なものでも美味しい料理に変わるのだ! 自己暗示だけどな!


「あの、抱きしめる体以外のことはしませんので……そ、それに前提として楓夕ふゆが好きだから抱きしめたいだけであってですね……」


「…………はぁ」


 中々折れる様子を見せない俺に流石に呆れたのか、楓夕ふゆは小さく息を吐くとやっと視線こちらへと向けてくれる。


 耳が僅かに赤い、こ、これは――


「――別に私は駄目とは言っていない。恋仲ならそれくらいするだろうしな」


「お、おお……! ありがたき幸せ――」


「だが暑いのはウザいからフリだけだ」


「ぐう」


キスの出来ない生殺しならまだしも、ハグの出来ない生殺しは下手するとキスより地獄なのでは……? いやまあ俺が言い出したんだけども。


 しかしもうこの際体でもいい、楓夕ふゆを抱きしめ隊の進行は最早誰にも止めることは出来ないのだ!


「よし――じゃあまずは立て」


「え? あ、はい」


 そんな気分に悶々としてしまっていると、何故か楓夕ふゆに起立を命じられたので、俺はソファから立ち上がり彼女の方へと向き直る。


「そして跪け」


「へ? あの……ど、どういう……?」


「やらないのならハグはしてやらんぞ」


「いえ分かりました、早急にさせて頂きます」


 全く以て想定外の指令に俺は困惑しつつも膝をつく。この態勢は一体……楓夕ふゆは何を考えているのだろうか……?


「…………」


 俺と楓夕ふゆの身長差は20センチくらいはあるので、本来俺が楓夕ふゆを抱き込むような、そういう態勢になる筈なのだが……。


 しかし膝をついた状態では楓夕ふゆの方が高くなっている。あれ、もしかしてハグじゃなくて踏むの間違いかな?


「いや……それも悪くはないんだけどね……でもそれだと恋仲というよりはお嬢様と下僕の関係というか――むうっ」


 そうブツブツと呟きながら次の指令を待っていると――唐突に視界が真っ暗になり、そして温かい何かがそっと俺の頭を包み込んだではないか。


 こ、これはまさか――!


「安昼」


「ふ、ふぁい」


「私はお前を愛している」


「ほれも楓夕ふゆを愛していまふ」


「だ、だが、私は恥ずかしがり屋だ。だからその……あまりぐいぐい来られると安昼の希望にも自分自身にも応えられなくなるから――」


 え……いやいや、十分過ぎるどころか俺の彼女可愛過ぎませんか? 超絶怒涛に可愛過ぎて俺の方がどうにかなりそうなんですが?


「ふう――……! おい……あ、あまりこっちを見るな……」


 そして僅か10秒にも満たない時間で、ぱっと両手を離し解放されてしまった俺は楓夕ふゆに視線を送ると、彼女は頬を赤く染めてそう言う。


 はい、こんなの好きに決まってます。


楓夕ふゆ


「な、何だ……」


「可愛過ぎるのでキスさせて下さい」



「調子に乗るな」

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