13話 オリエンテーション3(目的地、西果ての丘へ到着)
オリエンテーションが開始されて半日、かなり西の森の開けた地へと来ていた。
短絡的にいうなら、ここは目的地とされていた西果ての森の上空で、出発してから半日ほど経過した夕刻となっていた。
私が一番乗り、他の生徒はまだらしい。
当たり前だ。途中で抜いて行ったもの。彼らは気づいてすらいないかもしれないけど。
抜いた本人すら勘で避けただけで目では識別していないらしい。
ヴァルは私を屋上へ運ぶ際、地を駆るより空を駆る方がいくらも速いと言っていた。
彼は本当に早く走ったのだ。
竜巻、強風、台風、どれも強く消して追うことのできない俊敏な風のことだけど、そのどれにも当てはまらないほどの走りだ。
例えるなら……音の速さかしら?
音は秒で数百メートルを進むと書物に書いてあったけど、そのくらい。
誰一人、その姿を目で捉えられた人はいないだろう。
半日前の空への躊躇いはヴァルと飛んだおかげで綺麗さっぱり消え去っていた。
箒での【飛行】は、別だけど。
あれは多分、今でも無理。
それでもヴァルは精一杯走ってはいないという。どうしてか、と聞けば、お前は余分に目立ちたいか?そういうたちの人には見えない、この競走で優勝するだけでも目立つからと言われた。
私は目立つのは好きではないので、賛成の意を伝えた。
だが、ヴァルは負けだけは嫌らしく、負けない程度にただこの国では誰一人追いつけない速度で走った。手加減が手加減になっていない。本気はどれだけだというのだ。
おかげで最も最後に出た私はトップでゴールへたどり着けたという訳。立派な魔女になるための第一歩として、良好だ。
残念なのは、私の力が全くもって関わっていないこと。
サキシアス先生が説明に入れていたように、あのクラスメイト達と同じ速度で【飛行】したなら野宿は逃れられないだろう。クラスメイトが到着するのは早くて今夜の深夜、遅くとも明日の朝くらいには着くというくらいか。
先生はどんな方法をとるのか知らないが、野宿で知識を見たり移動でのペース配分をみているのかしらね。野宿についての知識くらいは一般教養でわかることだもの。
私も親に習った。今回は使う必要性が目的地までなさそうだ。それも、目的地の治安によるが。
私以外の生徒を見ると、サキシアス先生が【分身】を使う必要はなかったんじゃあないかしら?
先生は目的地で生徒を迎える役目で魔法を使ったのだと思うけど、クラスメイト(自分以外)は少なくとも夜までここには来られないだろうし。
いえ、きっと先生にも何か策があるのかもしれないわ。現に私は今ここに来たし、これで目的地に誰もいなかったとなったらそれはそれで困るもの。
そして、私は、私たちは森のはげたところ、西果ての丘らしきところで地図を確認して、落ちるようなフワッとした浮遊感に襲われながら降り立った。
存在感を醸し出して生えているいる大樹。丘の中心にあるそれは、射撃で使用する的のよう。
「ゴール、1着、リル・ライラント」
大樹の近くにヴァルの足が着いた瞬間、目印の方から声がした。
この底冷えするような低い声は、
「サキシアス先生」
木の根元にもたれて立っていた。
先生の黒が、木の日陰と合わさってより濃く見える。私が日のあたるところにいるからそれも相まっている。
先生の肌が白いのはいつもこうして日陰を好むからかもしれない。
「リル、やけに速いな。他はまだまだ、だ」
一着と言われたようにまだ誰も来ていないらしい。まだまだ、か。
穿つような言われ方のような……。人と比べて速かったのでしょうけど、私の力ではないのよ?
ごく最近、同じようなことがなかったろうか。
自分のしたことではないのに、あたかも自分がしたことのように言われたことが。こういう勘違いされることが、好きではない。むしろ、不快。
だから、否定させてもらう。
先生なのでやんわりと。
「先生、私が速いのではありません。使い魔の、ヴァルあってのことです。優しい、いい使い魔なんです。訳あって私は【飛行】が使えません。それを気遣って、自ら私を乗せてくれたのです」
「そうか。使い魔は魔法使いの一部とされることが多い。けれど常識から外れて半身を気遣う心がけは良い。なんでも己の手柄にする奴は多いが、ろくな末路を辿らんからな」
ま、末路ってなんか不吉な道に話がそれてる?
怒った使い魔に殺されるとか、契約を利用して自爆されるとか?
とりあえず、私は大丈夫よね?
恨みとか知らない間に買っちゃたりしてないわよね?常識から外れることが原因で消された人物は歴史上よくいるが……。
サキシアス先生、【飛行】について探りを入れなかったな。詮索しないタイプなのか、単に興味がないのか。どちらにせよありがたい。
助かったが、今までと異なる対応に肩透かしを食らった気分だ。
「校長が見立てた通り、大物になるかもしれないな」
「はい?何か言いましたか?」
「いや、いいんだこちらの話だ」
サキシアス先生は小さく何かを呟いたけれど、聞き取ることが出来なかった。
なんでもないと言われたし心配はないだろう。
さしずめ独り言かしら?
「ああ、そうだ。これを受け取れ、課題1の優勝景品だ」
とばりみたいなものが広げられる。
先生は布のようなものを私にかけてきた。
そういえば、そんなのもあったな。飛んだりしてすっかり忘れていた。豪華だという、景品。
というか先生、この体勢。何しているか知らないけど、顔が近くにあって緊張するわ。しかも、先生は顔がものすごく整っている!
男性に近寄られたのってもしやお父さん以外は初めてかも。
恋とか興味なくてもドキドキはするというか。
「さて、それが優勝景品、レイボーローブだ」
肩を見ると深い緑のローブがあった。
前を青い珠のついた装飾具で留められている。素敵、そして高そう。
先生は驚いた私と違い表情を一切崩していない、真顔。これは、真顔を通り過ぎて無表情と言えるかも。
「もちろん、高価な魔道具。ローブの色柄を変えられるのと自身の声が違うように聞こえるようになる効果がある。有効に活用するように」
へ〜、すごい。
いいものが貰えるとは耳にしていたけど、これほどとは。
声はともかく、柄が変えられるって。
なんて、便利な!
課題の景品で貰えたものは学校でも使えたはず。
つまり、制服以外を着てオシャレすることもできるっていうことね。
あまりオシャレに興味ないから、制服と同じのデザインにして、いざという時使うのもいいわ。でも、いざってなかなかあるものでもないわ。
んー。
「さて、連絡事項は全て伝えた。あとはこの丘内で野宿の準備して西果ての丘内で好きに行動するように、森へは入るべからず。以上」
そういうとまた【分身】のときのように消えた。
もしかして、今のは分身体?分身は魂ごと分けるから一目で本体との見分けをつけることは難しい。分身中は本体まで魔力なしで戻ることができる。
まさに神出鬼没というやつ。
私達はこの人からも魔物からも見晴らしの良い場所で野宿の準備をするという担任の先生に授かった難題をこなすため、到着してすぐに行動を始めるのだった。
準備と言っても奥は深い。
先生は課題としていた。一筋なわではいかない。入学して僅か数日なので答えはいくつもあり、凝りすぎでもいないであろうと予測した。
夕日が落ち、空が再び闇に染められるまでにこなさなければ。
きっとこれが課題、私が分かる範囲の。
紙を持っていないので脳内のメモに書き出してみよう。
やるべきことは以下、3つ。
1. 火を起こす。
2. 魔物が寄り付かないようにする。
3. 火を絶やさず一夜を過ごす。
よし、魔法でなんとかなりそうなものばかりね!