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旅人と黄金色の文字  作者: 白藤あさぎ
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      Part-7




   ー 煌飾(きらかざ)りのお話 ー




花火が終わって、少女の手をとって通りに戻る。歩幅が狭い服だということを、さっき気にせずに歩いていた。少女が息を切らしているのを静かに落ち着けているのをみて、やっと気づいた。普段誰かの隣を歩くことなんてないから気遣ってやれなかった。


「そういえば、今日のその服…」

「あ…月にお話したら、これを着せてくれたんです。桜模様の浴衣…」

「…ずっと不思議だったけど、お前のいう月って…何?」


少女の話を聞いていると、意思疎通できるものらしい。ここから消えた後の少女は、天上界にでも帰っているのかもしれない。確か本の中に、空の上の世界を描いた物語もあった。そんな場所を想像してみる。そこではずっと夜なのかもしれない。


「月は月です。夜空に浮かんでいるでしょう?」

「話せるものなのか?」


また賑わいをみせ始めた大通りだったが、夜も深まってきたせいか子供の声は少ない。傾き始めた月を見上げて、もうすぐ少女が消えてしまうのだとぼんやり考える。


「私にも不思議な感覚なので、どうにいったらいいか…でも…とても優しい声なんですよ」

「…そう。それにしても、桜、そんなに好きなんだな」

「特別な思い出になりましたから…」


繋いだ手にきゅっと力が入る。少女からなのか自分からなのか、両方からなのか。定かじゃないけれど、二人の間の温度が熱い。なんだか今日はやたらと少女に触れる気がする。その度にどこか心の隙間がくすぐったくて落ち着かなかった。


ふと、少女が出店の一つに足を止めた。並んだ商品の中、吸い込まれるように歩いていく。銀細工のアクセサリーを扱った店らしかった。少女の首にかかったペンダントと、同じような装飾。ガラスの玉飾りや真珠の花飾りなんかもあしらった、繊細(せんさい)華奢(きゃしゃ)な髪飾りがたくさんあった。


少女が立ち止まったことに気づいていない店主は、ずっと商品を磨いていた。離れた手を名残惜しく思っている心に気づかずに、後ろから話しかける。


「…なにか気に入ったものでもあったか?」

「…いいえ…桜だと思ったんですけど…」


少女の目線の先をたどる。柔らかい銀の輝きが一層強いひとつを見つけた。5枚の花びらを持つ小さな花と葉が重なって、合間にガラス玉が連なって飾られていた。こんなような花が庭にあった気がしたけれど…名前を思い出せない。


「…私の目と同じ色…」


小さな呟きがして、もう一度髪飾りを見つめた。どれほど見ても少女の瞳と同じ色には見えない、灰色と白の光沢が髪飾りの色。

なぜと思う。少女の瞳の色はこの目に映るのに、同じ色だという髪飾りはそう見えない。赤は血でも紅茶でも見えたのに。


「紫なのか…?俺にはそう見えない」

「…?どうして、でしょう…?私の目は見えるのに」

「……お前だからかもな」


金貨をテーブルに置いて、その髪飾りを一つ取った。この紫は、別に記憶の彼方から取り戻したものじゃない。こんなふうに輝く色を、多分俺は見たことがない。生まれて初めて知った特別な色。


手に取った髪飾りは夏の温度にさらされていてもひんやりと冷たく、指先が心地よかった。しゃら、と小さくガラスが擦れる音がした。裏の留め具を外して、少女の髪に飾り付ける。

柔らかい髪の感触に、無意識に動きが緩慢になった。垂らした横髪をそっと撫でて、できたというと、少女は髪飾りに触れようと手を挙げた。


「あの…」

「…今日の思い出に…いらなかったら捨てていい。それはもうお前のものだから」

「……私の…。今日の……思い出…」


そばに置いてあった鏡を覗き込む。角度を変えて、見栄えを確認しているようだった。

実感が薄いといった顔で、しばらくぽーっと鏡を見つめた後ふっと俺を見上げる。


「これ…本当に、いいのですか…?」

「ああ…」


じっと見つめられると少し戸惑う。いらなかったら捨ててもいいと思ってやったけど、余計なお世話だっただろうか。


やっぱり戻そう、そう言いかけた時、少女の顔をみて心臓が大きく脈打ち始めた。今まで見てきたどんな笑顔より、幸せそうな顔。世界の全てが霞んで見えるような、眩しくて可憐で、どこか寂しげな儚い微笑み。

初めて少女を見た時と同じ鼓動の激しさに襲われる。息苦しくて、耳もとで直接脈打つ音に不安になる程だった。


その紫が、見るものに与える全てを宿した…花のような微笑み。どんな花が少女に合うのか、どれでも合うような気がするけれど、例えるなら簡単にめぐり合うことができない珍しい花。いや…どこにでも咲いているけれど、気付くことができなければ決して見つけられない、小さな幸せの花。


「ありがとうございます…」


ふっと顔がほころんだ。呆れと、どこからくるのかわからない脱帽と…、きっと照れ隠し、というもの。どんなものに例えたって、例えようもないほど可憐な微笑み。それを言葉にしようとするなんて本の読みすぎかもしれない。こんな気持ちになるのは生まれて初めてだった。


「ぁ………笑った」


そう言って大きな瞳が見開かれた後、また同じように少女も笑った。


「これ、ずっと大切にします」

「…気に入った?」

「はい…!とても」


そう。なら…よかった。


上がった体温がまだ治らない。はやまった鼓動を落ち着けたいけれど、不思議と嫌悪感はなかった。

それでも少女をそれ以上見つめ続けていられなくて、視線を外そうとしたときだった。

淡く光り始めた少女に終わりを知る。そして今日のことを振り返って、自分がまるで悪魔らしくないとおかしくて仕方なくなった。


ずっと凍っていた心が緩く溶け出していく。


「…また会えますか?」


その問いかけ、前もされた。前の時はなんて答えたっけ…


「月が出たら、な」

「ふふっ…そうですね…。今日は本当にありがとう…」


声の途中で、溢れた光に包まれて消えていく。いつもは喪失感が残るのに、今日はただ、胸の内のほんのりした温もりと、明日また晴れればいいと思う心があるだけだった。



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