人生(ゲーム)は甘くない
「雨、止まないなぁ……」
俺は曇天の空から降り注ぐ雨粒を見ながら、ため息混じりに呟いた。
「梅雨の時期はこんなものだ。気候に不満を述べた所で結果は変わりません」
楓夕の言うことは尤もではある。しかしこんな雨模様が何日も続きだすと流石に憂鬱な気持ちにもなってくる。
別にアウトドアという訳でもないのだが、ようやく休日が訪れても楓夕と出かけられない日々が続くのは寂しいものがある。
というか、主に楓夕とデートがしたいのだ。そして来る夏の前に告白をして恋仲として夏をエンジョイしたい。
「前回のリベンジも兼ねて……」
そんな彼女は朝の間に家事を全て済ませ読書に耽っている。そういえば楓夕って国語の成績はそこまで悪くなかったよな。
「…………」
黙々と二人で静かな時間を過ごすのは好きだ――だが、もっとこう二人でキャッキャウフフと遊べるようなことはないものだろうか。
「うーん――――あ、そうだ! 人生ゲームをしよう!」
「は?」
何を言っているんだこいつと言わんばかりの視線が飛んでくるが、人生ゲームとはその名の通り短い時間で己の人生を描くゲームである。
つまりボードの中とはいえ、楓夕と結婚生活を歩むことが出来るということ……! これをやらない手が果たしてあるだろうか、いやない。
なので俺はリビングを飛び出すと、子供の頃に買って貰ったものがある筈だと押入れから人生ゲームを取り出し、楓夕の前に置いた。
「さあ楓夕! 俺と幸せ家族計画をやろうぜ!」
「…………まあいいでしょう。私も流石に読む本が無くなってきましたし」
露骨に嫌がられたらどうしようと思ったが、意外に楓夕は乗ってきてくれたので俺は7,8年ぶりくらいに箱を開け準備に取り掛かった。
「よし、じゃあ楓夕からどうぞ」
「……2ですね、『宇宙人を助けて2000ドル貰う』……」
「宇宙人助けたのに2000ドルって結構安い気がするよな」
「ごく一般的な家庭の宇宙人なんだろう、貰えるだけ有り難い話です」
「宇宙人のごく一般とは」
「次は貴様の番だ」
「あ、ええと――6だな。――教師になれる、給料は1万2千ドルかぁ」
「貴様が教師になったら学級崩壊確定なので止めた方がいいです」
「リアル過ぎるから止めてくれません……?」
しかし人生ゲームにおいて月給は最重要と言ってもいい、1万2千では幸せな生活を描く上で得策とは言えないだろう。
「じゃあ教師は止めておこう、まだタレント、医師があるからな」
「では私が、5――タレントですか、まあなってもいいでしょう」
「毒舌タレント――」
「あ?」
「なんでもないです」
「給料日は出た目ですか――7、ということは7万ドルですね」
「え」
まだ序盤だというのにバリバリ稼いでいるんだが? い、いかん楓夕の旦那になる男として俺ももっと稼ぐ男にならないと。
「6! これは医者か!? ――『バンジージャンプをする3000ドル払う』」
「しかも職業マスを抜けたのでフリーターですね」
え……嘘だろおい……フリーターの癖にバンジーしたのか俺は……?
「えっと……1……」
「かける千倍なので給料1000ドルです」
「マジ……?」
楓夕を幸せにすると意気込んでいる奴がバイトサボり気味でバンジーして結果残金1000ドルって……。
「なんじゃいこのゴミクズは……」
「では私の番です――10。まずは給料日で――7万ドルですね」
「さっきから凄すぎません……?」
最早帯番組とCMも手にしているレベルの破竹の勢いである。まあ楓夕は可愛いから当然ではあるんだがな。
「さてマスは――……5000ドル払うですか、まあいいでしょう」
「……ん?」
何故か楓夕は駒でそのマス目を隠すと、ふいとそっぽを向いて俺に5000ドルを渡してくる。どうしたのだろうか?
「…………」
「人の駒を触らないで下さい、殺しますよ」
「ふ、フユーザ様……」
「い、いいから早く回せ、金額は間違ってはない」
楓夕があからさまに見せるのを拒もうとするので流石に無理に見る訳にもいかず、俺は仕方なくルーレットを回した。
「9か、んーと、俺もまずは給料日で――……3で3000ドル……まあまあまあ、ええとマス目は……あ、楓夕と同じ――」
……『恋人とレストランで食事後ホテルへ、5000ドル払う』。
「…………」
「…………」
いやその……ホテルとかいう文言いる? 前半だけで済むよねどう考えても。
ま、まあね、確かに楓夕とホテルとか行きたいけども……あ、ヤバイ、楓夕が俺の感情を見透かした目をしている。
い、いや、普通のホテルでね、寝るだけだからね、別に何もないからね。
「コホン……5000ドルだな。全く……この男は金もない癖に見栄ばかり張りやがって、もう少しまともな職に――――あ」
悲報。湯朝安昼の人生、結婚を前にして借金生活へ突入した模様。
※実際の人生ゲームにはないマスになっています。




