私だって楽しみにしています
「いよいよ……ですね」
長い長い梅雨が終わりを告げ、徐々に晴れ間が多くなってきた今日この頃。
遠くに聞こえる蝉時雨に夏の訪れを感じながら俺は雨夜先生にそう言った。
「いよいよ?」
「楓夕とデート以外に何があるっていうんですか」
「え、ああ……まあそれしかないよな、うん」
こっちは梅雨明けからかなり意気込んでいるというのに、なんて他人事な態度なんだこの先生は――――いや他人事か。
「俺はですね……正直焦っています」
「焦る必要があるのか……」
「そりゃそうでしょう! だってテストが始まって一ヶ月以上が経っているんですよ、なのに未だに俺も楓夕の親も帰って来ていないんですから」
俺の両親は一応それでも1年という期間があったが、楓夕の両親に関しては暫く帰ってこれないというお達しが来ていたらしい。
つまり雨夜先生の大方の予想通り、テストはまだクリア出来ていない――そうである以外に説明はつかないだろう。
「お陰で期末テストは手に付かず酷い有様でした……」
「それはお前がアホなだけだろ」
「…………」
まあそんなことはいいのだ、話を戻そう。
「そこで俺は考えたのです、如何にして楓夕とのデートを経て告白まで持ち込むかということを」
「ほう?」
「重要なのは夏のイベントを楽しむことではありません。あくまで楓夕に二人でいる時間を楽しいと思って貰うことです」
「絶対既に楽しいと思って――いやなんでもない」
「そこでまずはこれです!」
俺はとあるサイトから印刷したプリントを取り出すとそれを雨夜先生に見せた。
「……にゃんにゃん大作戦」
「楓夕は無類の猫好きです。なので何処かで猫のイベントをやっていないか探した結果、世界中の猫と触れ合えるイベントを見つけたのです」
「なるほど、悪くはない案だな」
「しかもこのイベント――特定の日に楓夕が大好きなキャラクターの猫とコラボをするんですよ、きっと死ぬんじゃないかと思います」
「せめて悶え死ぬとかにしろ」
だが勿論これで終わるつもりはない、俺はもう一枚印刷しておいたプリント取り出すと、それをまた雨夜先生に突きつけた。
「そしてその後はプラネタリウムです。実は楓夕は昔から星が好きでして、なのでゆったりと鑑賞を楽しんでロマンチックな雰囲気にすれば……と」
「ふむ、大きな欠点は見当たらないな、それなら――」
「紗希さん」
「うおっ! ふ、楓夕……って、わ、私か?」
最早狙いすましているレベルの楓夕の登場に、俺は若干慣れてしまっていたのだが、背後に寄られていた雨夜先生はビクリと驚いた声をあげる。
「はい。一つお願いがありまして」
「ん? 何だ?」
「この男とお話に興じるのは構わないのですが、結果的に授業が遅れることが多くなっているので、多少控えて頂けると幸いです」
「…………へ? 私が?」
「では授業に遅れてしまいますのでこれで、行きますよ」
「あ、おう……ええと、すいません先生、ではこれで――」
楓夕はそう言うと少し強引な形で横に並んできたので、これ以上の会話は不可能と俺は先生への会釈も早々に教室へ戻ることに。
もしかして怒ってたりしないだろうか。ようやくデートが出来る日が迫っているのだから、あまり下手なことはしないようにしないと……。
「えーっと…………もしかして、楓夕に嫉妬されてる……?」
○
それから。
短縮授業の為生徒は早々に放課後の世界へと飛び込んでいく中、俺はテストの点数が悪かったので数学の補習を受けさせられていた。
因みに楓夕は今回まさかの数学の赤点を回避してしまったので家事のため先に帰宅、みっちりしごかれた俺は気づけば夕方になっていた。
「はあ、疲れた……だがデートの為ならこれくらい屁でもないぜ」
しかし……どう切り出したらいいものか、梅雨の期間を経て楓夕との距離は多少縮まった気はするが、やはりデートの誘いとなると緊張してしまう。
「しれっと夕食時に提案してみるか……ただいまー――……あれ?」
いつもなら楓夕の『おかえりなさいませ』という声だけが飛んでくるのだが、今日は何故か返事が帰ってこない。
もしかして買い物にでも行ったのだろうか? と思いながらリビングに入ると、楓夕がテーブルの上で居眠りをしていた。
「おっと……いくら許嫁の役割とはいえ、ちょっと疲れたのかな。起こすのも悪いし夕食は俺が作ろうか――――ん?」
なるべく足音を立てないよう楓夕から離れようとすると、うつ伏せになった楓夕の下にスケジュール帳があることに気づく。
「おお……」
びっしり書き込まれた一日の内容に俺は思わず声をあげ、感服しそうになるのだが――いくつかの日付に空欄があり、マルが付けられている。
「これってまさか――」
俺は慌てて鞄の中から『にゃんにゃん大作戦』のプリントを取り出すと、例のキャラクターが登場する日の日程を確認する。
「そっか……良かった」
そういうことなら、早速今日の夕食時に伝えることにしよう。
「楽しい時間にするからな、楓夕」
「…………ん」




