楓夕をデートに誘うつもりが
「湯朝……お前はぬるい」
「ヌッ?」
最早近況報告になりつつある雨夜先生との昼休みの会話で、彼女は電子煙草の煙をぷかぷか浮かべながらそう口にした。
前はガムを噛んでいたのに即刻煙草に戻るとは、意思が弱い人だなぁとぼんやり思うが言っても誰も得しないので黙っておく。
「ぬるいとは……どういう意味ですか」
「湯朝、楓夕との同居生活はどれくらい経った?」
「ええと……もうすぐ一週間ですかね」
「そうか……何か進展はあったか?」
「そうですね……忘れ物をしなくなった……でしょうか」
「そんな話をしているんじゃない」
何もおかしな返事はしていないというのに、何故か俺は先生に頭を小突かれてしまう、なんと理不尽な。
「お前が楓夕に世話して貰って出来るようになったことなどどうでもいいに決まってるだろ、というかそれくらい自分で出来るようになれ」
「教師が褒めてくれなかったら一体誰が褒めてくれるんですか」
「私は叱って伸ばすタイプの教師だからな」
なんと時代逆行な真似を……おまけに体罰もするし、美人じゃなかったら今頃陰でニコチンババアと呼ばれている頃だ。
まあそれは冗談として。
「確かに……それは理解しています。あの手この手と尽くしているものの、楓夕とは同居前と大きな変化は何も……」
「……まあそれに関してはお互い様ではあるんだが」
「はい?」
「いや、それより私が言いたいのはな、このままではお前達はテストをクリア出来ないということなんだよ」
「そ、それは――」
全く以てその通りであった。現状の許嫁を超えた愛を体現出来ていない以上、結婚など夢のまた夢でしかない……。
「というか楓夕と付き合いたいんだが……?」
「相変わらず自分に正直な男だな……まあ同居しておいて何も起こっていないのは生殺しであるのは分からなくもないが」
「せ、先生……なにか方法はないんですか……?」
「そうだな……一つチャンスが無いこともないのだが」
「え? 楓夕の誕生日ですか?」
「分かっとるんかい」
いやまあ、俺が楓夕の誕生日を忘れている訳がないのだが……俺が忘れるとしたらそれは記憶を失った時だけである。
「つまり先生は勝負所が誕生日であると仰っしゃりたいのですね」
「そうだな、はっきり言って告白してもいいとすら私は思っている」
「先生……それは無責任極まりないですよ」
「こいつ……」
一体何処からそんな確信が湧いているのか疑問ではあるが、しかし強ち間違ってはいない、イベント通じて距離を縮めるのは非常に有効な手段だ。
「まあとにかく、ただ誕生日を祝うだけでは何も成果は得られないだろう」
「となれば……俺が楓夕をデートに誘え……と?」
その返答に雨夜先生は小さく頷き肯定した。
それは――間違いなく一大イベントだ、その言葉を使うだけで身体に力が入る程度には。
……だ、だが、果たして楓夕にデートがしたいと言って了承してくれるのだろうか……?
○
「…………」
「さっきから何をジロジロみている貴様」
夕食を終え、洗い物をしている楓夕をつい眺めていると、いつもと変わらぬ口調でそんなワードが飛んでくる。
「ええと……いやその……」
「?」
妙だ……いつもあれだけ楓夕にアタックをかけている俺なのに、いざデートに誘うとなると一挙に緊張感が押し寄せてくる。
断れるのが怖いからか……? いや今更その程度で屈していてどうする俺、寧ろそこから何回も誘うくらいの男気を見せねば!
「し、しかし……」
「…………」
いっそのことデートとは言わず普通に誘うか……? それなら――いやでもそれだと今までと何も変わらない展開になる可能性も……。
そんな鬩ぎ合いを繰り返した結果、俺は楓夕を見ることしか出来なくなり、彼女は俺への疑問を募らせるだけなのであった。
「どうしたものか……」
「――おい貴様」
「へ? ふ、楓夕?」
「そういえば――もうすぐ私がこの世に生を受けた日でしたね」
「え? あ、ああ……そ、そうだな、楓夕の誕生日だ」
「……別に、私は誕生日などという行事には興味がありません、何ならプレゼントというものも貰うだけ煩わしいまであるでしょう」
「な――!」
ま、まさかそんな先制攻撃を受けてしまうとは……これではデートはおろか誘うことも不可能ではないか……。
想定外な事態には俺はがっくりと肩を落としかける――のだが、楓夕はふっと息を吐いて小さく口角をあげると、続けざまにこう言った。
「だが――その日は丁度休日だ、加えて天気も晴れのようです」
「え……そ、そうなのか?」
「はい。そしてこの生活にも大分慣れてきました――な、なので、偶にはバスケットにサンドイッチでも詰めて、ピクニックに出掛けるのも悪くはないかと」
貴様の身体も若干肥えていますし、運動がてらに、と付け加えると楓夕は少し耳を赤く染めながらそっぽを向くのだった。
え――? お、おいおい……つまりそれって、ふ、楓夕からの――!




