サブストーリー ○ ルナー・サキシアス
入学式もホームルームも終えた。
今日はその翌日、休暇日。
生徒には休暇を言い渡したが、職員の立場に休暇はない。
ホームルームではオリエンテーションについて説明してきた。かなりざっくりと。 集合場所は屋上とした。
思考力と魔法実技の実習。
基本、この2つはセットだ。
そこまで行くには【飛行】を使うのが簡単だ。
しかし、あれは持ち運びしづらく、置き場所にも困るからな。
今年は技術が発達した現在にもかかわらず箒を持参した人が多いらしいが……
一組はどうだったか。
俺は自身が担任になったクラスの生徒プロフィールを見ている。入学前に生徒と親に任意で記入してもらったもので、選定とは異なることがある。
始めこそ順調に読み進めていたのだが、ある生徒のページで紙をめくる手が止まった。
「リル・ライラント」
その名が気になった。
窓側の席に座っていた、光の賢者の色を抱くもの。髪はなぜかプラチナブロンドに見せているようで、なおかつ記憶をいじる魔法もかけられているな。
赤眼や金髪は単独では珍しくもないが……………。
他とは、何かが違うように感じる。
ただの感だ、といえば済んでしまう話だが、魔法使いの感はよく当たる。これは昔からある言い伝えのようなもの。だが、昔から伝えられて消えないものにはそれなりに理由もあると思っている。
事実、よく感に助けられる。
その感に引っかかったのだ、必ずなにかある。
《リル・ライラント》
得意属性
・水
・風
・光
出身地
華月の里
とはいえ、プロフィールには名前や得意な魔法属性くらいの基本的なことしか載っていないのだから、情報量も少ない。
ここにない情報で昨日わかったのは髪の色を変えていることぐらいか。でも、なんのために?もとの色は特殊なのか?
髪の色を変えることは問題ない。
この学校は校則がゆるいし、魔法使いは訳ありが多数いるからな。
それに、光属性が得意なのは気にかかる。
光属性は闇属性と等しく、つまり俺の得意属性のように珍しい。
真反対だが、属性としては似かよっている。
「さっきから同じページですね。リル・ライラント、が気になりますか?」
いつの間にか後ろには、出張から帰って来ていた校長がいた。気配を出さず、近づいてきたらしい。
校長は入学式に出られないことを残念がられていた。話の内容からするにプロフィールには目を通されているみたいだが……
「校長、もしかして校長も気になっていらっしゃいますか?」
「ええ、ちらりと遠目に見かけましたけど普通とは少し違いますね。今しがた見てきたのですが、水鏡の魔力量の情報はすごい数値でしたよ」
校長は多大な魔力量を所有していたはず。
正確な魔力量は知らないけれど。
そんな人がすごいということは、どれだけの魔力量だ?同類か、それ以上か。
「リルさんの魔力量が分かりますか」
「……それは難しい質問ですね。校長と同じくらいの600とかですか?」
校長はゆっくり首を横に振った。
「そもそも、桁が違いました。4万5000超えです。私とは比べものにすらなりません」
「はい?聞き間違いでしょうか。4万なんてそんな桁、聞いたことすらありませんよ?」
「いいえ。確かにそう書いてありました。魔力量はあくまでも基準ですが、ここまで高いと……。これは前代未聞です。なにか、大きなことがありそうですね。異端なものはいつも変化を呼ぶ。そして、もしかするとその貴重な出来事をこの目にできるかもしれません」
「すごいですね。私が担任を持っても大丈夫でしょうか?私は、その、あまり生徒に好感を持たれるようなタイプではありせんよ?」
「心配ありません。好感度など関係ない。あなたは生徒に対して冷酷だと聞きますが、実力はあるのですから。卒業生に有名になった人も多い」
褒められたようで嬉しい気もするがその前に軽く悪く言われたような……いや、そうか。俺は冷酷だというように見られていたのか。校長の耳に入るほど。
これが俺の普通なのだが。
そして、生徒に媚びを売るつもりは毛頭ない。
「リル・ライラント。きっと、新たに歴史が刻まれます。この名は、後世に残ることとなるでしょう」
・ ・ ・ ・ ・
休暇の明けた朝。
俺は、屋上に立っていた。
校長も隣にいる。
リル・ライラントを見たいらしい。オリエンテーションの指揮をする俺とは違い、この後書類関係の仕事もあるというのに熱心だ。
一人、二人、と箒に乗った魔法使い、もとい一組の生徒が屋上へと降りてくる。
箒ばかり………。
たまには違うことをするものはいないのか!?
そう呆れ帰っていたときだ。
銀の獣にまたがった少女が目の前に降りてきた。その獣は宙を駆けてきたようで、毛並みは暗闇でも見えるほど淡く輝いている。
…天狼………?
これが、彼女の使い魔なのか?
一日で万里を走り、全てを焼き尽くす炎を吐くというあの天狼が?
ここ数百年の記録でも数えるほどしか召喚の記録がない。しかも全て契約までには至っていない。
身の程を知らない人が無理に契約を結ぼうとして生き絶えたことはあるが。
使い魔が主に忠実といえども、譲らないことがある。
それは自分より強く優れているものしか背には乗せないということ。けれどむしろ、獣の方が自ら乗せているようにも見える。
乗っている方は驚いているから。
天狼から慕われている奇妙な光景。長年生きてきたが、初めてだ。
だというのに、彼女は恐るどころか清々しい表情で笑っている。
このリルという少女、何ものだ?
ーーーそのもの、銀の獣を従え宙を駆ける。
光と闇の伝説の本文中の言葉が頭をよぎった。
誰もが知る物語の終盤、光の賢者が闇の賢者を倒した後の記述。
夜空を駆るその姿は、太陽が流れるようであったという。
根拠はないが、本当に歴史を新たに刻むような魔法使いになるかもしれない。光の賢者と並ぶくらいの偉業をなすかもかもしれない。
今、この国は平和だ。
けど、それが未来の平和を確証する訳ではなく、不穏な戦禍の影は忍び寄って来ている。足音を立てずに。
───遠くない未来に、人と魔族が争いを引き起こす。1000年前や400年前のように。
校長、私たちはこれからどんなすごいものを見せられるというのでしょうか。