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旅人と黄金色の文字  作者: 白藤あさぎ
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ー幕間 1 ー

ー狭間の館にて 悪魔との語らいー





円形の部屋、庭に面したところはすべて窓になっている作り。庭から移動してきた私たちは、この部屋で話の続きをすることになった。

綴ってきた物語は、あの少女と悪魔との出会い。白と淡い紫に満ちたページになりそうだ。包帯の下は、本当は綺麗な藤色の瞳があるはずなのか。


「何か飲むか?」


さきに肘掛に座った悪魔が、足を組みながら尋ねてきた。

いただきます、と笑いかけると、悪魔が手をテーブルにかざした。空気を撫でるように手を動かすと、次の瞬間には湯気をあげる紅茶が陶器のカップに入って用意されていた。

白地にマゼンタ色の花が描かれた美しいティーカップだった。ポットとセットになっていて、この部屋の雰囲気にも良く似合っている。


「…それで、少女とは毎晩語らったのですか?」

「…いや…曇って月が見えない時とか、新月の間とか…現れなかった」

「ああそうか。月が出る夜の間だけ…」


夜ではないのに、窓の外を見る。それから少女が窓の外にいるのが見えた。蝶がひらひら舞うのを、気づかずに素通りする。


「…この紅茶、あいつと一緒に飲んだ。初めて味を知った日」

「…思い出の紅茶ですか。確かに、色がなければ食べ物なんて口に入れる気にはならないでしょうね。彼女はあなたにたくさんのものを与えたようだ」


悪魔は窓に視線を向けて、ふと眼を細める。眩しそうに、その瞳に映るものを慈しむように。

その眼差しを見て、自分勝手な胸の苦しさを感じた。まだ全貌も見えないけれど、悪魔の心はあまりにも深くて、そしてひどく後悔している。

これから先聞く物語は、きっととても痛くてかなしい。こうして話を聞くたびに、そこにいて、彼らを導いていけたらと思ってしまう。


「……そういえばこの庭、永遠に昼の姿なんですか?」


抱いたどうしようもない思いから逃れるように、そう尋ねた。


「…たまに、夜になることもある。あいつが寂しそうに空を見上げる時は…月に会いたいんじゃないかと思って」


あいつ、とは悪魔が幻だと言っていた少女だろう。本物ではないとわかっていても、あの幻のことは気にしているらしい。


「幻が少女自身だとはどうしても思えないのですか?あなたがそうだと思えば、誰もそれを否定したりはしないでしょう?」

「アレは、俺の中の記憶を繰り返してるだけ。忘れないために自分で作った。だから…あいつ自身じゃないことは最初から理解してしまってる」


虚しくなってしまうと…それもそうか…


床で木漏れ日が揺れていた。そよ風が吹いているらしい。春の麗らかなやさしい温度は、微睡みを誘ってくる。


少女の目には、世界はどうに映っていたのだろう。綺麗、という言葉の中に含まれる意味は、きっと裏表がある。憎悪や怨嗟のない世界を、自分は知らない。そんな感情を人間が抱かないなんて信じがたいし、ありえないと思う。それでもその世界は確かに存在していて、とても綺麗だという。


人々の恨みつらみを一身に引き受ける、片翼の天使の存在がある限り。


「なあ、先立つ方と先立たれる方、お前だったらどっちがいい?」


悪魔は唐突にそう尋ねてきた。

その質問の意図を計りながら考える。


「先立たれる方が、いいですね」

「…へえ。そうか。どうして?」

「まあ、相手が自分と相思相愛という前提がありますが。先立たれる方が辛いと思うからですよ」


肘をついて、悪魔は興味深げに笑みを向けた。自分も同じように微笑みを返して、紅茶を飲んだ。陶器のなめらかな感触が唇に伝って、熱い温度が入ってくる。甘い香りのわりには、ほろ苦さの方が舌に残る。


「なるほど、自分が辛く思うことは、相手にさせたくないと」

「ええ。それに、先立ってしまったら、相手の未来に不安になるじゃないですか」

「不安…?」

「幸せになって欲しいけれど、自分以上に愛せる人ができたらと思うと、私は不安です」


そういうと悪魔はおかしそうに笑った。口元に手を当てて、声を押し殺すのに苦労している。

とても優美な顔だと思った。ここにあるものは、カップだってそうだが美しいものばかりだ。


「そんなにおかしいですか?」

「くくっ…いや、案外お前は欲望に正直だと思って」

「おや、意外でしたか?悪魔の前で心を偽っても仕方ないと思って」


それもそうだな、と悪魔は笑う。足を組み直して、膝を抱えるように手を置く。さっきの質問を逆に悪魔にしてみる。

少しだけ考え込む仕草をすると藍色の髪がさらりと揺れて、金色の瞳の中で影が動いた。


「俺は…先立つ方がいい。失う痛みはもう味わいたくない。できることなら…」

「…後を追いたかった?」

「……」


彼の事情は、少し特別だろう。人間だったら覚悟さえあればできるけれど、死ねない魂というものは不自由で苦しい。でも今は…去ろうと思えばここから去ることもできるだろうに。

そうしないのは、あの幻の少女のことを気にかけているからだろうか。


「以前、どこかの本で読んだ。他人への愛というものは、瓶の中の綺麗な上澄みの部分だ、と」


上澄み、か。わからなくもない。底に溜まった濃くて重いものは、揺らぎようのない自己愛なんだろう。それが掻き混ざってどろどろになった液体は見るに堪えない。

相手のためを思うような言葉や行為は、結局根底をつけば自分の心の収まりのいい方に傾く。相手の幸せのなかで、自分が幸せになろうとするのか。自分の幸せの中で相手を幸せにしようとするのか。どちらも愛の形で、どちらも痛みを伴う。


先立つ方と先立たれる方。どっちだって…


それでも…たとえ上澄みだとしても、当人たちには気づけない、本当に純粋な部分があるのも確かだ。

愛なんて、深追いするべきではないのかもしれない。海のようにやがてなにも見えなくなってしまう。確かな想いも、本当の望みも。


自分一人の気持ちではないのだから。


「読んだ当時はよくわからなかった。でも…今なら少し、その一節の意味がわかる気がする」


少女に対する気持ちを自覚できたのだろうか。

紅茶にバラの形をした薄いピンクの砂糖を入れた。一粒、とぽんと軽い音をさせて沈む。ほろっと花びらが散るように一部が溶けて消えた。


「…それでは続きを聞きましょうか」


どこか遠くで、綺麗なハープの音色が聞こえてきた。再び始まる物語のイントロとして飾り付けてくれるようだ。水の粒のような音が零れていく。春の日に相応しいあたたかい音楽が、音遊びをしているように耳に心地よく踊り入る。


「……この曲、初めて聞いたときはオルゴールだった」

「綺麗ですね。今は少女が弾いているのですか?」

「さあ…あいつが弾いているのは見たことがなかったが…」


誰が弾いているのかと、悪魔も気になったのか窓辺に立った。姿を探すように首を動かしているが、見つからないのだろう。


「あなたは悠久の時を過ごしていながら、初めてのことばかりなのですね」

「…そうだな…わからないんだ…あいつが現れる前、俺はどうやって生きていたのか…心というものが芽生えたと感じたのは…少女に会ってからだった」


掠れた声で言う。

あの子との時間は、彼にとってあまりに大きかったようだ。少女が、もしも神の使いなのだとしたら。彼の元に現れた意味は一体何だったのだろうか。


ティーカップを受け皿において、再び魔法の羽根と文字を浮かべた。

ここまで拙い文章にお付き合いいただき、本当にありがとうございます

誤字脱字等の御指摘ありましたらよろしくお願い致します、

また、感想・評価もいただけると嬉しいです*


次回、第2話 夏 Part 1

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