光と闇の伝説
よく読み聞かせてもらった話がある。
誰もが知るその物語は現代では遠く、再現することのできないもので、尊い存在。
読んだ人は、ほとんどが主人公に憧れ、尊敬する。
私も例に漏れず、憧れてはいる。純粋な憧れとは違うけれど。
今日も読み聞かせをねだる最中だった。
「ねぇねぇ、お母さん。これ読んでお願い、いいでしょう?ねぇ、これ読んでよー」
そんな私を困ったように優しく笑って撫でながら言う。
「また?昨日も読んであげたのに、仕方ないわね」
苦笑しながらも本の表紙をめくる金髪碧眼の母。
そうして、毎日のように語られる物語は今日も、また初めから幕が開くのだ。
今から、千年も昔の話。
世界の住人が伝えてきたもの。
このヴェールの世界には二人の大賢者がいました。
ひとりはシーユ。光り輝く金の髪と林檎のような赤い目を持ち、回復魔法でたくさんの人々を救いました。
もうひとりは、ルヤート。夜を纏うような漆黒の髪に血の色の目を持ち、魔物を従え人々に恐怖をあたえました。
二人はそれぞれ見た目から光の賢者と闇の賢者と呼ばれるようになります。
ある日のことです。
光の賢者シーユは国王に闇の賢者を滅ぼすように命じられます。闇の賢者はその力を使い直接人々に危害を与えてはいけませんでしたが、その力がいつか国を滅ぼすと人々に思われていたからです。
王と民により戦いの火蓋は落とされました。
それから、長い長い争いが始まりました。
人も、魔族もたくさんの命を失い、地上には悲しみと憎しみの渦巻く世界が広がりました。
青い空は争いの煙で隠され、地面は赤く朱に血が流れて……。
誰もが希望を遥かかなたに置き忘れたのです。
かつて生命に溢れた世界は草一本生えなくなり、人口も半数にまで減りました。
百年にも渡る戦いの後、光は闇を打ち消し勝利を光が手にしました。
戦いの間シーユは神の御力により歳を取らなかったと言います。まさに、勝利の女神が味方した、と。
人々は喜び、光の賢者を称え、尊敬しました。
それなのに何故でしょう。彼女は戦いの後、すぐにその身を滅ぼしてしまったのです。
人々の心からも光は消え我々の先祖は深い悲しみにうちくれました。
私たちは闇を消しましたが、自らの光すら失ってしまいました。
結局のところ光と闇は一体で、どちらかを失ってしまえばもう片方も失ってしまうような、はかなく、脆いものだったのです。
(光と闇の伝説 略編より)
私はこの物語が好き。
挿絵の金の髪をたなびかせ、赤い瞳で敵を制圧するシーユ様はかっこいいし、最後には闇がなくなって幸せになれる。何よりこれが千年前に本当に起きたこと、というのがロマンを感じさせてくれる。
けれど、納得出来ないことがある。
「お母さん。なぜ、シーユ様は戦いに勝ったのにいなくなってしまったの?平和な世界を手に入れたのに。もう、戦いをしなくても良くなったのに」
「さあ、どうしてだろうね。お母さんには分からないけどシーユ様は神とも崇められる存在。事情があってのことでしょう。私たちは、私たちの先祖は、闇を消すことばかり考えて光をも失った、欲は出しすぎてはいけない。それだけは分かるわ」
「シーユ様も……私たちと同じように転生するの?会えるの?」
転生。
それはこの世に生きた者に等しく与えられる権利のようなもの。
人は死ぬと記憶を一旦失う。だけど、それで終わりという訳じゃない。生まれ変わり、新たに器を与えられる。
嘘のようだが、本当らしい。
証拠に多かれ少なかれ前世の記憶があったり、ふとした拍子に思い出す人はいる。記憶を取り戻すには名前が不可欠だけど。
その僅かな確率にかけて今世の想いを来世で叶えんと願いを託して生を終える人もいる。
叶えられた例は数えることのできるくらい少なく、叶った者すら前世に想いを馳せて現在を生きられない者ばかり。
たいていは願いが叶わない。
どちらにおいても、前世の記憶はある。昨日のように鮮明に覚えている人、薄ぼんやりとしていて夢のような、はたまた無かったことのような。
そうした人は記憶者と呼ばれ、前世の経験貯金のある分魔法の上達が速いそうな。
ちなみに私を含む大概の人は今世しか記憶にないが、だからといって心配することもない。
詳しくは聞いていないが将来、学校へ行くとほんの短い間だが魔法で前世を見せてもらえる。
その時、前世で得意な魔法属性や使い方のコツが分かる人もいる。
だから、みんな希望を持つのだ。
明るいことを期待した前世に。
みんなが与えられる権利。
シーユ様も生まれ変わるかもしれない。
前世を知ったときシーユ様はどうするのだろう。やっぱり、みんなの前で正体を言っちゃったりするのかな?
自身に満ち溢れる顔で。
当時と同じ色を持たなくても、民は彼女をシーユ様であると分かるだろう。
シーユ様は凄いな。
「転生は人が天に召された時に等しく得られる権利。いつか未来では巡り会うことがあるかもしれなわね。記憶があるとは限らないけれど」
じゃあ、この出来事を永劫に忘れないように記録しておかなと。シーユ様が転生するまで、再び光に会うその時まで。
会えるかな、シーユ様に。
いや、難しいだろう。
私が今前を生きる間にシーユ様が転生するとも限らない。もし、転生したとしてもそんな高貴な人に面会できるのだろうか。
たとえ、遠くからでもいい。
その姿を一目見てみたい。
金の光を纏い、輝いて、この国を国民を導ける力を持って、確かにこの地に生きた女神と崇められた、その姿を。
光と闇の伝説。
その物語は千年もの未来にまで伝えられた物語。
時代という力で薄れてしまい断片的にしか残されていない、確かに存在した歴史。
ヴェールの世界の民はこれをさまざまな方法で守ってきた。
口頭、絵本、書物……
おかげでこの話は千年後にも誰もが知る話であり続
ける。
それでも、いつかは消えゆくのであろう。
時という脅威はあらゆる方法を使い、形あるもの、なきもの、関係なしに記憶を奪う。時空の流れには逆らえない。
だから、限りを尽くして守ろう。
この教訓を。
今度こそ、我々の宝を失わないように。
すでに私の物語の幕はヴェールの世界で開かれている。