今夜は星空が綺麗ですね
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。
大暴走する楓夕に引っ張られる形で、世界中の猫と触れ合い続けていると気づけば終了まで10分を切る時間に。
少し駆け足で楓夕と猫のキャラクターのコラボグッズを購入すると、『にゃんにゃん大作戦』後に科学館へと向かった。
「ふう……年甲斐もなくはしゃいでしまいました」
「でも可愛かったな、正直猫を飼いたいと思ってしまったぜ」
「いつか猫を飼える一軒家に引っ越したいものですね」
そうなれるように俺も頑張らないといけないなぁ……まあ今は楓夕との距離を縮めることの方が先だけども……。
そんなことをぼんやり思いながら電車を利用し辿り着いた科学館で、俺と楓夕は予約していたチケットで中へと入る。
「プラネタリウムって正直子供の時以来だったんだが、基本的にあまり変わっていないんだな、ただ、その――」
俺はチラリと楓夕の方へ視線を送る。
決して怒ってはいなかったが、僅かに身体が硬直したように……まあそれも無理もないだろう。
「リラクゼーションシートとは……」
何せ俺と楓夕が利用する座席はまるでベッドのような、二人がけで寝転んで見るスタイルのシートだったのだから。
無論ワザとではない、下心がないと言えば嘘になるけども……。
「まあ別に――気にする程のことでもないでしょう」
「え?」
「私と貴様は許嫁なのですから、何もおかしなことはありません」
そう言うと楓夕は荷物を脇に置いてゴロンとシートに寝っ転がる。
今のはシートを勘違いした俺への配慮だったのだろうか、それとも――
いや楓夕がそう言っているのだし、余計なことを考えるのは止めようと、俺は彼女の隣を位置取ると、一緒になって仰向けになる。
ベッドというよりは柔らかいクッションのような構造であり、中々心地が良い、これは寝落ちしないよう気をつけないと……。
「それにしても、私が星が好きだと、よく覚えていたな」
「ほら、昔は山にキャンプに行ったり、それこそプラネタリウムも見に行っただろ?その時に楓夕は喜んでたから」
「昔はそうでも今は違うかもしれないでしょう」
「でもニュースで宇宙の話題になるとちょっと前のめりになるし」
「貴様は……全く……」
なんて話をしている内に客席はあっという間に埋まり、開場告げるアナウンスが流れる、そこからはあっという間に星空の空間へ。
穏やかなBGMと共に流れる解説はあまり耳に入ってこなかったが、楓夕とこの空間にいること自体が重要なのでさして問題はない。
――なかったのだが、よく見ると楓夕の首がかくんかくんしている。
「……楓夕? 大丈夫か?」
「い、いえ……ね、寝ていません……連れてきて下さったのに、寝るなどという無礼千万な真似など……」
しかしこのままでは首が取れそうな勢いだ。普段大人しい楓夕があれだけはしゃいだんだ、しかもこの環境では眠くなるのも致し方ない。
「楓夕、寝ても大丈夫だから、疲れただろ」
「そんなことは――……も、申し訳ありません……」
最後まで抵抗する楓夕であったが、そう言われて力が抜けたのか、とんと俺の肩に頭を乗せ眠りについてしまった。
「おっと……まあこれは、幸運と考えるべきかな」
とはいえ、思い描いた形とはいつも違うのだが……、あくまで楓夕が楽しんでくれればそれが一番なのだ。
はしゃいで疲れて寝る楓夕など拝めるだけありがたいというもの。それで俺の肩に預けてくれるなら文句などある筈がない。
○
「――ん、あれは……」
そんな時間もあっという間に終わりを告げ、後は帰宅するだけとなった時、俺は出口に向かう一組の男女を見てさっと身を隠した。
「もしかして二宮さんと……噂の彼氏?」
「ん……どうかしたのですか」
目をこすりながら起き上がった楓夕は俺の反応に気づいたのか、そっと覗き込むようにして俺と同じ方を見る。
笑顔で手を繋ぎ歩く二人は何故だか妙に眩しく、本当にデートをしているのだという気持ちにさせられるが、隠れた理由はバレたくなかったからではない。
何というか……二宮さんには楓夕と結婚したいなどと言ったが、楓夕の意思も聞かずに勝手に言ったことが少し後ろめたかったのである。
今だって本当の意味で俺達はデートをしていない、だから妙な勘違いをされたくなくて身を隠したのだが――
「貴様、どうして隠れる必要があるのですか」
「え、いや、それは……その――」
本当の事を言い出せず、つい口籠ってしまってしまう。駄目だ……こんな調子ではいつまで経っても前進などしないというのに――
しかし。
そう思った時、楓夕が突然俺の前に手のひらを差し出してきた。
「? え、ええと……?」
「まずは一つ、私の自己管理不足で寝てしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、それは別に気にしなくて――」
「そしてもう一つ、貴様は大きな勘違いをしています」
「……はい?」
楓夕の言っている意味が分からず、俺はぽかんとした表情を浮かべてしまうが、彼女は変わらぬ表情で話し続ける。
耳が仄かに赤いのは、多分気のせいではない。
「私は食事を除いて、嫌な事ははっきりと嫌と言う性分です。ですから例え猫で釣られようとも嫌な相手なら嫌と言います、なので――」
「楓夕……?」
「く、口下手なのは申し訳ないですが、私という許嫁を信じて下さい」
え、えっと、それは……もしかして――
と思わず質問してしまいそうになる言葉を、俺はぐっと飲み込む。
いきなりな事に頭が混乱して理解が及ばないが――だがこれだけは分かる。
その先のことを、彼女に言わせてはいけない。
だから――俺は伸べられた手を優しくそっと、握りしめる。
すると。
楓夕は何も言わずに、俺の手を握り返した。




