30話 天能と王都の城8
目を覚ましたとき辺りは緋色に染められていた。
「起きたか」
「ええ。ヴァル、あなたは眠れていなそうね」
「俺はいい。今日はお前のおかげでよく寝たから、もう眠くない」
そうだ。ルースを起こさないと。
見ると身を守るよう背を丸めて寝転がっていた。
爆睡している……。
多分だけど日頃から疲れることが多いのだろうな。睡眠不足?
このままにしておいてあげたいけど、日も暮れるし、そしたら冷え込む。暑くなってきたとはいえ朝晩は冷え込むから。
私もそろそろ帰らないとだし。
「ルース。起きてルース、もう夕方よ。風邪をひいてしまうわよ」
「ううん、あと少し……」
寝ぼけているみたいね。
金髪、私のよりよく手入れされたそれが風にそよいでいる。
「あと少し寝かしてあげたいのはやまやまよ。でも暗くなったら色々と大変だわ」
そうしてやっと目を開けた。
その綺麗な金色の瞳は私を映した。
「おはよう。よくねむれたようね。私もこの場所が穏やかだからぐっすりと眠れたわ」
「良かったよ。僕も久々にまともな睡眠を取った気がする」
「それはいけないわ。人間に睡眠は不可欠だもの。睡眠をとらないと授業に障りが出てしまうし、病気にもなるわ……。温めたはちみつミルクを飲むとよく寝れるわよ。興奮を抑えてくれて安眠出来るし、美肌効果はあるし、風邪にも効くし、いいことづくめで……」
里でお母さんによく作ってもらったな。懐かしい。
うぅ、まだ学校生活を始めてそんなにたってないけどしまいそうだ。
「ところでお腹に一体何を入れているの?」
と指差したのはルースの胸元。ごそごそと何かが動いている。生き物?
ややあって飛び出てきたのは……兎!?
白い艶やかな毛並みの。
でも歩き方が変だわ。片足を引きずっている。怪我?
「僕の友達。だけど昔怪我をしてしまって……。その時治そうとして出来なかった。今も時々試してみるけど僕では力不足みたいで……」
「なるほどね。その子、見せてもらっても良いかしら。私もこの大会に来た『療』の使い手の端くれよ。治せるかもしれないわ」
ルースは目を輝かせる。
その奥には期待と不安が混じって、困ったように笑っていた。
「うん。僕には無理だったけどリルならできるかも。これ明らかに人間が仕掛けた罠による怪我だ。ここは呼ばれた人しか入れないんだけどな。この子にもう一度地を駆け回らせてあげたいんだ。だからリル、どうかお願い、治して」
手を伸ばし受け取ろうとした。
だけどやはり人間が怖いのかルースの手から降りようとしない。
怖いよね。あなたに比べて身体も大きいものね。罠のせいで辛い目にもあったよね。
「でも大丈夫よ。私はなにもしないわ。だから安心してこちらへおいで」
「心配要らない。リルは怖い人じゃない。僕では無理だったけど彼女にはきっと出来ると思うんだ。よく遊び相手になった君に苦しんで欲しくない」
けどやっぱり怖いみたい。
安心していいなんて言葉、私がかけられても信じることは出来ない。だって人間が作った罠で怪我したのだから。ずっと前から知り合っているルースは平気でも。
「いいわ、そのまま持っていて。このまま治療するから」
「でも、より近い方が治しやすいと聞くが……」
「とりあえず試してみましょう?それに私が触れたら逃げてしまうかもしれないし、うさぎさんに無理をさせることもないわ。治らなかったら、触れさせて貰うわね」
「うん。お願い、リル」
患部を見せてもらって、このうさぎが大切にされてきたのだと分かる。傷は化膿してないし、跡もほとんどきれい。わずかに感じる魔力はルースがかけようとした治癒の魔法の残滓。天能も使おうとしたみたい。
壊れてしまったのは……そっか。表面上の傷だけではないのね。腱が切れてる。
逃げようとしたときに罠に引っ掛かったのか、それとも罠を仕掛けた人間に何かされたのか……。
そこを自己治癒で治そうとして魔力をひどく消耗している。
この腱を繋げば問題なさそうね。
あと皮膚の傷跡も。
「繋ぎ、癒し、時を戻せ【ルイース】」
後で知ったことなのだけど、天能の呪文前に唱える文言は基本的には同じ人が多いらしい。無意識に使いやすいようにしていたみたいだ。
魔法の呪文を唱えるときもそうしているし……。
呪文を唱えた途端、手をかざしていたところが光だした。暖かく、やはりこの術が好きだ。
ついでに失われた魔力を補充しておこうとしたのはただの出来心。
そしたら何故かいつもより強く光って───巨大化した。大きなうさぎ、私の背くらいの。
あっ良かった、足は治ったのね。
じゃなくて!!
大きさよ!デカっ!!
「戻った……」
ルースにはこれが普通みたい!?
でもなんで巨大ウサギになったの?
ああ、でも家にあった図鑑に乗っていた個体だ。ん
「もしかして……あなたの使い魔?」
これは普通のその辺にいる野生動物……ではない。
うさぎはうさぎでも魔獣で魔力を必要とする方のうさぎ。人見知りが激しいが、認めた人や慣れ親しんだ人には甘えることが多々ある。
「そうだよ。怪我をしてからこの姿にはなることがなかったけど、話を交わすこともできなかったけど使い魔。ははっ、治して欲しいとお願いしたけど本当は治るなんて思ってなかった。ずいぶん前に、例えシロが一生真の姿に戻れなくても僕が守るって決めてたんだ。うん、諦めてたんだ……」
「勝手に諦めないで下さいよ。寂しいです……。でも、こんなことになって役立たずだったのにルース様はずっと側にいてくれました。それがとても嬉しかったのですよ」
すり寄る(?)うさぎ。いや、これは押し倒されている。
「シロ…いえ、うさぎさん。良かったわね」
名前を呼んでしまい慌てて言い直す。使い魔は主以外に名を呼ばれるのを嫌うから。
「ええ、本当にありがとうございます。あなた様には感謝してもしきれない。私の存在意義を取り戻させて下さった。どうか気になどしないで名前で呼んでください」
「ほんとに良かったわシロ」
有り難がってくれるのは嬉しいけど、存在意義まで出されるとオーバーなような……。
「だけどあまり感謝しなくてもいいわよ。私はたまたまこの天能をもっていてあなたを助けられただけ。力があれば誰だって怪我を治すでしょうよ」
「リルは……ううん。何でもない」
ん?なんだろう。
言いかけてやめるとか一番気になる……。
「何かお礼がしたいのだけど、欲しいものはある?」
「お礼?要らないわよ。さっきもいったけど、私は出来るから治しただけだって。………私、そろそろ帰らないと。本当はもう少しいたいけど」
明日も大会はある。
今日の試験は楽に終わったけど睡眠はしっかりとっておくべき。
最大限、力を使い挑みたいから。
「そうだね。リルの先生を心配させないためにもそろそろ帰った方が良い」
あの先生が心配をするかなんて微妙だ。
いや、教師としてはするのかもしれない。
「じゃ、いくよ」
パチン。
音がして、次にいたのは屋根裏の部屋の前。
ちょうど扉と扉の間の廊下のような所。
どうしてだ。どうしてこの場所にちゃんと来れたのか。
だってルースとあったのは庭だったし、泊まってるのが屋根裏と言った記憶はない。
「術を使うとき『いきたい場所に行け』と命令を加えたらここに来た。……それよりここに滞在してるの?誰がここに……。すまない、嫌な思いをさせたな」
「ルースのせいではないわ。この学校には不満があるけど、あなたには全く関係ないことだもの」
「いや、これは教師らに抗議しておこう。ここは無駄に部屋が多いのだから、他に空いてないことはないはずだ」
息巻いてくれているけど、先生方に意見しても現状は変わらないだろう。
抗議を申し立ててルースの学校内での立場が悪くならないかが心配だが、私に発言の機会をくれずそのまま
「じゃあまたね」と手を振り消えてしまった。




