眺める電車と逃げ出したい。
お久しぶりです。色々な事情が重なり、長期の間投稿できないでいました。すみません。
前回と同じく、こちらも短編です。貯めていたもう一作も投稿するので、そちらの方もどうぞよろしくお願いいたします。
眺める電車と逃げ出したい。
電車を遠くから眺めるのが好きだった。九階建てのマンションの九階の端の部屋から眺めるのが。
電車が線路の上で鳴らすその音が、一人暮らしの私の部屋に響く。電車が揺れるその音が、心地良く部屋に響く。静かな静かな部屋の中で、聞こえる外の音は酷く新鮮だった。
人が多くいきまう商店街を歩いていたら、ふと昔のことが頭を掠める。告白をされて、仲違いしたあの人を思い出した。あの頃は関係を修復したくて仕方がなかったが、時の流れは本当にすごいな。そういう類のものを全て消してくれる。素直に感心した。まぁ、消してくれるどころが、むしろ余り良い思い出として残ることは無くなったのだけれど。
何故急にこんなこと思い出したのか。
すぐに疑問は消えた、というより弾け飛んだ。後ろから声が聞こえたからだ。後になって思う。この時思い出したのがそれと絶妙なタイミングだったのは、気が合っていた頃の名残りだったのだろう。
「__?」
騒がしい周りの声も音も聞こえなくなるほど、大きく、心臓が音を立てた。息をするのを忘れる。何故だ。何故、あの人が。何故、私がこんなに怯えているんだ。戸惑う自分の本心とは裏腹に、歩みを進める自身の足はどんどん早くなっていった。何度も聞こえるその声に気付かないふりをした。
走りながら考える。何故、十数年間も前にこの街を出たあの人がここにいるのかを。何故、自分がこんなに怯えているのかを。
引っ越してきた? たまたま訪れただけ? なんで私はこんなに恐怖心を抱いているんだ。昔は仲良かっただろ? 一体何故?
息が満足に出来ず、喉が悲鳴をあげる。ふと、最近読んだ本の内容を思い出した。アドラー心理学。それを使って考えるならば、この感情を作り出したのはあの人と会いたくないという目的があったから。きっと、何か都合が悪いことがあるはずだ。それを避けるために恐怖心を抱いた、そう考えるのが妥当だろう。では、その「都合の悪いこと」とは?
そんな具合に、走りながらも怯えながらも逃げながらも頭をまわすことはできた。身体と頭の冷静さの比率が異常なくらいだった。
そのうち体力は底をつき、手を膝について立ち止まる。気持ち悪いくらいに溢れ出た汗は、頬を伝って、夜風で冷えたアスファルトの上に色をつけた。やっとのことで落ち着きを取り戻し、辺りを見渡す。あの人の声は、聞こえない。
ため息を一つ零して、来た道を戻ろうと歩き出す。途中、モスキート音の様な甲高い音が耳から離れなかったが、それも無視して歩み進めた。
カンカンカンカン、という音に導かれるようにして気がつけば踏切の前に立っていた。流れるように進む電車を見送っていると、再度、耳から自分の名前が入ってきた。黄色と黒で蜂のように色付いたバーが縦に並ぶ向かいに、彼はいた。何度目かの踏切の音が鳴り始め、何本目かの電車が横断しようとしていた。電車のライトが彼と私の間を照らす。それはまるで私達の距離感を示すかのように。
彼は何かを叫んでいた。それは謝罪のようにも聞こえたし、罵倒のようにも聞こえた。再開を喜ぶ声にも聞こえた。
だがしかし、重要なのはそこではない。重要のは、その内容が聞こえなかったという点だ。その声は届かなかった。私はその声を聞かなかった。その声を聞きたくなかった。そうして私はまた歩き出す。恐怖を胸に。私はまた走り出す。今度は罪悪感を胸に。
家に帰ってきたのは午後11時を回った頃だった。普段とは違う、窓から見える景色が眩し過ぎて目が痛い。ここに住んでいる限り、彼とはまた会うことになりそうだ。真っ暗な部屋の中で、一人、誰もが知らない世界へ逃げ出したいと思う。
兎に角、今の出来事を忘れるために普段通りを務める。今日も飽きずに電車を眺める。普段通りにできないことといえば、今眺める電車と逃げ出したいと思うことだけ。
お読みいただきありがとうございました。
何分、この話を書いたのがかなり前なのでもうこれと似たような話は書けないなぁ…とこれを再読した際に思いました。
今後はまた違った雰囲気の物語を書くと思いますので(いつになるかわかりませんが)、そちらの方もよろしくお願いします。