遠回りをして、そして
「…………」
「…………」
俺と楓夕は机を挟んで面と向かって座り合っていた。
正直場所は家でいいのではと思ったのだが、やはり学生たる身分であるなら、一生に一度しかない学校がいいと教室を選んだ。
教室には俺と楓夕以外誰もいない、無論それも予定通り。
しかしこの形は二者面談感が強過ぎないだろうか……。
「それで――伝えたいことがあるという話でしたが」
「う、うむ……、家事もあるのに引き止めて申し訳ない」
「いえ」
楓夕はそう言うと特に不快そうな表情を出すこともなく、いつもと変わらぬ雰囲気を見せる。
俺も出来る限り平静を装っていたが、内心緊張で胸が張り裂けそうであり、中々本題へと入る勇気が生まれてこない。
仕方ない……少し遠目な話題から入って、徐々に近づけていこう。
「そ、そういえばもうこの生活も2ヶ月くらいは経ったか」
「? ……まあそれくらいは経ちましたか、早いものです」
「楓夕はどうだった? この生活は」
「そうですね、貴様のズボラ具合がより鮮明になった2ヶ月でしょうか」
「うぐ」
その点に関しては全く以て否定出来ないので俺はつい口籠ってしまう。
まあ特に朝は酷いもんだったからな……一日に何度楓夕にあれやこれやと言われ続けたことか。
「しかし――そんな貴様も見違えるほど変わりました。今は私が言わなくとも自分で色々出来るようになりましたし」
「何だか小学生っぽい感じでアレだが……でもホント楓夕のお陰だな」
「そんなことはない、貴様に真面目にしようという意志があったからです。駄目な奴は言われた所でいつまで経っても変わりません」
「じゃあやっぱり変えてくれた楓夕にお陰だ、ありがとう」
「…………」
実際楓夕と暮らすようになってから本当に変わったと思う、大人になってから損をしないようにという彼女の配慮で。
そういった人が隣にいたというのは、本当に幸運でしかない。
「後は――二人で何かする機会も大分増えたな」
「同じ屋根の下で暮らしているのですから当然かと思いますが」
「まあな、でも中学の頃ってちょっと疎遠になっていた気がしたから」
「中学は環境的にも精神的にも一つの転換期ですから仕方ありません」
まあ小学校の頃仲が良かった男女が中学になると一切関係が無くなるというのは別に不思議なことではないのかもしれない。
寧ろそれでも話はしていたし、他と比べれば良好であったくらいだろう。
「でもそう考えると楓夕は、どうしてそういう時期に入っても今まで通り接してくれていたんだ?」
「環境的にも精神的にも離れる理由がなかったからです」
「! ……なるほど、そりゃ嬉しい」
やっぱり、楓夕は最初からずっと、何も変わっていなかったのかもしれない、勘違いをしていたのは俺の方だったか――
「…………」
「…………」
ふいに静寂が流れる、それは――話を変える合図のように思えた。
「……実のことを言うとさ、楓夕は許嫁なんて絶対嫌だと思ってた」
「それはまたなにゆえに」
「いや単純に許嫁なんて古いしきたり過ぎるだろ? 楓夕に限った話じゃなくて親が勝手に決めた取り決めなんて誰でも嫌だと思うんだ」
「まあ、紗希さんのような例もありますからね」
「それにいくら幼馴染とはいえ、楓夕には何というか、愛のムチ的なものをよく受けていたし……」
「素直に毒舌と言えばいいものを」
楓夕は口を尖らせてそう言った気がするが、不快な表情は見せていない、寧ろ少し口角が上がっているようにも思える。
だから俺は構わず話を続ける。
「それで、というか、楓夕が許嫁の件を了承したと知った時、驚きもあったけど同時に不安も少しあった」
「だから――あのような真似をしていたと?」
どうやら一連の行動は楓夕には分かっていたらしい、まああそこまでのことは小学校の頃でもやった覚えがないしな……。
「そういうことになる……かな、でもそれだけじゃない」
「? と言いますと」
「許嫁だからって理由でそんなことはしないって意味」
今のは告白のつもりじゃないんだが、楓夕の耳がぱっと赤く染まる。
赤くなるのは怒っているからではなく、恥ずかしい証拠。なら問題ない。
「正直周りは楓夕を冷たいとか、素っ気ないとか言うけど、俺からすれば昔から楓夕は気が利くし、優しいし、可愛いし――挙げればキリがないけども、だから俺が言ってきたことに嘘は一つもない」
「全く……貴様ほど私をよく見ている人はいませんよ――ですが」
少したじろぎながらそう答える楓夕だったが、何やら居住まいを正すとこう口を開いた。
「実は――私も貴様が許婿を承諾するとは思っていませんでした」
「へ?」
思ってもいなかった楓夕の発言に、俺は変な声を上げてしまうが、そんな様子など気にせず彼女は話を続ける。
「単純な話です。貴様も理解しているように私は昔から毒を吐く人間ですから。特に貴様には、何百とそれを浴びせてきました」
「あー……まぁ……そこはね」
「まともな人間なら『可愛くないガキだ』と思い、そのまま離れていくものです。ですが貴様は決して挫けることはなかった」
……それは恐らく、楓夕の良い所を知っていたからからだろう。
だけどそれ以上に、そうやって楓夕から離れていく人を沢山見てきたから、自分が側にいようと思ったことが一番な気がする。
一人にさせちゃいけないという子供ながらの正義感とでも言うべきか。
「ですが当時はずっと、お人好しな奴くらいとしか思っていませんでした。しかし――優しい馬鹿なのだと、考え直すきっかけがあったのです」
「それは変わっているのか……?」
「以前、二人で人生ゲームをしたことがありましたね。その際貴様は仕返しで私から10万ドルを奪うことを拒んだ」
「ああ……それは昔空気を悪くしたことがあったから――」
「実はですね、その時私もその場にいたのです」
む……? そうだっただろうか、いや親戚の集まりだった筈だから楓夕がいたとしてもおかしくはないと思うが。
「貴様は雰囲気を悪くしたことばかりに記憶が残っているようですが――何故その時10万ドルを渡すことを嫌がったのか覚えていますか?」
「え? それは仕返しなんてルールで自分のお金を取られたくなくて――」
「違います。貴様はこう言ったのです『これは楓夕のだから』と」
「どういう……こと……?」
「つまり私は一番お金を持っていなかったのです。何なら借金生活だったのですが――ルール無用で私に充てようとしていたのですよ貴様は」
そりゃ……確かに優しい馬鹿としか言いようがない話である。そんなルールを作ってしまったら人生ゲームが崩壊である。
「ですけどそれをきっかけに私も――貴様は優しい男だとは思っていましたよ。ただ何度も言うように私はそれを素直に言えず、裏返してしまう人間です」
「だから……許婿なんてあり得ないと」
楓夕は小さく頷くことでそれを肯定した。
「だが許婚になってからも、貴様は何も変わらなかった。寧ろ悪化したとでも言うべきか――なら私もいつまでも裏返している場合ではありません」
「そっか……――あれ? ということは――」
俺がそれに気づいた途端、いつも憮然とした態度な彼女は口角を上げた――というより明確に微笑んでこう言ったのだった。
「私も許嫁だからって理由でそんなことはしないって意味です」
その言葉は、早く動き続けていた鼓動を大きく跳ねさせた。
そして同時に、明らかに自分でも分かる程に口角が上がってしまう。
「なのでその……なんと言いますか――……おい、何を笑っている」
「え? あ、ご、ごめん――いやそのさ、最初からずっと二人とも同じ気持ちだったのに、何でこんなに遠回りしたのかなって思って」
「! ……それは、私がちゃんと口にしなかったから――」
「いや、長い付き合いなのに、気づかなかった俺も悪いよ」
「いや私が」
「いやいや俺が――」
「…………ふふ」
「……ぷっ」
あれだけ自己主張の強い二人が、こんな時に限って謎の譲り合いを始めたことが妙におかしくて、二人してつい笑ってしまう。
だけど、それが俺の心を満たしてくれたのか、いつの間にか最初にあった緊張など、完全に消え去ってしまっていた。
うん……こんなにもお互いがお互いのことを想っているのなら、もうまどろっこしいことはナシでいいだろう。
俺はそう思うと少し姿勢を伸ばし、楓夕の方へと向き直る。
言葉は――自然と漏れ出していた。
「楓夕」
「なんですか」
「何があっても楓夕を幸せにしたいので、付き合って下さい」
「――こちらこそ、安昼の側にいさせて下さい」
随分と長い遠回りだったが、その時は一瞬だった。
それでも流石に色んな感情が俺の中を駆け巡る――その中で最初に吹き出したのは恥ずかしいという感情。
それはどうやら楓夕も同じだったらしく、いつの間にか耳だけでなく顔まで赤くなっていた。
「安昼も――耳が赤くなるんだな」
「え? マジで? まあでも――嬉しいから仕方ない」
「そうか……私も、凄く嬉しい」
「じゃあ」
「うん」
俺はすっと立ち上がると楓夕の隣に行き、照れながら手を差し伸べる。
楓夕はそれを見て小さく頷くと、きゅっと握りしめてくれた。
身体が熱いのは夏のせいなのか、それとも。
「――今日の夕食は、ハンバーグにしようか」
「それは大好物過ぎるな、絶対手伝わないと」
「では安昼にはハート型の成形を頼むとしよう」
「え、お、おう、任せておけ!」
「冗談ではないからな」




