雨夜楓夕のモーニングルーティン
「――ん……」
許嫁の朝は早い。
大体いつも朝4時くらいか、学生という身分には少々辛さを覚える時間帯ではあるが、私は基本的に寝起きが良いので大体目覚まし無しで瞳が開く。
すっと起きるとまずは紅茶に砂糖を多め入れ、脳に糖分を行き渡らせる。こうすることで私はいつもの調子を取り戻す。
そして無音で付けたテレビで天気予報だけを確認、今日は晴れの予報なので私は洗面所へ向かうと黒物だけネット入れて洗濯機を回した。
「さて……」
掃除等々に関しては夕方からの作業なので、私はさっと制服に着替えると鞄背負う、向かう場所は学校ではなく安昼の家。
階段を一つ降り真下にある部屋に辿り着くと、私は合鍵を使い『湯朝』の表札が掲げられた家へと入る。
そして玄関に入ってすぐ左手の部屋を開けると、安昼が大の字になって今にもベッドから落ちそうになる姿を発見。
「ふう……相変わらずみっともない寝相ですね貴様は」
「んん……楓夕……」
「おっと、起こしてしまいましたか」
「ぐー……」
いびきをかいているところを見るとどうやら今のは寝言だったらしい。――しかし、私のことを夢に見ているのか……?
「……憎い男だ、私の将来の主は」
「んん……」
私は安昼の頬を突くと、少し唸って態勢を横にする、それを確認すると掛け布団を彼の身体に被せ直し部屋を後にした。
「今日の献立は――洋食にするか」
リビングに戻りキッチンの冷蔵庫を空けると、食材を見て私はそう呟く。
許嫁たるもの主の舌を飽きさせないことは必須、一週間毎日全く違うメニューを作ることは母から随分教え込まれた。
「パン、ベーコンエッグ、サラダ、コーンスープと後はハッシュドポテトか」
メニューを決めたら早速調理に取り掛かる、料理が冷めることのないよう全て同時並行で進めていき、その間に洗濯物も洗っていく。
そうこうしている内にあっという間に時刻は6時を過ぎ。そろそろ安昼を起こさなければと思っていると、リビングに繋がる扉がゆっくりと開いた。
「楓夕……おはよう」
「おはようございます。やすひ――貴様にしては珍しく自分で起きたのですね」
「この時期は寒くてつい二度寝しちゃうんだが……楓夕が布団かけてくれたから起きれたよ、ありがとう……」
「まさか……起きていたのか?」
「いや俺は寝相が悪いのに布団が掛かっていたから……多分楓夕がそうしてくれたんだろうなって……」
寝起きの安昼は、いつも以上に感謝を告げたりする回数が多い。
ただ、あまり言いたくはないのだが、こうも毎日言われ続けると偶に胡散臭いというか、許嫁である私に気を使っているのではないかと思う時がある。
「……そうですね、いつかは寝相も直して頂かないと」
「難しいなぁ……でも頑張るよ」
――だが、私は昔から安昼は嘘がつくのが下手なことを知っている。たとえ嘘をつけたとしても寝起きの悪い安昼がそこまで頭が回っているとも思えない。
だから私は朝の安昼が一番安心する、相変わらず寝癖は酷いが。
「お……今朝は洋食かぁ、うまそうだなぁ……」
「食後は髪を梳かすように、あと家を出る前にちゃんと忘れ物がないか確認をすることを怠らないで下さい」
「はーい……なんか楓夕母親みたいだなぁ……」
「そう思われたら最悪なので、もっと言わなくていいようにして下さい」
「そりゃそうだ……楓夕は俺のお嫁さんでいて欲しいからな」
「――! ……つべこべ言っている暇があったらさっさと食べろ、冷めてしまったら美味しいものでも不味くなります」
「おっと……じゃあ手を合わせて――いただきます」
相変わらず瞼は重そうではあるが、安昼はそう挨拶をするとベーコンエッグへと箸をつけるのだった。
「全く、この男は……」
「うん、美味しい」
安昼はそう呟くと満足そうな笑みを浮かべてどんどんと食べ進める。
「…………」
彼は私の作ったものはいつも美味しそうに食べるのだが、不思議なものでその姿を見ているとこの時間は悪くないと思えてしまう自分がいた。
――いや違う、心が満たされるのだ。二人だけで過ごしているこの取り留めもない時間が。
だからこう思ってしまうことがある――ずっとこの時間が続けばいいと。
そしてそうする為の方法は――ああそうだ、言うまでもない。
「楓夕、このハッシュドポテト滅茶苦茶美味しい」
「当然です、私が一番手を掛けて作ったのですから」
閑話休題的なお話でした。




