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幸せな日は作れる

「おはようございます、そろそろ起床の時間――おや」


「いやー……今日はいい天気だなぁ」


 楓夕ふゆが起こしに来る前に目を覚ましていた俺は、カーテンを開け放つと外の風景を眺めていた。


 そう、今日は楓夕ふゆとのデート(とはいっていないが)である。


 おのずと身の引き締まるものであり、正直あまり眠れなかったのだが、寝坊せずに起きることが出来た自分を素直に褒めてやりたい。


「うむ、今日は絶好のピクニック日和だな、早速準備に取り掛かろう」


「……貴様」


「おいおい、何をぼさっとしているんだ? うーん、それにしてもピクニックなんて久しぶりだなぁ、全く、今から楽しみ――」


「…………」


 歓喜の思いを口にせずにはいられずつい饒舌になったが、そんな俺を見て楓夕ふゆが何故か俺の肩をぽんと優しく叩いたではないか。


「ん? どうしたんだ?」


「外をよく見ろ、いや違う――早く現実を受け入れろ」


「……楓夕ふゆ、そんなことは最初から分かっているのさ……」


 外が暴風雨なことくらい起きた時点で分かっていたさ……。


 だが信じたくないではないか、梅雨時だし単なる雨ならまだしも、こんな日に限って外出困難な程の雨風が吹き荒れるなんて――


「思いの外台風の北上が早かったみたいですね。ですがこればっかりは誰が悪いという訳でもありません」


「そりゃそうだけど……」


 この日に向けて一層気合を入れていただけに、ショックは隠せないものである。ピクニック自体はズラすることも出来るかもしれないが、楓夕ふゆの誕生日ばかりはズラすことは出来ない。


 これでは結局いつもと変わらぬ日で終わってしまう。折角楓夕(ふゆ)が誘ってくれたというのに、何か他に手はないだろうか……。


「ふう――取り敢えず、リビングまで来て頂けますか」


「ん……そうだな、作ってくれた朝食が冷めちゃいけないし」


 いや、彼女の誕生日であることには変わりないのだ、俺がいつまでも凹んでいては楓夕に申し訳がない。


 こうなったら台風も嫉妬するくらいの楽しい時間を過ごしてやろうではないかと、改めて気持ちを入れ直しリビングへと向かう――


「あれ……?」


 のだが、いつも置いてある筈のテーブルの上に何も料理が置いてないことに気づく。はて、どういうことだろうと思っていると楓夕ふゆが手招きをした。


「こちらです」


「こっち? ――――あ」


 ソファーに隠れて分からなかったが、よくよく見てみるとそこには床にビニールシートが敷かれ、その上にバスケットと水筒があるではないか。


 しかもテレビには動画サイトから引っ張ってきたのか、外国と思われる優雅な草原の映像が流れている、これは――


「……貴様が楽しみにしていたことは知っています。ならば慰めにはならないかもしれませんが――せめて雰囲気でも味わえればと」


「ふ、楓夕ふゆ……」


 こ、こんなん惚れてまうやろ……楓夕ふゆの優しさが滲み出過ぎていて感動のあまり涙すら出てきそうな勢いになる。


 い、いや、俺が誕生日でもないのに泣いてどうする。楓夕ふゆがわざわざここまでしてくれたのであれば俺も全力で応えなければ!


「いやー……頂上までの道程は中々大変だったな」


「は――? ……いえ、そうですね、ですがこんな景色が頂上にあったとなれば、険しい山道も良い塩梅だったというものです」


「ああ全くだ、丁度お腹も空いた頃だし」


「ではご飯にしましょう、献立はサンドイッチとポテトサラダ、唐揚げです」


 お互い実に大根が似合う演技ではあるが、楓夕ふゆもそれに嫌悪感を示すことなく乗ってくれ、ビニールシートに座りバスケットの中身を開いた。


「おお美味そう、いただきます!」


 そして楓夕の手作りサンドイッチを一口、ピリッとマスタードが隠し味で効いたたまごサンドが口の中で広がり、ふっと気持ちが楽になる。


 欲を言えばこの雨音だけは邪魔だったが、楓夕ふゆとビニールシートに座ってご飯を食べている内にそんな気持ちも幸せが掻き消していく。


「ただでさえ楓夕の料理は美味しいのに、青空がプラスされるとこれはもう三ツ星レストラン以上の味だなぁ」


「腕によりをかければこんなものです。ですが――空腹が最高のスパイスであるように、食べる場所もまた大きな意味があるのかもしれません」


「だな――あ、そうだ、ちょっと待っててくれるか?」


「?」


 俺は食べかけのサンドイッチを頬張るとその場から立ち上がり、一旦現実感漂う自分の部屋へと戻る、そして押入れからあるものを取り出すと再び山の頂上へと戻った。


楓夕ふゆ、これ――誕生日おめでとう」


「これは――」


 そう言って渡したのは以前もお詫びに渡したことのある楓夕ふゆの大好きな猫のぬいぐるみ、しかも以前より何倍も大きい、抱き枕サイズである。


「誕生日なんて興味ないって言ってたけどさ、やっぱり俺が祝いたいから、押し付けがましいかもしれないけど……受け取ってくれたら嬉しい」


「安昼――――いや……嬉しい、ありがとう」


「良かった」


 ぎこちない笑みではあったが、楓夕はそう言って俺からぬいぐるみを受け取ると、無意識だと思うがその頭をそっと撫でてくれる。


 ――結局雨が止む気配はなかったし、全く以て思い通りの誕生日とはならなかったが、楓夕ふゆのお陰で気づけばとても幸せな時間になっていた。


 想定外の事態が起きたとしても、やり方次第でいくらでも楽しい時間は過ごせる――これはもしかしたら、結構重要なことなのかも……。



「それにしても、よくこんなものを私に気づかれず山頂まで持ってきたな」


「えっ!? そ、そこまで設定通りなのね……」

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