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通い楓夕

「は……出張……ですか?」


 休日前の金曜の夜、母はテレビを見ながらそんなことを切り出した。


「そーなのよ、パパの関係で私も行かないといけなくなっちゃって」


「どれくらいの期間になるのですか?」


「一週間くらいかしらね、因みに明日からよ」


 それは随分と急な話だな、何故事前に言わないのだという所ではあるが、母は昔からマイペースなので特に憤りもなく私は返事をする。


「そうですか、お気をつけて行ってきて下さい、家事は問題ありませんので」


「ただね~、何の偶然か分からないのだけれど、湯朝さんの所も一週間程度旅行に行くっていう話が出ているみたいなのよー」


「…………は?」


「でもやっくんは学校があるから行けないでしょ? となると湯朝さんの所も息子が一人だけ家にいる状態になっちゃうってワケ」


 ……何だその狙いすましたとしか思えない偶然のお話は。


 これが家族関係など殆どない者同士ならまだしも、深い縁に結ばれている両家の境遇を鑑みると猛烈な胡散臭さが透けて見え、軽く表情を歪めてしまう。


「……安昼が一週間ぼっち生活ですか、それは気の毒ですね」


「そうなのよー! だから楓夕ふゆがやっくんのお世話をして頂戴ね」


「いや、理由が不明なのですが」


「不明なんてことはないじゃな~い! だって楓夕ふゆはやっくんの許嫁でしょ? 未来の旦那様の窮地なんだから、ちゃんと助けてあげないと」


 それはその通りではあるが……母にそう言われると、どうにもそれではやってやろうという気が湧いてこない。


 相変わらず、己の天の邪鬼具合には呆れてしまう。だが――


「元から同棲する話は出ていたんだし、その前段階みたいなものよね」


「……まあ、その為の修行みたいなものでしたからね」


 ここ最近は安昼にも色々と世話になってしまっているのは事実。そういう意味では今が借りを返すチャンスとも言えるだろう。


「――分かりました、では明日からで良いのですね」


「お、さっすがは私の娘ねえ、じゃ暫くの間よろしくね~」


 それに――私は別に同棲は――……


       ○


「おい貴様、いつまで寝ている」


 まだ微睡みの中に沈んでいる状態の俺を、鋭い針のような光が差し込み、ぐいっとやや強引に引っ張り上げられる。


「…………おはよう……ございます……?」


「休日だからといって呑気に寝ているようでは先が思いやられます。日にちなど関係なく健康で文化的な生活を送るよう心掛けるように」


「へ……? ふ、楓夕ふゆ……?」


「朝食の準備は整っていますので、2秒でリビングまで来て下さい」


「そ、それは無理……」


 あまりにも唐突で横暴な所が如何にも楓夕ふゆらしいのだが、誰もいない筈の家に彼女がいる事態に眠気眼の俺は全く以て理解が及ばない。


 え……? 何がどうなっているんだ……? と思いつつも楓夕ふゆに急かされてしまった俺はそのままリビングの椅子へと座らされてしまう。


 すると、目の間に並ぶのはやけに手の込んだ和食が立ち並んでいた。


「……旅館の朝食みたいな朝食……」


「不満か」


「いや……滅茶苦茶嬉しい、こんな朝食初めて……」


「……そうか、ならさっさと食え」


 平日は母親がいつもバタバタしているのでパンのみというのも普通で、休日は俺が昼近くまで寝ているので朝食を食べることがまずない。


 なのでここまで品目の多い朝食は本当に初めてだった。俺は手を合わせて小さくいただきますと言うと寝ぼけながらもそれを口へと運ぶ。


「うまい……流石は楓夕ふゆ


「貴様が料理をしないだけだ、練習すれば誰でも出来ます」


「許嫁としてか……? 俺は幸せ者だなぁ……」


「……口に物を入れて喋るな、あと顔を洗ってこい」


「ふあい」


 いやでも……こんなの毎日食べさせて貰えたら誰だって幸福だと口にするだろう、しかもそれが楓夕ふゆなのだから文句などあろう筈がない。


 朝は食が進まないタイプの俺だというのに、箸のペースが止まることなく食べ進んでいく、それと同時に少しずつ目も冴えてきていた。


「でも何で楓夕ふゆがわざわざ俺の家に来てくれたんだ?」


「母からの命を受けたのです。雨夜家も両親が暫く家を空けるので、許嫁として何も出来ない貴様の尻を拭ってやれということですよ」


「そういうことか、確かに絶妙なタイミングではあるな」


「まあ所詮は1週間だけの話なので苦でもないですが」


「へえ楓夕ふゆの所はそうなのか。俺の所は何でこの時期なんだって話だが、1年かけて世界一周するらしいぜ」


「それはまた珍妙な…………は?」


 特に何気もなく口にしたつもちだったのだが、その言葉を聞いた瞬間に楓夕ふゆの顔色と耳が一瞬にして変化する。


あれ、また何か変なことでも言ったか……?


「い、1年だと……? そんなもの最早同棲を通り越して夫婦ではないか!」


「い、いや、そこは1週間でいいんじゃないのか……?」


「ぐ……そ、それはそうだが……」


 あれ、でも待てよ……?



 ま、まさかとは思うが、俺はこれから楓夕ふゆと一年暮らすとか、そういう話だったりするのか……?

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