16話 オリエンテーション6(闇から……)
あんなに昼間は寝てばかりいて気怠げにしていたのに火の番は言い争いもなく夜の半ばで交代することになった。
ヴァルに勧められたので私は先に寝ることにした。
寝るときは頭の中がざわざわしていたけれど、よく寝たおかげか、すっきりとしていて頭が軽くなった気さえする。
あの時見た光景を忘れたわけではないけれど、馴染みのない異物感は消え、記憶として定着した。
まるで傷が消えてなくなるような……。
目覚めはとても穏やかで、起きた時に夢か現実か迷ったくらい。
月は天頂から降りてきて少しのあたり。
もうそろそろ、交代かな?
すっかり軽くなった身体を起こす。
「……ヴァル、交代しよっか。」
「あ、そうか。そんな時間が」
「ええ、おつかれ様。後は任せて、よく眠ってね。成長に睡眠は大切なのよ」
何かいいたげなヴァルを無理矢理のかしつけた。
私は大丈夫よ。多少疲れていても、このオリエンテーションの後には代休という名の睡眠時間が与えられるから。
すぐにお腹を上下させ、寝息を立て始めた。
暗い中、焚き火の火しか見えない中その赤が爆ぜる音だけが聞こえる。
今は春で夏も近いとはいえ、まだ肌寒い。
毛皮のあるヴァルがそうであるのかは分からないが、さっきまでは私が布団としてかぶっていた制服のローブをかけておいた。
何度か焚き火のに薪を入れた頃、暇だな、と思い始めた頃。その来訪者はやってきた。
「夜分遅くに失礼。サキシアスだ、生徒調査に来た」
「うわっ……………」
びっくりしましたとも。
なんだ、先生か。
声が低めだから魔物かと勘違いしました、というのは何があっても言わないでおこう。
ジト目で見られているのも見間違いということにしておく。
サキシアス先生は黒いから闇に同化していて接近に気づかず、声を掛けられることになった。
白い肌が闇に浮き彫りになって見えて、怖い。
生徒調査?
なんだそれ。
このネーミングからしてクラスの生徒、全員をまわっているのかしら?
……………みんな、きっと同じ恐怖を味わっているのね。
ああ、そうだわ。挨拶をしないと。
「こんばんは、先生。夜分遅く、起きている時間を見計らっていただいたのでしょうか。お気遣いありがとうございます。どうぞ座ってください」
焚き火の向かいを指して言った。
火に照らされることにより黒と白が同一化して不気味さはなくなった。
先生は火を挟んで、座り口を開いた。
「なにか、質問したいことはあるか?もしくは、困ったこと」
なるほどそのタイプですか。
生徒側が聞きたいことを聞くのね。あとは、体調不良がないかを探っているのだわ。
んーと、なんかあるかな。
この課題、現在進行形で上手く出来ているし、困ったこともないのよね。けど、だからといって何も聞かないのは失礼になるのかも。
「ほ、他は、他の生徒はどうしていますか?どこにいますか?」
結果、絞り出した質問はこれだった。
「他の生徒はまだここにはついていない。個々に野宿をしている。まあ、朝方になれば順々到着するだろう」
「そうですか……」
あくまでも、細かいことは情報の保護上いえないらしい。
沈黙が訪れる。
薪を手に取り弄んでは火に入れた。火に焦される様は気分を落ち着かせる。
薪を数本入れたら気が抜けたのだろう。
空を見上げていたら独り言が漏れてしまった。先生がいるのを忘れて。
「数千年前からの光が届いているんだよね。綺麗だな、星は」
いつかの時代で数多の人を見守って来たのだろうな。
彼の伝説の賢者もこの空を見上げることはあったのだろうか。そんな、もういない人と同じものを見られるなんて……。
何を思って眺めたのかしら。
手を伸ばせば光を掴めそうで、けれどやはり光は遠く手からすり抜けてしまい届かない。
「星が瞬く……」
おもむろに先生が話始めた。
独り言を聞かれていたんだ、と気づき恥ずかしかったが、次には先生のどこか憂いを帯びた声に聞き入っていた。
「星が瞬く、その度に誰かの人生が動く。大昔から、それは繰り返されている。有名な御伽話だが、星を死者の魂とされ、語り続けられている。この時も……」
余韻が残る声で語った。
とある天文学者の残した言葉を。
もしかすると先生は似たことを考えているのかもしれない。
私の独り言に返している先生は何かがいつもとは違うように見える。壁がなくなって、奥の方にある本質が見え隠れしているというか……。
……なんて、ね。
やっぱり出来ないな。私ごときのたかだか十数年生きただけのいっかいの生徒では先生が何を守っているかなんて分かりっこない。
偉そうなことを考えてすみません。
簡単なものではないのだと思う。
大切なものは、人の本質はその人自身にしか分かりようもない。
同情はできても、自分にしか細かいところは同じにはなれない。
けれど、これだけは直感でなんとなくは理解した。先生は、ルナー・サキシアスは大切な何かが原因で壁を作ってしまっているのだ。
先生はそこまで冷たい人ではないのかもしれない。(かも、というだけなので確定はできないが)
この先生は今のひと時だけで、すぐに元に戻る。そう、確信がある。
だから………。
誰か、どこかに先生を救える人はいないのかな。
悩みを取り払ってしまえるような人が……。
この夜垣間見た先生の本質は胸の奥に置いておいて、口にはしないでおこう。
そのあと、先生は何一つ言わずに去っていった。
その背に、薄く闇のようなものが重なったふうに見えた。
わずかな背の闇と、輝いている星はあまりに対照的すぎる。
いつか、サキシアス先生から悩みが消えますように。あの闇がなくなりますように。
そのとき、リルは見えなかった。
流れ星が頭上で天を切って飛んでいたことを。