15話 オリエンテーション5(暗闇で見えるもの)
脳内メモを広げる。
一つ目の火起こしはバッチリ完了!焚き火は勢いよくメラメラ燃えたぎっている。ひとまずは安心、かな。
今しがた日が落ちたて辺りは闇に包まれているが、ここだけは昼間のように明るく照らされている。
当たり前だが、まだ誰もおらず火が他にない。言葉通りのまっくらけの闇だ。
怖い、そう思った。
予測だが、私がの得意呪文に光があるからだ。
光と闇は相反する。いい例えが1000年前から伝わる光と闇の伝説という話。この話でも光と闇は長い間争いをしていた。
なんというか、伝説化した人たちには申し訳ないが、バカだな。属性的に仲悪くても話し合いとか他に解決する手はあるのに。争いなんてしなくても、失うことをしなくても。
あなたたちには未来が見えなかっただろうけど、争ったせいで両方ともまだ残っていた寿命すら使いきれなかったのよ、もったいない。
それとも、賢者と呼ばれる人たちは寿命が長すぎてどうでも良かったのかしら?
シーユ様の強さには憧れるが、その戦いの中心にいた人としては尊敬していない。
だが、やはり、苦手なものは苦手なようで、本能的に怖いと思う。
あの、暖かいものが何一つない黒が。
得意な明かりの魔法【ファーナ】を使うか迷ったが維持することを入れると木という自然の力を借りた方が魔力の節約になると思った。
私の魔力量は普通よりも破格に多いらしい。
それでも、どこまでが限度なのかはわからない。思いあがって魔力を使いまくって卒倒したら、成績が下がるのと、それを知った人にコケにされるのは目に見えている。まだ入学したばかりで友達すら一人しかいないのに目立ちたくない。
少しずつ魔法を使って魔力の量を測ってみよう。体調で大まかにはどれくらいなのか推測出来るだろう。
(今のところは、あまり魔法を使っていないので魔力の減ったのは感じていない。)
脳内メモの二つ目は、魔物を寄せ付けないようにすること。
これは答えがすぐに出た。
結界魔法だ。
結界魔法とは名前の通り守護の壁を創造する魔法。魔法をかける時属性を思い浮かべると、その属性に強いものが出来る。思い浮かべる属性はその時々の環境で変わるのだが、この辺は自然があるので木属性をが妥当。
出没する魔物は大概環境により違う。
火を起こしたし大抵の魔物は寄り付かないだろうから、結界はあまり必要ない。
しかし、稀に例から漏れる輩もいる。
はい、本日4回目。
手を天に向けて魔力を集める。この魔法のコツは魔力を集めることに集中すること、これにより強度が変わってくる。
「我が守るべき者たちを守護せよ【バリア】」
呪文を唱える前に緑に覆われた木を思い浮かべた。
呪文を言い終えると薄い膜が頭上から半円を描いて降りて来た。地面に膜の端がついた途端に初めからなかったように見えなくなる。
効果が消えたのではなく見えなくなっただけ。
どうか、一晩私たちを守ってね。
安心して眠ることができるように。
3つ目は火を絶やさないこと。
火が消えたらまた着ければいいと思うかもしれないけど、それは危ない。新たに火を灯すまでのわずかな時ですら魔物にとっては人を襲うチャンスなのだから。
火のことは、今するべきことでは無い。夜中から朝方までにすることだ。
その時は、悪いがヴァルの手を無理にでも借りよう。ヴァルは疲れているだろうが、さすがに私も一晩中起きて寝ないわけにはいかない。明日の課題がこなせなくなってしまう。
グゥ〜。
情けない音を立てたのは私のお腹の虫。
もう、お腹ぺこぺこ。
動いていなくても、魔法をあまり使わなくてもお腹は空くようで。
気持ち良さげに寝ているヴァルを小さな声で起こすことにした。眠ければ起きないだろう。その場合、そのまま寝かしておこう。当然、ご飯は置いておくわ。
「ヴァル、起きてご飯の時間よ。食べたいでしょう?それともまだ寝る?」
「起きる」
即答でかえってきた。
誰かさんに似て食い意地が張っていらっしゃることで。
目が覚めてすぐ立ち上がる。私なら立ち上がるどころかよろけるだろうな。
ヴァル、あなたは本当に寝ていたの?
課題を手伝うのが嫌で寝ていたわけではないわよね?
面倒くさいから目をつぶっていた訳じゃないわよね!?
ヴァルをジト目で見たが、知らない、とでも言うように無視された。
もういい!!
仕方なく、ヴァルと隣り合い薪のそばに腰を下ろす。
ご飯を早く食べたい。
耐火性のある保存食の入れ物ごと火であぶった。
今日の夕食は配布された保存食。
保存食と言ってもこれがなかなかおいしい。
中身はトマトのスープにレーズンパンがセットになっている。
スープもパンもヴァルと半分こだ。
湯気が立ち上っていて食欲をそそる。
「いただきまーす」
さっそく、スープから。
トマトスープは完全にトマトが液体になっているのではなく欠片が僅かに残っていてそれがまだ食感をよくしている。コーンが入っているのがアクセントになっている。豚肉があるあたり、栄養も配慮してくれているのね。
レーズンパンは柔らかなパンに大きめのレーズンが練り込んであるシンプルなものだ。しっとりしていて香ばしい。
どちらも、とても美味しい。
私たちは食事をたのしんでいた。
なのに、なぜだろう。
なぜか、もう一度パンをかじった時、訳の分からない感情が湧き上がった。
それに身構える間も無く、飲み込まれてしまった。
懐かしいような、切ないような……。
胸の奥がキュッと締め付けられるような。激しい動機がする。
どうしたのかしら、私。この場所に来たのも初めてなのに。似た場所にも行ったことないのに。
思い出さないと、早く。
でも、何を?
分からないけど、忘れてしまった何かを。それは忘れてはならないものだから。絶対に!
しかし、いや、この感情は抱いたことのないもののはずだ。
知らないはずの記憶が、それでも私の中に入ってこようとする。もとからあったとでも言うように。
刹那、誰かと何かを食べている画像がフラッシュした。笑い合い、青い空を見て、風を受ける誰かを。
なんなよ。この感じ。
これは、絶対、知らない。私、両親以外と屋外で食事したことなんて一度もないもの。
……本当に、なかった?
いいえ、いいえ、本当だわ。里だって最近、初めて出たの。
まるで、誰か私以外の人の感情につられるようだわ。怖い、誰か他の人につられる。私は、何だっけ?私は……、
違う……。
違う違う違うっ。
私は、リル・ライラントよ。
自分の名前を出して認識したら、私の中に入ってこようとする何かがたじろいだ気がした。そうか。自分のアイデンティティを強く思うとそれ以外は追い出されるのか。なんとなくそう思った。
なんとなくを蔑ろにしてはならない。
魔法を使う人の勘はよく当たるのだから。
弱点は握った。ならば、今度は誰かさんに反撃だ。
私は、ただの一度も里を出たことがなかった、15歳の魔女よ。
それ以外の誰でもない。私をあなたの世界に引きずり込むな!
巻き込むな、それはリル・ライラントには関係のない話だ。
出て行け、ここから。
ここは私のもの。
あなたの場所ではない。
帰りなさい。あなたにもそうするべき場所はあるのでしょう?
心の中で言い切った時、付いていた何かは、仕方なく名残惜しそうにスゥーっと離れていったのがわかった。
そうよ、きっと待っている人はいるわ。
あなたの信念を貫いて叶えたいことを叶えなさい。いつか、願いは叶うから。
だから、ね、さようなら。
もう、会うこともないでしょう。
焚き木の赤の端が、横切った。
これは現実、かしら?
ようやく解放されるのね。
「ハアハア……」
「お、おい大丈夫か?」
現実に戻ってこられたのを理解するまで、数秒かかった。
変なものはいなくなったが、代わりに息がしにくい。息切れが止まらない。動機がする。
なんだったのたの?
誰かの記憶につられるような気がした。ほんの短い間のことだ。
「ええ、ハアハア、大、丈夫、よ」
今は、戻れたという安堵と疲れしかないから。
けれど、目からはポロッと何かが落ちた。
「嘘だ。リル、お前、泣いてるな。それでも何もないと言うのか?息切れもしているのに」
「へ?」
頬に触れて見ると確かに濡れていた。
涙?どうして……
さっきまでとは違いもう意識はこちらへ戻っている。だから、きっと目のふちに溜まっていたのが落ちたのだ。
息切れもこの通り治った。
「本当にもう大丈夫よ。心配しないで。美味しいわね、この保存食」
ヴァルは納得していないだろう。それでも何かを察して相槌も打たず私をチラ見しながらスープを咀嚼している。
けれど、私がこの話が嫌だった。
あまり、思い返したくないし、できればなかったことにしたい。
さっきのアレは暗闇に対する怖さと似ている。
ヴァルは何事もなかったみたいで平然としている。
夢、のようなものだったのかな。
好きな感覚ではなかったけれど、呪いをかけられたような悪寒の走る気持ち悪さはなかった。
私には悪意は持っていなかった?
記憶を押し付けて、乗っ取ろうとは考えていたのかもしれないけど。
うーん、わかんないなぁ。
トマトスープは飲み切ったけれど、気が進まなくてパンはヴァルにあげた。胸がもやもやして食が進まなかったのと、またこれを食べて変なことになりたくなかった。
しばらくレーズンパンはできる限り食べないでおこう。