我等が憎き悪役令嬢
何度でも言います。
この作品はフィクションです。
作中のあらゆるアレコレは、現実とは全くの無関係であり、真に受けて信じられてしまったら作者が戸惑います。
もう一度言います。この作品はフィクションです。
「ジュータ家イストーリ侯爵令嬢、貴様の暴虐非道を極めた行いは目に余る!!直ちに衛兵へ身柄を任せろ!!」
この言葉がイワン王太子から飛び出した時、パーティーの警備にあたっていた衛兵、自身の子供の様子を見ていた大人達全てが目を大きく見開いた。
現在は全寮制学園に在学中であるイワン王太子の誕生日、学園内で行われたパーティーの最中。
本物の社交界を模して、子女達に経験させようとの試み。
在籍している貴族生徒達は全て貴族の自覚を持って義務を果たし続け、決して驕らず真摯に学ぶ姿がとても優秀だと、教師達は胸を張って自慢できる生徒達。
その中で、唯一と言える汚点が彼女、イストーリ嬢だと生徒達が語っていた。
王太子の誕生日である為、国王陛下も参加している。
先程の言葉から、事件は始まった。
その前から様々ないざこざが発生していたが、事件と明確に言い切るならば、ここからなのである。
この日は朝から違和感が有ったと、学園の教師達が証言している。
生徒が皆、異常なまでにピリピリしていたと。
「貴様は常日頃、ノーイ家ローゼリア男爵令嬢の命を狙い続けているその言動!この場で処罰したいが、私は裁く権限がない!だから我が父国王陛下が参加したこの場で、裁いて頂く!!」
イワン王太子が言い切ると、参加している全ての生徒がある一点を見つめた。
そこには見る者全てに嫌悪感を催させる、毒々しい色合いのドレスを着た、イストーリ令嬢の姿が。
当の被害者と言われたローゼリア嬢は、王太子から数歩離れた後方からそこを睨み付けている。
王太子の脇まで出てきた衛兵達は生徒達の視線を追いながらも、その場で立ち止まっていた。
「言い訳などせんよな?貴様は皆の前でローゼリア嬢の命を奪う為に、様々な手を使ってきた!目撃証言を探す必要すら無いほどに!!今までは大事へ至るまでに何とかなっていたが、もう限界だ!!」
王太子の怒りの声に合わせ、他の者も怒気を孕んで行く。
「どうしたイストーリ嬢、弁解やローゼリア嬢へ危害を加え続けた理由を話すなどはしないのか?聴いてやるから、話してみよ!!」
ここで体感にして10分にも感じてしまう、長い長い沈黙の2分間が過ぎ、事態が動き出す。
「イストーリ嬢、何も話してくれないのか。……衛兵、この者を拘束せよ!!」
叫ぶ王太子の言葉を受け、その側に控えていた衛兵達は、困惑した顔を陛下に見せる。
衛兵の表情と雰囲気で察した陛下は厳しい顔をして、首をゆっくりと横に振る。
その意思表示を見てしまった衛兵達。
これは面倒な役を陛下から押し付けられた、誰が貧乏クジを引くか。静かながらも壮絶な押し付け合いを、ものの5秒で済ます。
それに負けてしまった衛兵の代表は、王太子の目の前に立ちゆっくりと目を閉じて深呼吸をひとつ。
やがて意を決し、軍の伝令兵にも負けないハッキリとした口調で喉を酷使した。
「イワン王太子殿下!現在この国には、ジュータと言う貴族家は存在しませんっ!!」
衝撃は途方もないが、報告はまだ続く。
「このパーティーの参加者名簿を、開始前に我々も確認しておりますが、イストーリと言うご令嬢の名は有りませんでした!!」
まだまだ続く。
「教師と一緒に確認しましたが、参加者は学園に在籍している生徒全員。つまりイストーリ嬢とやらは、学園に存在しておりませんっ!!」
言い切った衛兵は、とても苦い顔である。
王太子だけでなく、生徒全員がイストーリ嬢の存在を認識していた。
こんなおかしな事態の対応を、しなければならなくなったから。
「馬鹿なっ!?今、確かに、この場に!目の前に!イストーリ嬢は居るんだぞ!!」
うろたえる王太子だが、衛兵は譲らない。
「我々の目には、そのイストーリ嬢の姿はまったく見えませんっ!!」
だって、本当に居ないから。ここで居るなんて流されれば、自分が狂ったと勘違いされてしまうから。
陛下は事実を……現実を伝えろと、厳しい顔をしたのだ。それに反したら仕事はクビだ。
クビになったら生活ができない。大人はツラい。
月給雇われ仕事は気楽な稼業?とんでもない。
いつの時代の話だよ、羨ましい。
「いいや!居るんだよ!!皆も見えているだろう、我等が憎き令嬢の姿を!?」
見えていると言い張る王太子は、他の生徒に同意を求め、それに一斉に頷く生徒達。例外無し。
「皆が同意した!居るんだよ!!」
これに本気で困った衛兵。助けてボス~とばかりに、国王陛下へ体ごと向ける。
寝たふりでもして逃げようかと邪な考えが一瞬よぎった陛下だが、衛兵だけで済ませられる流れではなくなってきたのを感じ、仕方なく座っていた椅子から立ち上がる。
「このパーティーは中止だ!!生徒は全員寮に戻り、以後は教師の指示に従いなさい!!解散っ!!」
国王陛下、結局は逃げの一手である。
学園での事だから、学園でケリをつけてよ。そんな副音声をはっきり聴いてしまった大人達。
一応国の総責任者として「今回の事態の原因を究明せよ、その為に必要な人材が居ないなら国として協力を約束する」と言い残しはしたが、やはり逃げた印象は強い。
この後一時閉校して、1週間かけて生徒達からゆっくりじっくり聞き取りをした結果、判明した原因。
なんて事はない。単純である。
生徒達全員、真面目過ぎたから。
真面目が過ぎて、息を抜けずに心が疲れきったから。
その極致が件の被害者令嬢。
疲労が溜まりすぎて注意力が無くなり、あらゆる場所で死にかける事故を連発。
現在は多少落ち着いたが、当時は危険な状態である自覚が本人に無く、原因を余所に求めてしまった。
生徒達は悪くない。何が悪い?
悪者は居ない。
でも狙ったように特定個人へ事故が頻発している。
そう。狙っている誰かは確実に居るんだよ!
悪者は居ないが、狙った誰かは必ず居るんだよ!!
矛盾すら認識できないまま錯乱。
そこから発生した集団的な幻覚であろう、との結論。
国の対策として、定期的に休日を設定する方針がとられる。
そして今回の事件から、この現象に名前が付けられた。
集団ヒステリーと。
※この作品はフィクションです。
集団ヒステリーは現実でもありますが、コレが由来ではありませんからね!?
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以下、作品の言い訳。萎える方はバックして下さいませ。
今回のは糾弾する悪役令嬢が、途中でパッと消えてしまい、実は存在していなかったら?
変な幻想の妄想で錯乱していた王太子とアレなヒロインちゃんに、変則ざまぁだぜ!
なんて辺りから生まれたのですが、この着想(電波)に自分は笑ったのです。
コメディとして書こうと構想を練って、馬鹿な事を真面目にやってる王太子達。ぷぷっ。
なんて流れになると思ったのです。
ですが現実はだいぶホラーな方向へ。
なので軌道修正して、途中から軽い文体へ。
この結果、ホラー臭の軽減に成功。
反動で中途半端と言われてもおかしくない事態に。
…………突き抜けてホラーにした方が良かった?
ん~、でもそれだと自分のノミの心臓が……うむむ。